幼馴染が強引

幼少期の時にできることというのは、そう対して多くはない。それが国の端っこと言われる領地に住む子供たちは、近隣の同い年ぐらいの子供たちが集まって元気よく外を駆けずり遊ぶか、家の手伝いをするかぐらいのことしかやることがない。例外があるとすれば、勉強に励む物好きな奴ぐらいか。まあ、その物好きに分類されるようなことを、自分は現在進行形でやっているのだが。


唯一の違いは、家の裏手にある大きな大樹の根元に座り、木洩れ日の中読書に耽っていることだろうか。世間一般の子供たちが抱く『外界と遮断したような部屋にひとり篭って、勉強しか友達がいない痛い奴』というわけでは決してない、と胸を張っていってやる。(誰だ、今無い胸張ってどうするっていったやつ。その通りだよ文句あんのかコノヤロー)。


「ラルク、ひまだから遊ぶわよ」


誰だ、人が折角(それらしい理由を胸張っていいながら)楽しく読書しているところを、話しかけてくる奴は。


「本を読むのに忙しいからことわる」

「また本読んでるの?そんなんじゃ、いつか頭にジメジメキノコ生えるんだから。そんな姿になりたくないでしょ?というわけで遊ぶわよ」

「……なぜ俺に言うんだ。ホスと遊べばいいだろ」

「いや。わたしはラルクとあそぶってきめた」

「なんで嫌がるんだよ…リアはホスと仲良かっただろ」

「今日はラルクとあそぶって今きめたからムリ」

「なんだよ、それ…あと、本返せや」


ほんの僅かな隙をついて手元にあった本を掻っ攫った人物にジト目を向けるも、なんのそのな態度に深いため息を一つついた。目の前で本をパラパラめくって中身を確認しているのは、近所に住んでいる子供の1人で名前はエトリアという昔馴染み――といっても、5歳にして昔馴染みもあったものではないが――である。


赤みがかった黄色の短髪に、子供にしては少しきつい印象を与える釣り目がちな黄土色の瞳。顔立ちは子供らしさを残してはいるものの、成長すればきっと美人になること間違いなしだと周囲は言っていた。先ほどの遣り取りを見る限りだと、融通が利かず面倒な奴だと思われるかもしれないが、意外にも彼女は他の子供たちからは人気者である、らしい。


イジメられている子がいれば助けに行くし、頼られればそれに応えようとする。年上にはちゃんと敬語で話すし敬う態度も取り、年下には年上としての対応もちゃんと取っている。元気で明るく、それでいてちゃんとした対応をする彼女は、大人たちにも好かれている存在である。本当、素敵な存在であると思う。自分ともう一人への対応以外は。


―――『ラルクとホスは気をつかわなくていい存在だから、楽でいいいのよ』


そうはっきりと言ってきたのは、確か自分が4歳になって直ぐだった気がする。いつも一人でいる自分を気にして声を掛けているのなら、放っておいて構わないといったところ、いつの間にか同年代でありながら気を許せる存在認定さていたらしく、好き好んで傍にいるという。他の同年代達とは明らかに違う態度を取っていたのだと気づいたのは、それからしばらく経ってからだ。


気さくでちゃんとした対応をするエトリア、というのも彼女の一部なのだろうが、本来の姿はこういった感じらしい。まあ、いまだ5歳ということもあり、若干子供っぽい言動や行動も多々ある彼女だが、その切り替えの上手さが世渡り上手よろしく動けているのだろう(子供らしくない奴に子供じゃないといわれたくない?同感だ、俺だってそんな奴にいわれたくない)。


「また魔法の本?」

「面白いからな」

「あんたって、ほんとう子供っぽくないわよね。その歳で魔法術式の本読んで、理解する人なんていないのに」

「そうかもな。自分も子供っぽくないことは自覚してる。リアやホスの方が子供っぽくないと思ってるけどな」

「それは間違いね。ラルクは別格でおかしいもの」

「二重人格者であるリアの方が別格だろ。剣術バカだけを除けば」

「ちょっと、誰が二重人格者の剣術バカですって?聞き捨てならないわ。それに、二重人格っていうなら私じゃなくて間違いなくホスの方よ」

「あら。誰が、なんですか?」


そうはっきり言い切ったリアが、ビクリとわかりやすいぐらいに肩を震わせていた。ブリキの歯車が軋みながら動くかの如く、ぎこちない動きで振り返る彼女の視線の先には、朗らかな笑みを浮かべながらこちらへと歩み寄る女の子の姿。少し癖毛のある緩やかなウェーブ掛かった新緑色の長い髪に、にっこりと細められた黄緑色の瞳。幼い子供特有のあどけなさが、至極可愛らしいその人物は、先ほどから名を挙げていたホスことホーナリスで、幼馴染の1人である。


リアが美人になるだろうと言われているとは対照的に、ホスは可愛く愛らしいその姿は、さながら『森の妖精』だと言われているようである。物腰柔らかい上に見た目も相まって、どちらかというと貴族の令嬢を思わせるが、彼女も商人の家に生まれた平民である。令嬢が着るようなドレスとか着せたら間違いなく似合うだろうと、内心で思ったのは秘密だ。


「リアの声が聞こえたから、ラルクもいると思ってきたのですけど…私がなんですか?リア」


こんなにも、そうこんなにも柔らかい口調なのにリアへ刺々しく突き刺さる言葉を放つ彼女は、いたって普通の子供である(普通の概念が段々とおかしくなってしまいそうだが)。


「いや、別になにも…」

「あら、何もないのですか?では仕方ありませんね…ではラルクならわかりますね」


そう言って話を振られてしまい、言葉に詰まる。本人がいないことをいいことに地雷を言い放ったのは、リアだ。素直に彼女が言ったと言ってもいいかもしれないが、しかし正直この話を言いだしたのはこちらでもあるために答えあぐねる。ここは二人仲良く怒られるしかない…。


「……いや、別になにも」

「そういえば、この前お父様と一緒に王都に行ったとき、中古屋で珍しい魔法本を見つけたので、ラルクのお土産にと買ってきたのですが」

「ホスの方が二重人格者だとリアがいった」


しまった。

決めたはずの決意は簡単に切り替わり、先ほどから言い淀んでいた口からとは到底思えないほどスムーズに言葉が出ていた。


「なに買収されてんのラルク!!」

「そうなんですね、リアもどうして隠そうとするのです?いつもなら面と向かっていってらっしゃるのに」


ふふふ…と笑うホスの笑みが、それはそれは恐ろしく感じるのは自分だけではないだろう。冷や汗ダラダラと流すリアの顔色が徐々に青くなっているのが何よりの証拠か。ホスのこういったところが、やはり子供らしくないと言われる起因なのだろうが、敢えて地雷を踏みにいくほど愚かではないと思っている。彼女は、いたってだ、そうに違いない。


「これのどこが『ふつうの子供』よ!!もう悪魔の如く怖い顔してるわよ!」

「リア、お前ちょっと口閉じた方がいいって」

「悪魔の顔だなんて、ひどいですわ。私傷つきましたので責任を取ってくださいね、リア」

「笑顔が怖い!いや!!助けてよラルク!!」

「いや、だからなんで火に油注ぎながら助け求めるんだよ」

「ふふふふ……」


ホスの笑顔にひぃぃっ!と悲鳴を洩らすリア。二人のこういった一面が見れるのは、この面子の前だけというのだから、本当に不思議である。とりあえず、自分を盾にするのだけはやめて欲しい。


「まあ…ここで言い争ってもラルクに迷惑がかかりますね。リアをイジるのは後にするとしましょう」

「…ホス、あんたのそのラルク基準どうにかならないの?」

「あら、リアもラルクに暇さえあればちょっかいを掛けているではありませんか。人のことを言えたギリではないでしょう?」

「わたしはいいのよ」


先ほどまでの怯えが嘘のように、今度は胸を張ってそう言い張るリアの姿に頭痛が生じたのは言うまでもない。


「誰が決めた、それ」

「わたし」

「………」

「では却下で」

「なんでよ!?」

「ラルクがなにも言わなかったので」


他に何か理由でも?と言わんばかりに首を傾げるホスは、本当に可愛らしいと思う。リアにとっては煽っているようにしか見えないかもしれないが。案の定、更に文句の嵐をいうリアに、それでも涼しい顔をして対抗するホス。こうやって口論を繰り広げるのはいつものことなので、自分からとめることもせず無言の放置をするのはお約束である。これで仲が最悪というわけではなく、むしろ互いに親友的立場に置いているのを考えると、喧嘩するほどなんとやら、といったところか。自分は別段二人と喧嘩することはないのだが、二人にとって親友と見られているのは未だ理解しがたい。


「あ、そういえば。先ほど、ユリースお祖父様がラルクを探しておりましたよ」

「ん?ユースさんが来たのか」


落ち着くまで放置をきめ、少し煩いなと思いながらも読書を再開させようとしたところ、不意に思い出したのであろうホスがそんなことを告げる。よくよく考えてみたら彼女は自分に用があって来た可能性もあったなと今更ながら思う(決して、そう決して二人の喧嘩に巻き込まれるのが面倒で何も考えなかったわけではない)。


「はい、こちらに来る途中、玄関前にいるのをお見掛けいたしましたわ」

「そうか…」

「…なーんだ、じゃあ遊ぶのは今度にしとくわ」


残念、と呟きながら両手を頭の後ろへやるリアはどうやら誘うことを諦めるようである。ホスも「我慢できましたね、えらいえらい」と(煽っているとしかいいようがない言葉で)言っていた。なんだかんだいいながら、その人がやりたいであろうことを優先させてくれる二人で、ありがたいと思える。


「では、少しだけリアへのほうふ…イタズラをいたら私たちはお暇いたしますわ」

「ねえ、今ホウフクって言おうとした?言おうとしわたよね?だからその笑顔が怖いんだってば!!」

「大丈夫ですわ、痛くはしないつもりですので」

「あんたの攻撃は肉体的になくても精神的に痛いのよ!」

「よかったですね」

「よくないわよ!!」

「あー……うん、程々にな」


戦略的撤退という言葉を使うのは子供らしくないだろうが、精神年齢30超えてるので気にしない方向でいこう。黒いオーラを放ち笑うホスと、悲鳴を上げて逃げようとするリアを放ったまま、自分は一度家の中へと戻った。

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