第2話 目覚めた場所、遺物、使用


 大槍が翻る、遠山の首元を狙って放たれた突き。


 受け止めるのは危険、身体を捩り避ける。




「良い反応だ! 避けてみよ! 下等生物!」



 十文字槍、探索者の中でここまでの大物を使うのは見たことがない。


「チッ」


 遠慮なく打ち込まれる槍に対し、遠山が舌打ちする。


 十文字に分かれてる刃は想像以上に避けにくい。必要以上に仰け反り体勢が崩れた。



「どうした!! 避けているだけでは己には届かんぞ!」


「やっ、かましい!! 長モノ恥ずかしげもなく振り回しやがって!」



 振られる槍を遠山はなんとかかわしていく。身を捩り、時には槌で叩く。


 間合いを詰めなければ、槌はとどかない、されどその巧みに動く大槍がそ!をさせない。


 てめー、どんだけ力持ちなんだよ。


 コンバットメディカルを使ってんのか? 筋力に作用するっつーならマキャベリ系か、それともドラゴ系か。


 遠山は目の前で横切る刃の先を見つめながら思考する。


 どちらも探索者が好んで使う薬品だ。筋肉と神経に働き、基本的な力を増やす事が出来る。


「くはは!! まるで猿だな! エルダー、これ程までにすばしこければ並大抵の冒険者では仕留めきれまい!」


「お褒めの言葉どーも。じゃあてめーも並大抵って事だな」



 足払いのように振られた槍を大縄飛びをするように避ける。


 空中、足の付かぬ状態の遠山に振られる神速の突き。


 遠山は空中で身体を捩り、点となった槍先を槌で弾いた。


 やべ、楽しくなってきた。


 遠山は自分の悪癖が湧いてきたのを自覚する。


「っほう!!」


「うお?! 馬鹿力が!!」



 バキッ!!


 痺れる、手袋越しでもその槌を握る手のひらがぶん殴られたような衝撃で痺れた。



 槌を手放さなかったのは遠山が握力のトレーニングを欠かさなかった事と備えている手袋をケチらずに怪物種由来の素材を用いた高いものを選んでいたおかげだった。



 はねるように遠山が着地する。とびのき、槍の届かぬ距離まで後退。



 ここまでだ。


 今のでよくわかった。


 近接戦では敵わない、こいつは強い。手段を選んでいる暇はない。


 プラン1、手足を砕いての無力化は無理か。遠山は比較的穏便な選択を捨てた。



 久しぶりの感覚、手も足も出ない敵。


 いいぞ、悪くない。


 ゆっくりと腰のホルスターに手を伸ばした。


「動くな、これが何かわかる程度には正気だよな」



 肩の力を抜き、それを左手で保持する。


 撃鉄を親指で起こし、銃口を静かに鎧騎士へと向けた。




「頼む、出来れば人間にこれを使いたくねえ。引いてくれ」



「ははっ、なんだそれは、妙なーー」



 ドン。



 引き金を引いた。あまりにも軽く。


 銃口からパッと光が瞬き、大きな音ともに硝煙が広がった。


「ーーあ、がっ」



「動くなって言ったろうが。ボケ」



 鎧騎士の身体が後方に飛ぶ。遠山の撃ったピストルの口径はそれほどに大きい。



 容易に人の身体は吹き飛ぶ。遠山は撃鉄を再び起こし、倒れ伏した身体に向けてまだ銃口を向けた。



「あー、ヤっちまった。くそ、組合に確か酔った探索者を殺した時のマニュアルあったよな。えーと、自分から報告した方が印象良いのか?」


 遠山はこれからの段取りを考えながら撃ち殺したその鎧騎士に近づこうとーー


「ーーふっ、ははははは。はははははは!!」


「っ!? 」



 仰向けに倒れた身体が嗤う。


 反射的に軽い引き金を再び。撃鉄が薬莢を叩き、シルバーの銃身から大きな弾丸が飛んだ。



「面白い」



 カン。


 聞いたことない音が響いた。


 倒れたままの鎧騎士、その手に握られていた大槍が無造作に振るわれる。


 カンって、なんだ。


 いや、待て、なんで動ける。この距離で撃ち込んだんだぞ。


 てか、今コイツ、槍で何をーー



 遠山は目を見張る。ゆっくりと鎧騎士が立ち上がった。



「ふむ、ふむふむ。工房の連中が新しき兵器を作りだしたといううわさを聞いた。魔術を使わずに鉄の礫を飛ばし、弓よりも早く敵を撃つ兵器を」


 ぼきぼき。首を鳴らしながら獅子を模した鎧から声が昇る。


「だが、慣れればどうということはないな。それよりも驚くべきはその携帯性。そのように小さな筒からこれほどまでの威力の礫を飛ばすのか。ふーむ、始めて見たが、いやはや人間族どもは面白いことを考えよる」



 呑気に鎧騎士が言葉を紡ぐ。


 遠山は目の前で起きていることが理解出来ない。



「どういうことだ…… そんな骨董品の鎧で銃弾が止めれるわけねー。特殊コーティングでもしてんのか?」



「ふむ、エルダー、貴様妙な言葉を扱うな。工房の冒険者でも食らったのか? ああ、それならばその武器を扱えるのも説明がつく」



 一向に、言葉は通じているのに話は通じない。


 動作を確認するように首を振り、大槍を担ぐその姿に遠山は奥歯を噛み締めた。


 嫌な予感が、する。



「エルダー、許す。もう一度その礫を放ってみよ、遠慮はいらん。今度はうまく狙えよ」



「イカレ野郎が。なんで死んでねーんだよ!」


 3発目。


 引き金を引く。肩に登る衝撃を間接をもって和らげる。


 銃弾が、鎧騎士へと向かい。



 ぎぃん。


 槍が無造作に、斜めに振るわれる。


「は?」


 遠山にはその大槍の軌道が見えなかった。ただ、無造作に斜めに振り下ろされた事だけがかろうじて目で追えた。



「ははは、速いな。2等級の弓矢を扱う冒険者の一撃、もしくは学院の魔術師が放る術の矢と同等か。ふむ、エキスタ辺りに持って帰れば喜びそうな」



 遠山は目を疑う。


「いや、いや、待て、てめー。今、何した。なんで銃弾当たって、突っ立ってやがる……」


 撃鉄を起こすことすら忘れて呆然と呟く。



「む? ジュウダン? 礫のことか? 斬り伏せたからに決まっておろうが。まあ、もう目が慣れた。そら、エルダー、次はどうする?」



「っ?!!」


 鎧騎士の身体がぶれた、かと思うと次の瞬間には大槍の切っ先が鼻先をかすめた。


 一瞬で、距離を詰められた。


「どれ、貴様の皮の他にその筒も頂こう」


「ほざけ!! 酔っ払いが!」



 銃口を向けるよりも相手の槍の方が早い。利き手に持つ槌で槍先を叩き、なんとか距離を置こうとし



「げほっ」


 腹を蹴られる。槍を振りかぶったのはブラフ。足甲の底で押されるように蹴り倒される。



「さて、次はないのか、エルダー。なければそろそろ殺すが。そら、囀ってみよ、興じさせてみよ、己を」



 なんとか受け身を取り、地面にゴロゴロ転がりながらも遠山は立ち上がる。


 両手に持った拳銃と槌を手放さなかったのだけは自分を褒めてやりたい。


 なんだ、コイツは。


 遠山は目を剥く。銃弾を斬った? まさか、そんな事出来るはずがない。だが奴は動いている、はじめに撃ち込んだ銃弾のダメージも見えない。鎧に防がれた? どんな鎧だ、自衛軍の車両と同じようなコーティングがされてんのか?


 様々な思考が駆け巡る。その中で1つだけはっきりした答えが生まれた。




 このままだと、殺される。この敵は自分よりも強い。



 口の中が乾く。息が荒く、身体が重い。


 あの時と同じ。怪物どもに囲まれて嬲られ殺されかけた時と同じ感覚。



 最期の時と似ている。



 ふふ、やべえ、やべえ。大ピンチじゃないか。


 いや、待て、なんだ最期って。俺はあれを切り抜けた、はずだ。


 俺は死んでいない、死ななかった筈だ。


 まだ死ねない、まだ生きる必要がある。鳩村たちに無事を伝えなければならない、ようやく楽しくなってきた人生をまだ生きねばならない。


 遠山は自分の中に芯を立てる。目の前にいるのは敵、たまたま人間の形をしているだけで、怪物となんら変わらない敵だ。


「俺は、死なねえ」


「ふはは、いいや、貴様は死ぬぞ。ここで己に殺されるのだ」


 尊大に鎧騎士がのたまう。


 メリメリ、なんの音かすぐには分からなかった。


「鎧が……」


「光栄に思え、下等生物。己に埃をつけた褒美だ。龍の巫女の力、そのカケラを見せてやろう」



 鎧騎士の身に纏うそれが一部砕けた。遠山は目を疑う。


「尻尾…… はは、俺まで酔ってんのか? 幻覚が見えてきた」


 遠山の目の前で、鎧騎士から尾が生えていた。鰐の鱗のようなものがびっしりと生えた巨大な尾。


 鎧騎士の上背とほぼ変わらないサイズのそれがユラユラと揺らぐ。




「お前、まさか新手の怪物種か? いや待て、人語を解する怪物種なんざ、もしいたとしたら大発見どころじゃ……」


 返答の代わりに、飛んできたのは大槍と、尾。


「うおっ?!」


 叩きつけられた大槍が石畳を砕く。間を置かずに次は薙ぐように振るわれる尾。



「ぐっあ!?」



 避けられない。


 景色がブレる。脇腹に広がる衝撃が胃液を押し上げる。


「ぐえ、ぶっ、お」


 石畳の上を遠山が転がる。粗雑に投げ捨てられたゴミのように。



 早すぎる。行動の選択肢が尾の攻撃により何パターンにも増えていた。


 遠山の実力では、もう処理できるレベルを超えていた。


 ヤバい、こいつ、もしかして本当に人間じゃないのかも。


 遠山は吹き飛ばされながらも離さなかった槌と拳銃を握りしめ、立ち上がる。


 膝が笑う、ダメージを食らいすぎた。限界が近い。


 口の中に広がる鉄錆の味を唾に混じらせ吐き出した。


「そら、下等生物。そろそろ正体を表せ。化けの皮を剥ぎ、本気を見せよ。龍の尾を見せたのだ。足りずとも観覧料としてせめてもう少し興じさせてみよ」



 なんだ、こいつは。


 わけわからねえことをほざいて、わけわからねえまま俺を殺そうとしてやがる。



 遠山は戦闘の組み立てを頭にはりめぐらせる。


 格上の相手は初めてではない。常に怪物種とは人間である遠山よりもはるかに強い存在だった。


 己よりも強い存在を知恵と力と化学の道具により殺す、奪う、それが探索者の仕事だ。


 だが、遠山にはその道具はない。背水の陣で望んだ撤退戦において目潰しのハバネロボールも、催涙弾も全て使い切っていた。



 どうする、どうする、どうするどうするどうするどうするどうするどうする。


 このままじゃあ。



「……ふむ、つまらん。冒険者を大勢食らい進化したモンスターと言えどこの程度か。ああ、誠、人間の世界はつまらぬ」



 鎧騎士の声には落胆が見えた。その声色はとてもダンジョン酔いに侵された人間のものとは思えなくて。




「ああ、生きるとはなんとつまらぬことか」



「あ?」



 その声が聞こえた瞬間、背筋に炎が登る。


 俺がこんなにも生きたいというのに、それを奪おうとするお前がそれをいうのか。


「ふ、ふざけんなよ、お前。俺を殺そうとしてる癖に、何勝手なこと言ってやがる?」


 どくん、どくん。


 心臓がうるさい。


「勝手だと? 当然だろう。貴様のような下等生物の命などつまらぬものよ。つまらぬものに価値はない。奪うのに誰の許可がいる?」


 鎧騎士が槍を肩に担ぎ、つまらなさそうに心底つまらなさそうに尾をゆらゆら揺らした。


「さてつまらぬ問答に時をかけた。終いだ。貴様の皮は縁起モノだからな。広間の敷物にでも使おう。肉は……、まあ味見して食えるものならばーー」



「もういい」


 遠山は身体から力を抜いた。拳銃をホルスターに、槌を握る手を離した。


 からん。特殊金属で作られた槌が石畳に落ち、高い音が鳴る。



「ほう、聞き分けが良いな。つまらぬが、まあ分を知った褒美だ。一瞬で終わらせてやろう」




 鎧騎士がのたりと、足を一歩進め、そして踏み止まった。









「初めからこうしとけばよかった。なんだ、俺。学習してねーな」



 てぶらになった遠山が、鎧騎士を見つめた。


 鎧騎士は動かない。



「……貴様、何を?」



「出し惜しみは無しだ。生きる事はつまらないと言ったな。じゃあーー」




 遠山が右手を不意に差し出した。手のひらを上にしたそのポーズはなにかを受け取るような。



 鎧騎士は動かない。ゆらゆらと揺れていた尾はいつのまにかピクリとも動かず石畳に垂れていて。



「下等生物、貴様…… それはーー」



「じゃあ、お前が死ねよ」




 最初からこうしとけば良かった。考えたみればここにはコレに巻き込んでしまう仲間はいない。





「待て!! エルダー!! まさか、貴様!!!?」



 始めて、鎧騎士が動揺を見せた。遠山は少し驚く。



 こいつ、コレがなんなのか分かるのか。本当に奇妙な敵だ。



 でも、もう遅い。ああ、楽しい。愉しみだ。





「まさか、この匂いは?! ふーー」


 楽しい。


「遺物、使用」




 畏み、畏み。



 奉る。



「満たせ、キリヤイバ」



 戦うのは面白いな。

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