祖父は結構曲者だ

「ん?やあ、ラルク!元気にしてたかい?」


玄関の戸を開けると、そこには二週間ぶりに見た祖父ユリースの姿があった。滑らかな肌触りの白いローブの裾は、この国の国花といわれる花が金色の刺繍により一周分描かれており、背中には国花と同じ色で月と太陽が半々に重なり合うような文様も刺繍されている。また、左耳には網目状に編まれた白い紐で包まれた黒曜石の耳飾りがキラリと光っている。父ヴェスターや自分と同じ、綺麗な千草色の長い髪に淡い茜色の瞳をしているユリースお祖父さんの姿は、知らない者が見たら貴族界の人間なのではないか、と思われても不思議ではない装いだった。


そんな人物が、朗らかに微笑むと家に入って来たばかりである自身の元までやってくるや否や、徐に抱き上げ頬擦りをしてきた。彼なりの挨拶の一環である。初めて会ったときは唐突すぎるスキンシップぶりに「ギャァァッ!」と、悲鳴を上げながら抵抗していたが、来る度毎回同じことをされると慣れてしまうようで。今ではされるがままである。よくよく考えてみると、父も挨拶代わりに同じスキンシップをしてくるところを見ると、血の繋がった親子なのだなと実感させられる。変なところは似なくていいのにと思うところだ。ただし、ユリースお祖父さんは髭があまり生えないタイプらしく、頬擦りしても全く痛くないのでそこまで嫌悪感はない。


「ちょっと、父さん!もういいだろ、ラルクを返しなさい」

「えー…孫とのスキンシップを邪魔するなんて、ひどい息子だなあ」

「ラルクも嫌ならイヤって言っていいんだからな!オレに言ってるみたいに!!」

「いや別に。ユースお祖父さんならいい」

「わーい、ラルクは優しいなあ。息子とは大違いだ」

「なっ!ラルク、どうしたんだ!そいつになにか脅されてるのか!?ラルクはお父さんと一緒にいる方がいいに決まってるもんな!」


自身の父親に対し『そいつ』呼ばわりはいかがなものか。


「ユースお祖父さん」

「んー?なんだい、ラルク?」

「新しい本は?」

「ああ、ちゃんと持ってきたから大丈夫だ。今回は友人からもラルクにって預かってる本があるから、楽しみにしていいよ」

「本当っ!?」


予想外な朗報に、少し興奮してしまったがそんな姿を見れたことが心底嬉しかったのか、ユリースお祖父さんは満面の笑みを浮かべ、自身の右腕に座らせるように自分を抱き直すと、そっと頭を撫でてくれた。視界の端では父が酷くショックを受けたような表情をして固まっていたが、今はお祖父さんの本の方に興味が行ってしまったので、無視することに。


父ヴェスターの祖父にあたるユリースお祖父さんは、この国にある魔法研究機関として有名な場所に所属している一人だ。彼が着ているローブはそこに所属している者だと示しているようであり、また刺繍されている糸の色によって階級がわかるようになっているようである。金色と銀色の糸は上から二番目の階級ということで、その実力は相当だと伺える。そんな祖父は王国の中心部に住んでいるのだが、時折この辺境に地に近い端っこの領地まで足を運んでは、王都で手に入った本などを持ってきてくれるとても気さくで優しい人だ。仕事も、自分が目指している魔法研究関連の仕事だということで、多くの研究成果を残しているともいわれている。


孫がいるような年齢とは思えないほど若く整った顔立ちで、朗らかに笑うその姿は未だ多くの女性を魅了することはあるが、お祖父さんは自分が生まれる前に亡くなってしまった祖母に当たる女性を今なお愛しているようで、他の女性に目移りしない芯の確りした人である。


「息子は相変わらず、ラルクに嫌われているようだけれど。お陰で私は懐かれているようで嬉しい限りだ」

「ラルク…そいつから早く離れなさい!食べられてしまう!!」

「かわいい孫娘を食べようなどと、思うわけないだろうに。でもまあ、ラルクがよければ私と一緒に王都に住んでもいいとまでは、思っているよ?」

「!!!!」


いつもは幸せを噛み締めているかのように常に笑顔|(リア曰くデレデレ顔)である筈の父が、これでもかというほどに目を見開く姿は本音を言うと怖い。お祖父さん、優しくしてくれるのはありがたいが、後々面倒になるからあまり父をからかわないで欲しい。


「ふふ、よかったわねラルク。ユリースお祖父様に後でちゃんとお礼を言いましょうね」


そんな中、やっと救いの手を差し伸べてくれたのは母テルマである。母の発言に父は「テルマぁぁぁ」となんとも情けない声を上げながら彼女に抱き、そんな父に「はいはい」と言いながら頭を撫でる。大の大人があやされている、という姿は正直言って見たくなかったの一言である。そんな情けない父も母に抱きつくのにも、細心の注意を払っているところは偉いと思える。椅子に座ったままの母のお腹は、随分と大きくそのお腹に負担を掛けないようにしているのだ。そう、母は現状妊娠8ヶ月目である。つまり、娘溺愛しておきながら、母も愛している父はちゃんとやることはやっているという。なんだかんだ要領のいい人物である。


「じゃあ、少し早いけれど夕食の準備を…」

「オレも手伝うよ。何をすればいいんだい?」

「ありがとう、アナタ。じゃまずは……」

「なら、ラルクは私と一緒にあちらで遊んでいようか」

「なにどさくさに紛れてラルクと遊ぼうとしてるんだよ!」

「いいじゃないか、ラルクだって本読みたくて堪らないはずだよ?」

「そんなのわからな――」

「――読みたい、今すぐにでも」

「ほら、言った通りだろう?」


楽しみにしていることを先にやるか?と聞かれれば、それはもうやるという即答しかないと思うのだが、父にしてみればそこは拒否してほしかったらしい。父、完敗と言わんばかりに両手両膝を付き項垂れている。


「う、ううぅ…ラルクは親父が来るとオレに冷たくなるっ…」

「大丈夫よ、アナタ。ラルクは心ではアナタの事を大切に思っているわ」

「ぐずん…愛してくれてるかな」

「ええ、もちろんよ」


おい、勝手に決めつけるなよ。まあ、嫌いではないが、過剰なスキンシップさえなければ頼るんだが。


「ラルクううぅぅぅ!オレもお前を愛しているよぉぉぉぉ――!!!」

「ふむ、復帰が早くて驚きだね。腕が落ちてしまったかな」


それはあれか、親父からかう腕前か、そうなのか。

というか、泣き顔のままこっちに抱きつこうとするのは本当やめて欲しい。顔が無駄に整っている大の男が、これでもかと涙を流しながら迫ってくる姿なんて、子供にしたら恐怖の対象に近いぞ。思わずお祖父さんにしがみついてしまったではないか。中身30歳越えの子供が。


「こらこら、娘を困らせるなんて全く酷い息子だ」

「昔から息子をからかって楽しんでたやつに言われたかない」


ああいえば、こういう。という状況下はこういうことなのだろうなと他人事のように思って現実逃避しておこう。巻き込まれている側だが、下手にどちらかに加担すると更にややこしくなること必須である。無駄に知識と聡さを身に着けてない、無駄にな。


「さて」


二人の口論(どちらかというと一方的)がヒートアップしそうになったところを、母はパンっと両手を叩いてそう告げる。父は一瞬母を見て「でも、ラルクが」と言いかけるが、と母は笑った。そう、ニコリではない、ニッコリである。これでもかと言うほどに口元に綺麗な弧を浮かべ、父を見やっていた。その姿に、ゾクリと母以外の三人の背中に悪寒が走る。


「ラルクはユリースお祖父様にお任せいたしましょう?アナタは、窯に火を付けてもらえるかしら?」


シーンと静まり返る空間の中、母の声はやけにはっきり聞こえる。普段と変わらない朗らかで綺麗な音色のはずなのに、優しさよりも怖さを感じたのは、たぶん気のせいではない。こくりこくりと、縦に首を振り続ける父と、ゆっくりとだが一度頷くお祖父さん。それを見て満足した母は、父の首根っこを引っ掴むとそのまま奥へと一緒に消えていった。残されたお祖父さんと自分は、しばし二人が消えていった空間を見やり。


「……ラルクは、テルマさんの前であまり粗相をしないよう気を付けなさい」


そう小さく、お祖父さんは呟くのだった。

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