第4話 矢じりの先は首を狙い
「手荒な真似はしたくないが、嘘があると思った時は残念だが死んでもらう」
その声に震えは見当たらない。遠山は呼吸を浅くしつつ素直に両手を挙げて小さくうなずいた。
「協力に感謝するよ、キミとは仲良く出来そうだ。では1つ目の質問。所持している武器の数は?」
「……3つだ」
「……嘘ではないようだね。どこにつけてある?」
遠山がその言葉に習い指で差そうと
「止まれ、それ以上動くと殺す。言葉で良いよ。武器はどこにつけてある?」
冷たい殺気、先程の鎧野郎の圧迫されるようなそれとは違う、洗練された気配。
「……腰のベルトに2つ。音鳴り袋内蔵の片手槌と、所持許可の降りた拳銃…… コルトシングルアクションアーミーだ」
「ケンジュウ…… また嘘はない。ありがとう、今のところキミはとても協力的だ。……風よ、風よ、あなたのお手手を貸してくれ」
背後に構える人物、おそらく声色から女性。透き通っだ声が突然、奇妙な言葉を紡ぐ。
「なっ?!」
「動かないで、安心しておくれ。キミを傷つける風ではない。少し武器を離させてもらう」
そよ風が吹いたかと思うと、遠山は目を見張った。
カタカタとベルトのホルスターが揺れたかと思うとそこに備えていた2つの武器が1人でに外れたのだ。
「まじかよ……」
ホルスターから外れた武器はフヨフヨと空中を漂い、テントの傍らにあるロッキングチェアに静かに着地した。
なんだ、なんだ、なんだ、これ。
「フ、フォース……? ま、まさかアンタ、ジェダイのーー」
「3つ目の武器の場所を聞いていないな。答えておくれ」
遠山の軽口はぴしゃりと跳ね除けられる。
「どうした、早く答えくれ、できれば殺したくないんだ」
「……3つ目の武器は、組合に登録されていない遺物だ。名前はキリヤイバ。俺の身体の中に埋まってる。取り出す事はおススメしない。俺の身体に埋まってる限りはこの武器は役に立たない」
「………」
ぎりり。
弦が絞られる音、ダメか。
南無三っ……
遠山が覚悟を決めて、一か八か反撃に出ようとしたコンマ前。
「これも嘘じゃない。……驚いた、嘘じゃないんだね。ありがとう」
弦を絞る音が止む。よかった、真心が伝わったらしい。
遠山は息を少し深く吐いた。
「おっと、まだ安心するには早い。君の印象は悪くないがそれでもまだ確認したいことはたくさんある。さて、さて、単刀直入の聞こうか? 飼い主は誰だい? 誰に言われてここへ来た?」
飼い主? 遠山はその答えを持っていない。だから素直に答える。
「……殿に失敗して、敗走中に沈殿現象に巻き込まれた。気付いたらここにいた、それが全てだ」
「……君は何者だい? 支離滅裂な内容だが嘘ではない。答えてくれないか?」
「遠山 鳴人、探索者だ」
「タンサクシャ…… これも嘘ではない、キミはここまで何一つ嘘を言っていない…… はてさて、不気味だなあ」
ふむ、と背後の女が呟く。キリヤイバの発動にはどうしても時間がかかる。反撃は徒手空拳しかない。
遠山は選択肢を並べる。答えるだけ答えてはい用無しと始末される可能性も考えておかなければならない。
「ふむ、それじゃあ次の質問。キミは私の事を知っているのかな?」
「知らない…… アンタがだれかなんて皆目見当もつかない」
沈黙、さらに殺気が緩んでいく。
「ふふ、そうか。自意識過剰になってたのかな。これでも私は有名な方だと思っていたけど」
「有名人なのか? ダンジョン絡みの有名人なら指定探索者か?」
遠山は探りを入れる、話の流れで伝わるかと思いきや
「おっと、質問権があるのは以前こちらだよ。さて、最後の質問だ。頼むから、嘘はつかないでおくれ。風か教えてくれるからね、意味がないんだ」
だめか。微妙にこいつも話が通じない。なんだ、この違和感は。
「キミは竜の巫女の子飼いかい? 彼女に身辺警護でも頼まれたのかな? そう、彼女が今日貸し切りにしている塔の監視とか?」
「竜の巫女……? 塔? 何を言ってーー いや、待て、知らない、答えはおれは何も知らない」
「……ふむ、今、風が妙な事に気付いたよ。キミは今、竜の巫女を知らないと言った。だがどういう事だろうか、匂いがする…… あのトカゲ女の薄汚い血の匂いが」
首筋に、冷たい感触が当たる。
柔らかいそれは人体の一部だ。
背後に立たれた女が首筋に鼻を近づけているのがわかる。
「くん、くん。うん、間違いない。これはどういう事だろうね、質問を間違えたのかな…… うーん」
遠山は身動きを取らない。焚き火の炎が先ほどよりも高く、風に煽られたように強く燃え始めていた。
「うん、思いついた。キミ、ここにくるまでだれかと会ったかい? そう、この塔で、私以外のだれに会った?」
塔…… コイツは今この場所を塔と呼んだ。
どういう事だ、ここはバベルの大穴じゃないのか? 塔と呼ばれる区域なんて聞いたことがーー
「早く答えてくれないかい? 弦を持つ指が痺れてきたよ」
「……会った。鎧を着込んだ探索者……。酔いによる正気喪失を確認した」
「嘘じゃない、その鎧はどんなデザインだった? 宝獅子を模した兜だったかな?」
「宝獅子が何かはわからんが、たしかに獅子のデザインの兜だった」
「ヤツだね、間違いない。尊大な口調のいけ好かない女だったろう?」
「……女かはわからない。兜で声はくぐもっていたし、獲物が今まで見たことない大槍だったし」
「ビンゴだね。ヤツしかいない。だが、ここで不思議な疑問が生まれた。キミはヤツの子飼いではない。そしてヤツと遭遇している、にもかかわらずこうして五体満足で生きている…… おかしな話だね」
鎧野郎の事を知っているのか? 遠山は少し焦る。
「さて、キミは一体ヤツとの邂逅をどのように切り抜けた? 逃げたのかい? それとも何か取引をして見逃してもらったのかい? 取引の内容は? ヤツは今どの辺りにいる?」
ぎりりり。
弓が再び引き絞られる。
首の後ろがヒリヒリする。避ける事は出来ない、恐らく射られたら最期、喉を貫通して呼吸困難か失血で死ぬ。
いや可能性にかければ矢を引き抜いたあと奥歯に仕込んである賦活剤、イモータルの原液を噛み砕けばいけるか?
ダメだ、追撃で死ぬ。意味がない。
遠山はこれまでのやりとりを思い浮かべる。
嘘をつくな、これを一貫して背後の人物は言い続ける、そして会話の節々に出てきた嘘じゃないという言葉。
嘘を見分ける、見抜く事ができる? 原理はわからないがそういう特技があるのかもしれない。
仮定の話だが、それなら下手に誤魔化すよりも……
遠山は乾いた口の中、湧いた唾を飲みこんだ。
「……殺した」
「……なんだって?」
言ってしまった。もう全部正直に言うしかない。
「殺したんだ。探索者法の許される範囲で。ダンジョン酔いも確認してたし、警告もした! 組合の契約している弁護士に全部話しても良い」
シン、沈黙が渡る。
しばらくしてから、彼女の妖精が隠れて笑うような声が響いた。
「ふ、ふふ。驚いた、これは本当に驚いた…… 嘘じゃないね、風は嘘を見つけていない。ほんとなんだ…… ふ、ふふふ」
押し殺したような言葉。
焚き火が弾け、そして
「ふ、ふふふふふ、あはははは!! 殺したって! ふふふふ! そんな、そんな事があるかい! まったく……面白いなあ、人生は! あははははははは!!」
愉快そうに、本当に愉快そうに背後の人物が嗤う。笑い声が響くたびに焚き火が揺らいだ。
転がるような笑い声が響く、しかし遠山に向けられた殺意は変わらない。
遠山は手を挙げて黙ったまま、笑いが止まるのを待った。
「ふふふふふ、ごほっ。笑い過ぎた…… そうか、そうか、殺したのかい、あの竜の巫女を…… ふむふむ、これは予想してなかったな…… 困った、困った…… ねえ、キミ、あの竜の巫女をどうやって殺したんだい? 」
「……切り札を使った。俺の身体ん中にある遺物で殺した。殺した後に鎧の隙間から何発か銃弾をぶち込んだから間違いなく死んでる」
「ほうほうほう、へえ。キミはなんで竜の巫女を殺したんだい? 狙ってたのか?」
「なわけあるか。降りかかる火の粉を払っただけだ。先に殺そうとしてきたのはあっちだ」
会話から少しわかってきた。この背後の人物とあの鎧野郎は少なくとも仲間とか友人とかではなさそうだ。
「ふふふふふ、面白いことになったものだなあ…… ふむ、それじゃあ、二度殺したようなものか… 作戦を変えた方がいいかな……」
呟く声、考えろ、こいつは何が目的なんだ?
「なあ、それでおれはいつまでこうしてれば良い? アンタの言う通り素直に全部答えたんだが」
「おっと、ふふ、これは済まない。安心しておくれ。キミが嘘をつかなかったおかげで私のキミに対する印象はすこぶる良い。最後の質問、これに答えてくれればキミをひとまずは信用しよう」
「……用済みだからズドンとかはしない?」
「しないさ。部族と私の風に誓おう」
ふわり、どこから吹いたのだろう。そよ風が頰を撫でる。遠山はその風に触れてるうちに不思議と気持ちが落ち着いてきた。
「さて、正体不明の乱入者くん。キミは私の目的を知っているのかな?」
「……知らねえ。アンタが誰かも、何が目的なんかも知るわけがない。おれはここがどこなのかも分からない」
沈黙、焚き火の揺らめく音、どこから流れる空気の音。自分の心臓の音しか聞こえない。
冷たい殺気が皮膚を痺れさせる。オカルト的だが背後の人物に、何かを見透かされているような。
長い沈黙の後、不意にその殺意が和らいだ。
「……嘘はない。そしてキミからは殺気が感じられない。うん、ありがとう。無礼を許しておくれ、ひとまずはキミを信用しよう。えーと……」
「……遠山 鳴人。名前は遠山だ」
「トオヤマ……? ふむ、珍しい名前だね。トオヤマ、もう動いていいよ」
遠山はその言葉に従い両手を下ろす。ゆっくりと振り返り、そして炎に照らされた人物を眺めた。
「え」
すぐに異常に気付いた。
背丈は遠山と同じか、少し低いくらい。黒色の外套に、奇妙な柄の服装、民族衣装のような雰囲気。
いやそれよりも、その人物、その女は、今まで遠山が見てきたどんな人間よりも美しかった。
「ふふ、どうしたんだい、トオヤマ」
目を細める女。
その目、炎に照らされ輝く瞳には光が散りばめられている。星空を閉じ込めたような瞳。
「う、あ…… いや、すまん、失礼。アンタみたいな美人は初めて見た」
「くくく、その視線で見つめられるのは慣れているが…… ここまで正直に言われたのは初めてだよ」
小さく笑う女、遠山はその顔を眺めて再び言葉を失う。
その耳。
初めて見る、先端が尖った奇妙な形。型でも入っているかのような。
それはまるで、お伽話やファンタジーに出てくるあの種族みたいだ。
え、エルフ?
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