本を譲り受けました
夕食の準備が整うまで、お祖父さんと一緒に例の新しい本を読むことになり、心は浮足立っている。自室に本を持っていくから、先に行ってなさいと言われたため今は自室にあるベッドの上に座ってルンルン気分で待っている最中だ。
「いやー待たせてしまったね。すまない、すまない」
「そんなに待ってないから大丈夫」
子供っぽさを演じるのに最初は骨が折れたが、ある程度大人びた子供という定着のおかげか、下っ足らずな言い方じゃなくても問題ないとなったのは嬉しい限りである。
「ラルクにとったら、今の時間はあっという間だったんだろうね。では、お待ちかねの魔法術式の本だよ」
「わっ!」
差し出された本を受け取ると、それはずっしりと重みがあり両手で受け止めたはずなのだが重力に逆らえずポスリとベッドに沈んだ。大人でもそれなりの重さがあるようで、こんな小さな体では全身を使ってやっと持ち運べるかという重さだろう。子供であることが恨めしいと感じる部分である。持ち上げて読むことは無理そうなのでベッドに沈めたまま読むことにした。
「私が学業に励んでいた時に読んだ資料なんだが、とても分かりやすいからラルクにピッタリだと思うんだ」
その言葉を受け、改めて本全体を観察してみる。全体的に古ぼけており、表紙のタイトルなどは擦れており何とか読めるかなといった状態だ。中の紙も色褪せており、指をひっかけるところは他の部分より濃く変色していた。お祖父さんのわかりやすいと言っていた言葉を考えると、かなり使いこまれている証拠だ。
「こんな大切な本…ありがとうユースお祖父さん!」
「ふふふ…喜んでもらえてなによりだよ。私個人の意思だけど、魔法を学ぼうとする者に垣根を作りたくないと思っているんだ。ラルクは勉強熱心なうえ、呑み込みが早いから教え甲斐があって私は嬉しい限りだよ」
心の底から喜んだ笑みを浮かべるお祖父さんにこちらまで嬉しくなる。自分の探求心や好奇心からまさか喜ばれるとは思ってはいなかったが、自分の行動で誰かが幸せだと感じているのを目の当たりすると感慨深いものである――父のことは日ごろ幸せそうにスキンシップをしているので、たまに距離を置いているのだと、それらしい理由を内心で述べるラルクである。
「私の友人も、ラルクの話を聞いたら快く本を譲ってくれたんだよ。彼も勉強熱心な者に対しては、甘やかしてしまうから困ったものだけれど。この本は時間があるときに読むといい。持ち運べる大きさだからね」
「わかった。譲ってくれて、ありがとうございましたと、伝えてください」
「ああ、承知したよ。わからないところがあれば、声を掛けなさい」
そういうと、持ってきた本の中から一冊手に取ったお祖父さんは、ベッドに腰掛けそのまま静かに本を読み始めた。大方、祖父自身も読もうと思い一緒に運んだものなのだろう。チラリと後ろから内容を覗き見てみるが、今まで見せてもらったどの本よりも複雑な記載だ。あれを読めるようになるにはまだまだ時間がかかるだろう。
(でもいつかは、ユースお祖父さんと同じように多くの人の役に立つ存在になりたいな)
多くの術式を作り、平民の人たちでも扱える魔法を生み出したといわれる祖父という存在が、自分の最終目標としては一番わかりやすいと思える。目立つことは控えたいが、魔法術式を改変した際、自分の名を使わず代理の名前で公表することも可能だと何かの書物に書いてあったのを思い出す。お祖父さんもかなり多くの術式を作り出したようだが、公に公開したのは十数個だけだという。
理由は、下手に注目の的になると研究の邪魔になるから、と。
あまりに強力な術式を代理名義にするとその者の判断一つで簡単に流出してしまうため、管理するために名を使ったようである。確かに、代理本人が利己的な目的で悪用しないとは言い切れない。自分の名にしておくことで、他者が閲覧しようとしたとき、閲覧許可申請の通告を受けられるため、見せるか見せないかをその都度判断できるというわけある。上級魔法となると、閲覧する者など魔力関連に精通している者ぐらいだから、一般的に知らない人も多く、公にしてもそこまで目立つことでもない。まさに自分が思い描いている未来ではないか。身近で、しかも早いうちに見つけられたのは幸運だった。
「あ、そういえば。前回来たときラルクに術式の書き方を教えたような気がするのだけれど、それは理解できたのかな?」
「わかったかどうかは、自分でもよくわらないけど…書き起こしてはみたよ」
「ほーなるほど、なるほど。それはまだあるかい?」
「うん。ユースお祖父さんが来たら見てもらおうと思ってたから」
「見せてもらっても?」
小さく頷き、ベッドから飛び降りると、近くに設置してあった机の引き出しを開け、目当てのモノを取り出した。
「これ」
「どれどれ……うん、綺麗にかけているじゃないか。本を読みながらと言っていたが、それでもちゃんと術式になってるよ」
「ほんと!!」
「はは、私は魔法に関しては嘘や虚言はつかないからね。勿論、ラルクにだけは全てにだよ?」
褒められたことが嬉しくてつい声を弾ませた自分に、お祖父さんは嬉しそうに笑いながらそう言った。確かに、先ほども言っていた通り、魔法を学ぼうとしている者に対し垣根なく教えようという構えの人が、嘘をつくとは思えない(ただ、父に対してはしてそうだなと、一瞬だけ思ったのは秘密である)。
「いつか、ラルクと一緒に魔法研究をするという私の夢が叶う日も、そう遠くないかもしれないね」
「ユースお祖父さんほど、ゆうしゅうにはなれないよ」
「そんなことはないさ。ラルクも大きくなれば聖堂へ学びに行くことになる。そこで色々な技術や知識を身に着け、卒業する。そうしたら、一緒に研究できるように手配しておくからね」
就職先はもう決まったも同然だ、と言わんばかりにいうお祖父さんの強引さはやはり親子だなとつくづく思った。一応、お祖父さんにも助手ならぬ弟子の一人や二人いるだろうに、と思ったこともあったが、なんと弟子は愚か助手もいないという。父から聞いた話では、若手を育てるのも大事とは本人も思っているのだが、中々自分の技術を教えられるほど信頼を寄せられる者が見つかっていないのが、一番の原因らしい。
そんな中、お祖父さんは何故か、孫娘に白羽の矢を立てたようである。ありがたいと思う反面、身内贔屓だと思われないだろうか、と少々不安でもある。まあ…貴族だ、王族だと身分が高い者に対し、簡単に媚び諂(へつら)うような人じゃない方が、身内贔屓より嬉しいのだが。
「ラルクは、新しい魔法を作るのか、それとも卓越した魔法技術を得るのか。いやあ、色々考えるだけで、私も未来に希望が持てるというものだ」
「まあ、お父さんが許してくれるなら、のはなし…」
「言わすとも。まあ、言わなくても他にいくらでも手はあるからね」
これでもかというほど綺麗な笑みを浮かべながら、そうハッキリ言い切ったお祖父さん。そのあとに聞こえた言葉は、聞こえなかったとして流しておこう。深くかかわってはいけないという経験上の防衛反応だ。
それから、夕食の準備を終えた父が、自分たちを呼びに来た際、楽し気に過ごしていることに文句やら怒りやらで騒ぎまくり、母が氷の笑顔を張り付けて鎮静化するまで、静かな読書タイムは続いた。
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