妹は、大変手強い子に育ってます 1

家族が一人増えるだけで、賑やかさだけでなく時間の進み具合も変わるのだと知ったのは、すぐのことだった。子守をしている母の手伝いをするようになり、更には妹の面倒を見るようになったことが、そう感じる一番の要因だろう。ホスやリアも時折家に来ては、一緒に妹の面倒をみてくれた。勿論、孫娘がもう一人生まれたと報告を受けたユリースお祖父さんも、様子見に何度も足を運んでくれた。父としては、また娘が祖父に懐くんじゃないかと気が気じゃなかったようで、訪問する度に威嚇し追い払ったりもしていたが、そこは祖父。父の威嚇など気にも止めることなく、いつもの如く父を弄り倒すというのがお決まりの流れとなっていた。ただ、今回の父は意思が固かったようで、妹と過ごす時間を極力与えないように努めていた。まあその結果、妹とあまり接点が持てなかった分、自分に魔法の話や王都の話、教会の話、また今まで経験してきた面白い話など、色々なことを教えてくれたので、更にユリースお祖父さんに懐いたのは必然といえよう。だって、本当にあの人、語るのも教えるのも上手なんだよ。


父や母、ホスやリア、ユリースお祖父さんにカルタさん、ペルシールさん。他にもいろんな人たちから優しさや愛情を(ときには怒られもしていたが)受けて育った妹ヴェロニカは、三年経った今。見た目もさることながら、それはそれは大変可愛らしく、素直な子供へと育った……筈である。


「ラルクおねえちゃん!いっしょにあそぼう!!」


母が行っていた家事の手伝いが終わり、自室にて一息ついていた時だ。ノック音が聞こえ入るよう返事をすれば、元気よく開かれた扉の向こうで、藤紫色の髪を揺らしながら笑顔満点の妹ヴェロニカが、これまた元気良い声を上げた。かち合った朝焼け色の瞳は、爛々と輝いている。こちらを真っ直ぐと見つめてくるその瞳から、視線を逸らしたい衝動に駆られるが、なんとか堪えた。


「…いや、実はこれから用事があってだな」

「かくれんぼがいいの!」

「……父さんが、薪割終わったら一緒に遊ぼうって言ってただろ?」


そういうと、ヴェロニカはむすっと不機嫌さを顕わにする。


「おとうさんいや、ラルクおねえちゃんがいい」


ハッキリと言い放つヴェロニカの姿に、今度はこちらが眉間へ数本の皺を刻むことになる。


「……頼む妹よ、それ大声で言うな後が面倒だから」

「おとうさんとあそぶのはい―――むぐっ」

「わーい、かくれんぼかー。リアとホスも来るから一緒にやろうねー!!」


使い慣れてなさすぎる子供っぽい、しかも女の子口調で話したためか、酷く棒読みなのは気にしない方向で。慌ててヴェロニカの口元を抑えながら、了承したといえば、それはもう嬉しそうに目元を綻ばせる姿は、純粋に見たのなら可愛いのだろう。だが生憎、父曰く「天使のように愛らしく可愛い笑顔」が最近怖くて仕方ないと感じている。


妹、ヴェロニカ。3歳。大変頭の回る(正直手強い)子供へと成長を遂げていた。


赤ん坊の頃は、可愛かったと思う。あまり慣れてなくて、近寄っても泣かれるんじゃないかと思い恐る恐る覗き込んでは、笑いかけてくれたことにホッとしたりするぐらいだったが、妹の世話をするのは苦ではなかった。日ごろ父が自分にする愛情表現なるスキンシップも、ヴェロニカへ向けられることが多く、自由な時間が多くなったことは、正直言ってありがたくもあった。しかし、そんな父の努力も虚しく、言葉を喋るようになった頃、最初に覚えたのは『ママ』であり、その次は『ねたん(姉ちゃん)!』である。これには流石の母も驚き、そして父は色んな意味で号泣した。言葉を覚えてくれることは嬉しい、だが『パパ』と呼んでくれない。ようやっと呼ぶようになったのは、『まんま』と『ねんね』と言えるようになった後である。新しい言葉を言えるようになるたびに、自分を呼ぶものではなかったと、両手両膝を床につき、嘆いていた姿はある種同情すらした。


それからも順調に成長していったのだが、2歳になった頃には何故か自分に至極懐いてしまったヴェロニカは先ほどのように、いろんなことをお願いするようになった。遊ぶこと然り、お風呂に一緒に入ること然り、同じベッドで寝ること然り。2歳までは父や母と一緒にやっていたことのはずなのに、今ではほぼすべて自分とじゃなきゃ嫌だと、駄々をいう始末である。お陰で、最近の父は「ヴェロニカが『おとうさん、だっこ』ってせがんでくれなくなった…」など、母テルマに泣きつく姿は、目も当てられないほど哀れである。そんな父でも優しく受け止めるほどの度量を持つ母は、本当にすごい人だと改めて思ったほど。自分では間違いなく、暑苦しいとして文句を言っていたに違いない。一応言っておくが、別に父のことは嫌いではない。過度なスキンシップを受け入れられるほどの器を持っていない自分に非があるのだ、と誰にでもなく言っておく。


ちなみに、ユリースお祖父さんはヴェロニカにとっては苦手の部類に入るようで、ユリースお祖父さんが家に来たときはできる限り、近寄らないようにしているようだった。自分としては、ユリースお祖父さんは好きだったので、家に来ると彼の元にいることが多かったが。その姿にヴェロニカは酷く泣きそうな顔をするのだが、父のところにいく時と違い「いっちゃダメ!」と駄々を捏ねないところは、正直ありがたかった。なんとなくだが、ヴェロニカは自分がユリースお祖父さんと行っている魔法に関する勉強を、楽しみにしていることに感づいているのかもしれない。前世で子供は人の感情、特に怒りや悲しみといった感情には敏感な生き物だと、どこかの誰かから聞いた気がする。その場の空気を察する、というところだろうか。まあそれも、大人になると徐々に失われ、最終的には全く空気の読めない人間も出てくるのだから、悲しいものだ。


勿論、ユリースお祖父さんは空気を察することができる人だったようで、ヴェロニカが苦手としている態度に逸早く気付くと、「おやおや、どうやら私は嫌われているようだ」と、無理に構うこともしなかった。時折、ヴェロニカから話しかけてくることはあるけれど、その際は普通に返答し、過度なスキンシップもしなければ、必要以上に話しかけたりもしない。寧ろ、唯一喜んで近寄っていた自分をより一層可愛がるようになり、早く大きくなって一緒に働きたいという願望を、毎回言われるようになってしまった。父との言い合いが発生する頻度が増えていったのは、勘弁してほしいところではある。自分としては、せめてスキンシップの度合いだけヴェロニカと同じにしてくれいなかなあ、と思っていたり。まあ、叶わぬ願いではあるが。


「ラルク~?いないの~?」


タイミングがいいことに、リアの呼び声が外から聞こえた。少し慌てて窓へと近寄り外を覗き見れば、家の戸を叩くリアと、隣に静かに立っているホスを確認できる。ヴェロニカの手を取って、足早に玄関へと向かった。

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