第一章

序章

浴びせられる罵倒も、身体にぶつけられる石ころも、向けられる畏怖と憎悪と悲しみも。

全ては、自分の力不足が招いたことなのだと胸を痛めた。


こんな状況になっても、未だ他人を心配できる自分自身にそこまでお人よしだったかと、若干思うが。歩くたびに金属がぶつかり合うジャラジャラという音が鳴る。先頭を歩く騎士の1人が手に持っている鎖を少し強く引けば、自身の手首に嵌められた枷と連動して同じく引っ張られた。早く歩けと急かしていることはわかる。だからといって、このくたびれた身体では満足に動かせない。


「こいつが…こんな奴らのせいでオレたちは!!」

「娘を…娘を返してよ!あの子は、満足に食べれずに、死んだのよ!!」

「悪魔が、のうのうと生きやがって…!」

「さっさと、その首を切り落とせよ!!!」

「死ね、さっさと死ね!悪の貴族め!!!」


殺意の籠った視線も、声も、表情も。深く深く心に突き刺さる。そして、申し訳ないという…心からの謝罪感が胸中を満たしていく。「すまない…」と小さく口にした言葉は、この喧騒の中にかき消されていく。


連れてこられた道の先に、木製の階段が目に入る。視線をゆっくり上へ移動させるとそこには、大きな刃物が不気味なほど静かな輝きを放っていた。躊躇うことなく、階段を上る。数段登り、最上段へとたどり着いたそこは、先ほど見えたギロチンが佇んでいた。右隣に並んだ騎士が、肩を抑えけ無理矢理膝を折らせ跪かせる。壇上へ先へと上がっていた一人の男は、手に持っていた書状を高らかに読み上げ、周囲に集まった人たちへと語っていた。そのわずかな間に、周囲へ視線を巡らせると、見知った顔ぶれがひしめき合う人混みの中にあった。


自身の執事と仕えていた男と、2人の侍女、そして料理長の男だ。

執事は、怒りや興奮状態の人々を押しのけ、前に出ようとしているが、思うように進まず苦戦している。

侍女の1人は、大粒の涙を流しながら絶望の表情を浮かべて佇み

もう1人は、周りの人たちに何かを必死に言って訴えている。

料理長は青褪めたまま今にも泣きだしそうな、悲痛そうな表情を浮かべている。


彼らの姿を最後に見たのは一体いつだったかと思考が動く。

彼等を解雇したのは確か、一ヶ月ぐらい前で―――。


「―――よって、死刑を執行する」


ほんの数秒の思考も、あっという間に途切れらせられたのはその言葉と同時に、前髪を乱暴に掴み引っ張られた痛みで呻いたせいだ。ズリズリと引き摺るように引っ張られ動く度に、あの金属音が音をあげる。二人掛かりでギロチンの台座へと固定されていく自分のその姿を、目にしたあの四人は更に慌てて動いていく。それが何をしようとしているかわかってしまい、小さな笑みが一瞬だけ口元に浮かんだ感覚があった。


「貴様、離せ!!誰に触れている!貴様如きが気安く触っていい者ではないんだぞ!!騎士などと戯言を吐く平民風情が!」


今の自分に抵抗する心はこれっぽっちもなかった。そう、のだ。

何も抵抗せず、甘んじて受け入れるだけが自分のできる最後の仕事だと。そうだとしか考えていなかったというのに。守るはずの土地を、民を食い物にし、死なせ、怒りを増幅させ、報復というなの暴動をさせてしまうほど傷つけた領民を、これ以上傷つけないようにと。

そう思っていたのに。


口から出は罵声は、領民の人たちからの表情を、慈悲もないと言わんばかりに憤怒へと変えていた。

この期に及んでも、傲慢で、悪魔のような貴族。

救いようもない、救う必要もない最悪の貴族。

断罪を、処刑を、死刑を……。


領民の心が一つに纏まっていく。

ずっと夢見た、領民達の団結だ。


「最後に言い残すことは、あるか?」


進行役を務めていた男は、そう吐き捨てるようにいう。その様子に、これでもかというぐらいに口元に三日月の弧を描いて笑った。それは、嘲りの笑みそのものだ。


「貴様らに、残す言葉なんて持っていないのだが?」


目を細めた男は、ゆっくりと右手を上げると勢いよく振り下ろす。それに習って、隣にあった一本のロープは騎士の剣により切られ勢いよく何かが落ちる音がした。





領主らしくあったであろうか。

貴族らしくあったであろうか。

人間らしくあったであろうか。


最後には、自分に、なれただろうか。



齢33歳の生涯を終えた自分は、その結果を知ることなく。

暗転した世界が、白く開けたそこは。


処刑された時より、1000年後の世界だった――――――。

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