第3話 結局、ここはどこ?



「ぶふっ」



 がらん。


 大槍が石畳に落ちる。すぐ後、それの持ち主、鎧騎士の大柄な身体が倒れ伏した。


 獅子の意匠の兜、その留め金の狭間から赤い血が溢れていた。



 遠山はその様子をただ、眺めていた。唐突に付いた決着をただ、見下ろす。


「奇妙な話だが、とても奇妙な話だが、この武器には意思がある。ルールがある」


 遠山の差し出した右手にはいつのまにか妙な形をした剣が握られていた。


 それを剣と表現していいかはギリギリのところだ。真直ぐな刀身は根元から折れており、ささやかに残る刃だけがそれが剣であったということを表す。



 それは遠山鳴人の切り札。


 あの時使う決断が出来なかった、世界で唯一遠山だけが所有する探索者道具。



 探索者組合に登録されていない、未登録遺物の1つ。



「ルールは単純。いちいち使う時に名前を呼んでやらねえといけない。変だよな、名前を呼ばないと使えない武器なんて。使いにくいにも程がある」



 刀身の折れた刃を右手で握り、遠山がそれをぶらぶらと振るう。


「ゴボ…… が、あーー」



 びくり、鎧騎士の身体が跳ねる。血は止まらない、みるみるうちにその身体から流れ落ちる。



「痛いか、不思議だよな。銃弾すら受け止めるそのミョウチクリンな鎧でもキリヤイバを防ぐ事は出来ない、なぜだと思う?」



「ぐ、あ、あり得ぬ…… その匂いはは副葬品だと…? エルダーが、モンスターがそれを使えるわけがーー ッ、ゲホ」


 鎧騎士の兜から血が更に。


「すごいな、お前。まだ喋れるのか? 体の中身をキリヤイバにズタズタにされてんのに。大したモンだ。お前、本当に人間か?」



 遠山が息を整える。折れた刀身の先を瀕死の鎧騎士に向けたまま。


「えっと、どこまで話したか? そうだ、ルールその2、これは本当にわけがわからねえんだけど。キリヤイバの能力の説明。これをするとしないとじゃ威力や範囲がまるで違う」


 遠山は刀身の折れた剣、キリヤイバと呼ぶそれを掲げる。


「空気だ。キリヤイバは周囲の空気を刃に変える。仕組みは知らねえ、でも事実だ。どれだけ頑丈な鎧でも空気は通してるもんな、そう、お前が呼吸をするたびに空気がお前の身体を内側からズタズタにする」



「が、が、あああ…… ふ、はは…… 貴、サマ、なに、モノだ…… 貴様は、なんだ……」



 虫の息。


 キリヤイバにより侵された空気は鎧騎士の命を体の内側から殺し尽くしていた。



 遠山はキリヤイバを大きく振りかぶる。


「お前と同じ、探索者だ。俺の名前は遠山 鳴人、お前を殺した人間だ」




「ナ。ルヒト、ふはは…… き、さま、面白ーー」



「じゃあな。酔っ払い」


 鎧騎士の最後の言葉を待つことなくそれを振り下ろした。


 びくり。


 鎧騎士がひときわ大きく身体を痙攣させ、自分の血で出来た血溜まりに沈んだ。


 その長い尾も同じく、沈んだ。



 しん。鎧騎士の発していた緊張感が消え失せた。


 遠山は大きく息を吐く。



「……遺物、使用終了」


 役目を終えたキリヤイバが、遠山の手のひらの中に沈んでいく。


 痛みはない、ただ皮膚の神経がつっぱり、脳みそをかきむしられているような違和感。


 これだけはいつまでたっても慣れない。


 遠山は切り札を自分の身体の中に収納した。



「あー……しんど。キリヤイバめ、遠慮なしに持って行きやがる」


 身体が急に重たい。鎧騎士に受けたダメージだけではない。急激な空腹感が身体を襲う。


 キリヤイバのルール。その3、使う時にめちゃくちゃだるくて腹が減る。



「……一応、完璧にやっとくか。」


 遠山は腰を下ろしたい気持ちを抑え、血溜まりに沈む死体に歩みよる。


 腰のホルスターから拳銃を引き抜き、撃鉄を起こす。


「もう二度と、生まれてくるなよ」


 ぺちゃ。ブーツが血溜まりを踏む。鉄錆の匂いが服につくのも構わず、遠山は鎧騎士の元に膝をつき、銃口を鎧の隙間に押し当てた。



 バズン。どずん。


 僅かにその身体が跳ねる。


 死体撃ち。怪物種を確実に葬る為に探索者が行うセオリーを遠山は遂行する。



 硝煙の匂いと、血の匂いが混ざる。


「臭え」




 遠山は呆然とその血溜まりの中に立ち尽くす。



「コイツ、結局なんだったんだ……?」



 遠山は脅威を跳ね除けた、しかし事態はなにも変わっていない。




 ここは本当にダンジョンなのだろうか?



 遠山はぼんやり考えた後、まあいいかと結論づける。




「気がすすまねえが、端末をさがさねえとな」


 遠山は物言わぬ鎧騎士の亡骸に手を伸ばす。


 そのまま黙って鎧騎士の亡骸を漁り始めた。


 殺した獲物から奪い、己の糧にする。遠山 鳴人はどこまでも探索者だった。








 ………

 ……




「やばい、この状況は割とやばい」


 遠山がゆっくり、どこまでも続くかわからない回廊を進む。


 正体不明の探索者、鎧騎士を始末してからもう1時間以上経つ。



「あの鎧野郎、俺の端末を壊しやがって。これじゃあ自衛軍の救援も呼べねえ! セーフハウスの同期も出来ねえ! やべえ! 」


 遠山は少し声を荒げて、そしてすぐに口を抑える。


 いかんいかん、テンションが安定しない。酔いが回ってるのか? 怪物種に聞かれたら面倒だ。



「にしてもあの鎧…何者だったんだ。端末を持っていなかった。そもそもあんな鎧を着た探索者なんか聞いた事もねえ…… バチカンの指定探索者でもフルフェイスの兜なんてつけてねえのに」


 奇妙なことに遠山の始末したあの鎧騎士は探索者の証であるスマホ型の端末を持っていなかった。


鎧の外し方がわからなかったので、装備を剥いたわけでないのだが、少なくとも目に見える範囲では持っていない。



代わりと言ってはなんだが、兜に貼り付けられていた奇妙な印章、軍人が好んで使うドッグタグのような物を剥ぎ取っていた。


金色のそれを遠山はポケットに押し込み進む。


「端末を持たずにダンジョンに挑む探索者なんているのか? ……わけわかんねえ」


 愚痴りながら遠山はそれでも歩く。あの場所から移動せずに助けを待つことも考えたが、血の匂いに寄せられた怪物種に襲われるのを避けて移動を選択していた。





「つーか、マジでここ何階層だ? 見たことがねえ地区だ。まさか……」


 遠山は立ち止まり頭を抱えた。


 現状考えられる最悪の状況が思い浮かんだからだ。



「未発見地区か……?! ここ、まさか。だったらやばい、巡回班どころか、セーフハウスすらねえじゃん!

 いや、でも、あの鎧野郎はここにいたし……」



 最悪の状況、それは遠山のいるこの場所がまだ探索者組合に発見されていない地区だということだ。


 現代ダンジョン、バベルの大穴が見つかって3年。地下に広がるその場所は人類にとっていまだに未踏波の場所が多くある。


 そもそも、バベルの大穴がどれほどの広さなのか、何階層まであるかもまだ全て分かっていないのだ。




「やばい、これはやばい」


 探索者の死亡例の中で、多いのはもちろん怪物種を原因とすることが一番多い。


 しかし、2番目に多いのはこれだ。


 沈殿現象、もしくはトラブルにより予定していない行程や地域に足を運んでしまうことによる行方不明、もしくは死亡。


「死ぬパターンの奴か」



 遠山は呆然としつつも歩みを止めない。


 キリヤイバに奪われた体力、それでも動き続けるのは意地だ。


 死にたくない。


 クソみたいな人生がようやく楽しくなって来た瞬間に。


 せっかく、せっかく、


「アイツがくれたチャンスを無駄にしてたまるか」



 言葉が漏れ出る。それは頭で考える前に溢れた。





 アイツ?


 今、俺は誰を思って、誰のことをアイツと呼んだ?



「アイツってなんだ…… なに言ってんだ、俺」



 うわごとを呟きながら遠山は進む。独り言が多くなったのは体力が減っている証だ。


 遠山がいよいよ自分の状況に悲観し始めたその時だった。



「あっ……」



 松明にともされる回廊、その先にオレンジ色の灯りが見える。


 目を凝らす、灯りに照らされたそこ、三角形の何か。


 テントだ。


 明らかに人間が張ったらしきテントが見えた。



「て、テント…… バベルの大穴でテントを張る奴がいるのか? いや、今はそれどころじゃない! 、お、おーい! 誰か、誰かいないか?」



 遠山は知らずのうちに駆けた。


 灯りに近づくたびに確信を持つ、テントだ! 誰かがいる!


 小さな焚き火に、ロッキングチェア? くつろぎすぎなような気もするが、とにかく人の気配がする。



「お、おい!! いきなりすまねえ! 俺の名前は遠山 鳴人! 探索者組合に所属する探索者だ! 誰かいたら返事してくれ!」


 テントに向けて声を張る。


 焚き火の弾ける音が妙に大きく聞こえる。今だけは怪物種に聞こえることなど気にせずに遠山は声を張った。



「留守……なのか」


 遠山が、一歩後ずさりをした。








「動くな」



「あ……」



 首の後ろがピリつくと同時に、焚き火の炎が上がった。



 焚き火の写す影が歪む。



 キリリ。


 その音を遠山は聞き慣れていた。仲間の1人、志摩 瀬奈の扱う探索者道具、ボウガンの弦が軋む音に似ていた。



「そのまま、ゆっくり手を挙げてくれないか? 出来れば、この矢を放ちたくはないんだ」



 理知的な、声が背後から。


 いつのまに背中を取られていたのだろうか。


 遠山の背後に、弓を番えた奇妙な人物がその鏃を向けていた。

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