大切な存在とは?

大聖堂教会―――。


この国でその名を口にすれば、みな恐れ戦く…というわけではないが、この国に住まう者のほとんどが知っているといわれるほどの有名な場所である。一般的な親しみやすい呼び名は「聖堂」。教会と名を連ねるのだから、何処かの宗教などに属するそれだと思われるかもしれないが(まあ、あながち間違ってはいない)、実際偶像崇拝を信仰しているわけではない。では、どういったところなのか。簡単にまとめるのなら『魔法を「神の御業の如く至高の存在である」と認識した大昔の人たちが、その魔法をより洗礼し、より練度をあげ、より究極の形へと成していくため、いろんな人たちの意見や思想を取り入れ、共有する場所を作ろうとして、生まれた場所』である。身近な日常に置き換えるなら、大規模な井戸端会議、他に向けるのなら貴族間でシーズンごとに引っ切り無しに行われる晩餐会がそれである。


それが時代を経て発展していき、今では教会と言っておきながら、魔法関連のみに特化した学び舎として存在しているのが現状である。魔法に関して適正がある者は、12歳になると必ず大聖堂教会へ魔法に関する知識・技術を学びに通わされるようになっている。通う期間は貴族の者もいるために全部で三年、その後は更なる魔法の高みを目指す者は大聖堂教会へ席を置くことになり、その教会が運営する各支部へと配属する流れとなっている。祖父のユリースお祖父さんも、三年通った後に教会に残ることを選び、今では東支部の白金珠及び責任者という立場である。支部よりも本部の方が機材どころか色々な書物や情報などがいち早く入るので本部配属を目指す人も多いと聞くが、お祖父さん曰く「人が多いと煩いからね」とのこと。未だに本部にお呼ばれしているのを蹴っているのだとか。やはり、ある意味で凄い人である。


お祖父さんが言っていた通り、自分にも魔法適正があるようなので12歳になったら聖堂へ通うことになるのだろう。そこでより魔法に関する知識が得られるのなら儲けものだし、なによりその後の道もほぼほぼ決まったようなものである。教会にその身を置く、というのは、昔の修道院に入るようなものにも感じる。むしろそれを思わせる意味で、教会という名を残しているのかもしれない。


その聖堂に入るまで、まだ後8年ある。その間に時折来るお祖父さんに教わり、いない時はもらった本で自習…としたいところではあるが。過保護でありながら娘が家に閉じこもったままというのも健康上よろしくないという考えの元、外に連れ出されることはしばしばあった。というより、こちらの方が多い。いや確かに、子供のうちは元気よく走り回って体力作りに精を出した方がいいかもしれない。


そりゃ、前世は幼少期から重苦しいドレスを着ながら礼儀作法などをやらされ、大人になっても家族内が色々と最悪だったため行動力を要され、自ずと体力がついた方ではあるが。精神年齢30歳越えのとなると、なんというかこう…純粋な子供たちの輪の中に入り辛いものである。虫とか見つけて大喜びする男の子や、それに酷い嫌悪感を抱いた女の子たちの姿を見て、元気だなあと抱いた時点でもう無理だと思うしかない。若い、若いんだよみんな!!


「ラルクだって十分若いじゃない」


父に遊んで来いと追い出されるように家から出て、幼馴染の二人と一緒に広場の端に座っていた自分は、元気よく駆けずりまわる子供たちを眺めならが、「若いなあ…」と呟いたところ、呆れたようにリアから返答がきた。


「いや、だからなんかこう……元気よく走り回るような気力がなくてだな」

「なーにじじ臭いこといってるのよ。そんなんだから、みんなに『ラルクおじさん』なんて陰で呼ばれてるのよ」


なんだそれ、初耳なんだが。


「ヒドい呼び名ですわ。こんなに大人しくてかわいいラルクをおじさんだなんて」

「ホントよね、せめておばさんって言いなさいよって思うわ」

「まったくもって見当違いもはなはだしいですけれど。体力だけが取り柄のどうしようもない方ですから、そういった発想しかできないのですね」

「…ちょっと、聞き捨てならないセリフね」

「捨ててもらっても、私には特に害はありませんが?」

「あたしがあるっていってるのよ!」

「それは良かったですね。自覚への第一歩ですわ」

「きぃーーー!」


相も変わらずな言い合いを眺めながら、知らず深いため息が零れ落ちる。おじさんやおばさん呼ばわりされていることにたして、別に傷ついているわけではない、決してない(大事なことだらか二回言っておく)。そもそも、前世でも同年代の子達と遊んだ記憶はあまりない。悪でも一応貴族であった故に、平民の子達と遊ぶことはなく、かといって貴族同士での対面など、結局弱みを見せてはいけないという認識の元、互いが互いに仮面を被っての会話。誰が心許して遊び惚けられるだろうか。大人になったら今度は腹の探り合いやら、家族間とのいざこざやら、胃やら頭やらを痛めることしかしていない。付き合い方自体に億劫になるのも仕方ないことだろう。


「私は、無理して付き合う必要はないと思いますわ。誰にも得意不得意があります。ラルクは身体を動かすより頭を使うことの方が得意のようですし、そちらを生かせればいいと思いますの」

「そうよ。お父さんも言ってたわ。子供の時の付き合いも確かに大事だけど、自分にあった人たちは自然と集まってくる。その人たちを大切にすればいいって」

「リアのお父様はとてもいいことをいいますわ。は」

「なんでさっきから突っかかるような言い方しかしないわけ!?」

「事実を述べたまでですわ」


ああ言えばこう言うという言葉通りのやり取りだが、その中に優しさや気遣いがあるのを感じ取れている。互いに器用に見えて不器用な二人だなと、内心一人思っていた。友人、親友。自分を気遣ってくれる人、大切にしてくれる人、愛してくれる人――そして、自分が信頼を置ける人を大切にしなさい、と父も言っていた気がする。今生どころか、前世すらそんな存在を作ったことがない自分に、果たして作れるのかどうか―――。


『お嬢様!また食事を抜いたんですか?ちゃんと食べてくださいって言ってるじゃないですか!!』

『まあ!隈が酷いですわ。まさか、また仮眠だけでお過ごしではありませんよね?』


不意に過ったのは、たぶん前世の記憶だ。顔はおぼろげでロクに覚えていないが言われていたその言葉は、耳にタコができるほど毎回言われていた気がする。しかも、お嬢様とは…結婚もせずに領地の運営管理などをやっていたのだから、奥様ではないのは確かだったが。いつも侍女二人に体調管理を確りしろと口を酸っぱく言われていた。集中すると止まらなくなるからと、執事や料理長まで巻き込んで止める画策をいつもしていたようだった。


(気遣ってくれて、いたんだろうな。あんな無能で、なんの役にも立たなかった自分を)


あの者たちにとって、自分はどんな存在だったのだろうか。ただ己が仕えている主に奉仕していただけ、と割り切ってしまえばそれまで。貴族の間で従者と親しく接している者の方が珍しい方だ、むしろその方が納得のいくことだ。なら、自分はどうだった――?


少なくとも、その環境を嫌ってはいなかったと思う。


大切にするどころか、迷惑ばかりかけていた。いいつけを守らないし、心配されているとわかっていながら無理をして怒られてもいた。すまない、反省しているといってもまた同じことを繰り返しては、怒られ、最終的には強行手段としてベッドに縄で括りつけられたこともあった(今思えば、明らかに従者の関係というには度を越していた気がするが、怒らなかった自分がたぶん悪化した原因だろう)。それでも、みな見放しはしなかった。主の身を案じ、常に気にかけ影ながら動いてくれていた。感謝こそすれ、嫌う要素はどこにもない。身分の差などがなければ、あれこそが気心知れた友人、あるいは親友になったのかもしれない。今更な話であるが。


「ラルク、ラルクには私がいるではありませんか!ですから、そんなに気を落とさないでくださいませ。ついでにリアもいますわ」


ほんの僅か、意識を飛ばしていた間に二人の言い争いは終わっていたようで。気づいたら目の前でしゃがんでいたホスは、俺の右手を両手で包むように掴むと、徐にそう言ってきた。いつもおっとりとしている筈のホスが、随分と真剣な表情を浮かべている。もしかしなくても、黙りこくってしまった自分が、気落ちしていると思わせてしまったのかもしれない。弁明を言おうとしたところ、今度は左手を誰かに掴まれる。


「何言ってるのよ。ラルクにはあたしがいるじゃない。ついでだけど、ホスもいるし」


いって、二人の視線が何故かかち合い、火花が散る。


「言ってくれますね、リア」

「先に言ったのはホスじゃない」

「私は事実を申し上げたまでですわ」

「そのことばそっくりそのまま返すわよ」

「…………」

「…………」


頼むから、無言のまま握っている手に力を入れないでほしい。子供の握力とはいえ地味に痛い。

だが、二人の言葉を受け、何故か胸の中にあったモヤモヤが晴れていく気がした。確かに、前世ではそういった存在はいなかった。今生にできるのか、という不安もあった。だが、聞く前に二人は答えてくれた。友達か、友人か、親友か。どれかはわからないが、どれかに括る必要性もない。ただ、そこにいてくれる。自分という存在を受け入れてくれる。それだけで、心が温かくなる。


「ありがとう、な」


それだけで、溢れんばかりの笑顔を浮かべてくれる幼馴染二人は。

今生の俺にとって、大切な存在であることは間違いないだろう。

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