現代ダンジョンライフの続きは異世界オープンワールドで! お試し版

しば犬部隊

異世界オープンワールドへ!

第1話 上級探索者、遠山 鳴人の遺体は確認出来ず


「うえ。ヤベ、マジでやらかした。コレまじでやべえ」




 語彙の少ない言葉が情けない。遠山 鳴人は重い足取りで、ヨタヨタと一面の大草原を歩き続ける。


 腹に空いた傷は大きい、遠山の来た道には血痕がポタリと続く。歩くたびに中身が漏れそうな予感が強くなる。


「あー、コレヤバイ。死ぬ、今度こそ死ぬ、カッコつけるんじゃなかったわ、マジで」


 ドサッ。


 急に膝が抜けた。うつ伏せに倒れる。衝撃で内臓がこぼれたかと錯覚するが、まだ大丈夫なようだ。


 身体が妙に暖かくなってくる。ああ、自分の血溜まりか。遠山はもう薄く笑うしかなかった。


 草原の青い匂いと、血の鉄錆の匂いが混じり合う。


「何匹殺した……? あいつら、逃げ切れたのか?」


 うわごとのように、遠山は呟く。一ツ目草原オオザルの固い骨を砕く感触はもう手のひらから消えて久しい。


 5匹殺した所までは覚えていたが、後は分からない。気付けばこんな風に朦朧と歩き続けていた。



「大草原が、死に場所か…… 出来ればベッドの上で死にたかったな」



 赤茶色の登山用パーカーのような上着、カーゴパンツに機能性に秀でた加工ブーツ。


 キツめのアウトドアスタイルに身を包んだ遠山がブツブツと、血を流しながら呟く。


 遠山 鳴人は、探索者だ。


 現代ダンジョン、バベルの大穴で仕事に従事するのを生業としている。


 探索者を始めて3年。バベルの大穴が世界に現れるのと同時に探索者になった数少ない古株の探索者だった。



「あー、クソ。せっかく上級になれたのに…… これから楽しくなる所だったのによー……」


 素質はあった。生き物を傷付けるのに抵抗はなかったし、鍛える事にも真摯に向き合って来た。探索の準備を怠る事もなく、己の力を過信せずに逃げる時は逃げ、生き延びて来た。


 怪物種を殺し、その素材を剥ぎ金にする。怪物種の宝を奪い、金にする。



 遠山 鳴人は探索者になってようやく、人生は割と楽しいものなんじゃないかと考えるようになっていた。


 それでも、死ぬときは死ぬ。



 今日がその時だ。


「どこで…… 間違えたんだ…… 俺」



 眦に浮かぶのは涙。悔しさか怖さか、あるいは両方か。


 依頼を受けたのか間違いだったのか。


 仲間を庇ったのが間違いだったのか。


 仲間を作ったのが間違いだったのか。


 それとも、


「探索者……なったのが間違いだったか……」


 呟き、笑う。


 馬鹿か、俺は。


 遠山の頭の中に探索者になってからの3年が駆け巡る。



「楽しかった…… 本当に楽しかった。戦って、殺して、また戦って、殺し、殺されて……」


 楽しかった、楽しかった、楽しかった。


 遠山は楽しかったのだ。探索者という血みどろの生き方が。何かから奪って、戦って生きる。その生き方がとても楽しかった。



 まるで幼い頃に憧れた創作物の登場人物、ファンタジーに出てくる荒くれ者達、冒険者のような生き様が楽しかったのだ。


「……は、はは。次は、間違えねえ…… そうだ、戦術を見直そう、早めにキリヤイバを使って…… 銃弾もケチらずに……」


 頭に巡るは今回の戦闘の反省点、どこか貧乏性が抜けなかった為に、切り札を使うのを躊躇った。


 遠山はエリクサーは使わずに取っておくタイプの人間だった。


「あー… 次だ、次。次はもうドバドバ使お。開幕ブッパとかも、いいかな……」


 ゴポリ、黒い塊のような血がまろび出る。飲み込もうとしてもダメだ。喉に力が入らない。


 身体の力が抜けていく。


 ず、ズズズズズ。


 まるで身体がダンジョンに沈み込んでいくような錯覚。


「……ワオ、沈殿現象…… はは、絶対死ぬ奴じゃん」


 錯覚ではない。


 現代ダンジョンにおいて確認されている異常現象の1つ。


 沈殿現象。


 意味はその名の通り、その地帯が沈んで消えるのだ。


 満身創痍の死にかけ、もう指先しか動けない遠山が静かに、しかし確実にダンジョンへ沈んで行く。



 遠山 鳴人は遺体すら残らない。このまま消えて行く。


 遠山の意識がちぎれかけたその時、胸元のポケットに入れていた端末が鳴り響いた。


[鳴人!! 鳴人!! 聞こえるか?! 俺だ! 今自衛軍の救援チームと合流した! 頼む、返事してくれ!!]


 仲間の声だ。


 気の良い馬鹿だ。せっかく逃したのに来てどうすんだ、馬鹿。お前、来月結婚するんだろうが。


 遠山は溢れる笑いを抑えなかった。


 最期に、声が聞こえてよかった。そう思った。


「鳩村…… 聞こえ、てる、無事か……」


[鳴人!! よかった……! おい、今どんな状況だ?! 俺たちは無事だ! お前のお陰で、瀬奈も生きてる! 後はお前さえ生還すりゃ、大勝利なんだよ!]


「……ならいい。はは、大勝利じゃないかもしれねーが、まあ、お前らが生きてんなら、俺の勝ちだな…… 」


[おい…… 何言ってやがる?! お前今大丈夫なんだよな?! おい! 怪我は?]


 端末の声が割れて聞こえる。機械がダメになったんじゃなく自分の耳がダメになっている事に気付いた。


「鳩村…… もう、時間がない……、頼みが、あるんだ、聞いてくれ」


[な、なんだ! なんでも聞く、なんでも聞いてやるから! お前、頑張れよ!!]


「え…… 今、なんでも…? やめた…… 俺のHDに入れてある秘蔵フォルダ…… ファンタジーコスプレモノのR18お宝画像…… あとエルフとか吸血鬼モノの薄い本、あれ処分しといて。遺品整理の時に恥ずかしいから…… それと、俺の異世界転生モノのなれる小説は全部お前にや……るから」


[ば、馬鹿野朗!!んなもんいらねえ!! 縁起でもねえ事言ってんじゃーー]


 ブツッ。


 回線が途切れる。


 気付けば身体の半分以上が地面に沈んでいる。蟻地獄の巣の中にいるように周りの地面がすり鉢状に沈んでいた。



「よし、これで、問題ねえ。仲間は生きてた。HDの秘蔵コレクションの削除も頼んだ…… なれる小説少し勿体ないが…… はは、俺の勝ちだな」


 視界が暗くなる。


 目を開けているのに、いや、目を開けている事すらわからなくなる。


 今、自分がどんな状況にいるのかも理解できなくて、無性に寒くて、頼りなくて、寂しかった。



 これが、死。


 俺の、死。


 俺の終わり。


 怖くてたまらない、悔しくてたまらない。


 だが、それでも最期に、遠山は笑った。







「ああ、愉しかった。また、やりたいな」


 ひどい人生だったけど、最期にそう思えるのは、とても幸運な事だ。


 遠山は満足げに笑ってーー





 闇が






 もう、何も分からない。












 この日、上級探索者、遠山鳴人の端末情報は完全にロスト。


 数十分後に、ロスト地点へと到着した自衛軍の救援チームによる捜索も、遠山の遺体を発見出来ず。


 直後、血の匂いに誘われた怪物種の襲撃を受け、捜索は即時打ち切り。



 パーティメンバーから探索者組合日本支部へ、遠山 鳴人の捜索依頼が提出される。



 2日後、依頼を受けたとある探索者チームの調査の結果、遠山 鳴人の生存は絶望的との判断が組合へ提出される。



 遠山 鳴人のパーティメンバーは未だ、死亡届を提出していない。













 …………

 ………

 ……

 …









「見つけた」



「私の箱庭をたのしんでくれて、ありがとう。あなたもまた貴方に成る可能性がある人だった」


「耳も、腕も、目も、脚も、口も、心臓も。みんな目覚めた。ふふ、あなたが沢山来てくれたからかもね」



「あなたは惜しいな。あなたはかなり貴方に近かった。でもここではダメね。もう死んじゃったもの」



「ここは私の箱庭、貴方の墓所、あなたの終わりの場所。でも、あなたはここで終わっても良いの?」



「ふふ、そうね。あなたでも貴方でも同じ事を言うよね。うん、いいよ。あなたを続けさせてあげる。でもね、ここじゃダメなの、あなたはここでは終わったの」



「安心して! あなたに向いた場所がある。あなたは貴方に成るかもしれないのだから! 少しエコひいきしてあげちゃうね」



「そこはここではない世界。こことは異なる世界。それでもきっとあなたは楽しめるはず。あなたはそこで好きにしていいの」


「市民になって普通の生活を送るもよし。商人になってお金を稼ぐのもありね。あ! 大道芸人とかもありね! 見てみたいかも!」



「もちろん、危険な生き方もある。兵士になって戦争に行くのも良いし、騎士になって武功を立てるのも良い、貴族にだってなれるかもよ? 」


「あなたが興味あるなら、学院を探して魔法を習ってみてもいいかも! 素質があるかどうかは分からないけれど…… でもあなたならなんとかなりそう! あとは、そうね! 教会! ……はちょっと恥ずかしいから、出来ればあまり来なくてもいいかな…? でもでも貴方に似てるあなたにお願いされたらまたエコひいきしちゃうかも」


「悪いことをしても良いの。泥棒になってたくさんの宝を盗むのも素敵、そうね、暗殺者のギルドもあるからそれを探して、血で生きて行くのもいいかも。あなた素質あるもの!」



「後は、あとはね、人間以外の種族と仲良くなるのもいいかもね。エルフと唄を歌ったり、ホビットと賭け事したり、ドワーフと酒盛りしたり! 後は竜族と食べ比べしたり、そう! 吸血鬼のお城も探してみて! とても綺麗なのよ!」



「でもね、わたしはやっぱりあなたは冒険者が向いてると思うな。この箱庭を心から楽しんでくれてたもの。きっと、その世界の柱も気にいるわ」



「うん! そうしましょ! ねえ、最上階まで来てよ! そうしたら、あなたが望むのならここへまた戻れるかも知れないわ」


「貴方に近いあなたが柱を登り切った後に世界がどうなるか、とても気になるわ! 柱を登りなさいな、探索者さん!」


「それにそうだわ!! 柱に置いてきた貴方の副葬品! あなたなら少しだけ使ってもいいわ! 許してあげる!! 貴方はあなたに顔や体格も似ているからきっと、似合うわ!」



「ふふ、楽しみだなあ。どれだけかかっても良い。全ての経験が、あなたの道のりが、その全てが、あなたを貴方へと至らせるのだから」



「あ、そろそろだね。わたしの箱庭を楽しんでくれてありがとう。ねえ、あなた」











「今度の世界も楽しんでね! こころゆくまで!」










「そしていつか、貴方となって私に会いに来て」




 声が消えて、それから。




 光。


 闇の中に光が何度か瞬いた。



 落ちていくような、登っていくような浮遊感。




 そして。





 冷たさが戻る。


 重さが戻る。



「……ハッ! ゲホっ!! ゴホッ! ゴホッ!!」


 呼吸が、肉が、血が。


 もどる。



「あ? あ?」


 声が戻る。


 視界が戻る。


 ぼんやり、周りに橙色の光が揺らぐ。



 松明が、壁の至るところに備えられている。


 パチパチと火の弾ける音が聞こえた。




「……は?」




 遠山 鳴人が間抜けな声をあげる。


 目の前に広がる光景は、最期に見た広い草原ではない。


 埃臭い匂いが、鼻にこびりつく。



「は?」



 遠山 鳴人は、生きていた。


 松明で照らされる奇妙な大広間の中で目を覚ました。


 うつ伏せから起き上がる。


「は?」


 起き上がれた。無意識に腹や背中を弄る。


「オイ、マジ? 傷……ねえ じゃん」


 痛みも血の匂いも倦怠感もない。


 身体にアレだけ空いていた化け物による傷も無い。


 ただ、合成素材でできたパーカーやパンツの裂かれた後だけが、その傷が夢の出来事じゃない事を示す。



「……えーと。あの世……なのか?」


 辺りを見回す。少なくともここは最後には力尽きた大草原ではない。


 何かの建造物の中のようだ。薄暗くはかるがいたるところに置いてある松明によって視界は確保されている。



「足もある…… 息もしてる。……イッテ… 痛覚もある…… 脈もあるじゃん」


 死後の世界というわけでもないらしい。たしかに感じる生の感覚、これは間違えようのないものだ。


「生きてる…… 訳わかんねえ……」


 呆然としつつも、遠山の身体は染み付いた動作を開始する。


 装備を装着したベルトを探る、ある。手袋越しに硬い感触を確かめる。



「ハンマー、ピストル、それに……」


 ベルトから順番に装備を取り出し、確認する。


 先端の尖った金槌とアイスピックが混ざったようなハンマーに、西部劇で扱われそうなリボルバー式の拳銃。


 それぞれをかざし、状態を確かめる。



「青い血…… 使ったままだ。時間もそんなに経ってねえ……」


 怪物の頭蓋を叩き割った金鎚にはまだ、その血糊が残る。



「夢でもねえ、死後の世界でもねえ…… なんだ、これ」



 装備の状態からますます強くなる実感に遠山は戸惑う。



 胸ポケットに手を差し入れ、そこからスマホ型の端末を取り出す。


 画面を除くと、見慣れたホーム画面。SOSと書かれたアイコンマークを触る。


[電波をお繋ぎ出来ません。お近くのセーフハウス、または第一階層の前線区までお戻り下さい。もしくは自衛軍の短波救援アプリをご利用ください]


 ツーツー、切ない音をたててSOSコールが終わる。



 画面のアンテナを確認すると、そこには圏外の文字が踊る。


「見た事ねえぞ…… 探索者端末が圏外になる事なんか」



 ここ3年間で始めてだ。探索者組合が配るこの端末は特殊な鉱石を内蔵しており、空間の淀むダンジョンの中でも通信を可能としている優れものだ。



 お約束として、肝心な時にSOSコールが使えないことはたまにあるが、圏外、電波が通じない状態というのは初めてだった。



「……まあ、でも生きてる」


 遠山はその場にドスンと座りあぐらをかく。次第に冷静になって来た。


 大切なのは事実だ。


 冷えていく頭で、記憶を思い起こす。



「誰かが、何かを話していた……?」


 思い出せない。まるで忘れた夢のように朧気に誰かの言葉が頭に残る。



 その声は聞いたことのないはずなのに、妙に胸を締め付けるもので、なぜか覚えはないはずなのに、懐かしいものだった。



「あ?」



 ツウ。気付けば、遠山は片目から一筋涙を流していた。


 悲しくないはずなのに、片目から涙が止まらない。


 暗闇の中で響いたその声を、その言葉を思いおこそうとする度に、切なさが胸を締め付ける。



「訳わかんね……」



 遠山が涙をぬぐい、装備を戻そうとーー










「ほう、これは珍しいモノを見つけた。小煩いメイドどもの監視を抜け出した甲斐があったというものよな」






 殺気。


 探索者になってから嫌というほど味わったソレを遠山の全ての感覚が拾った、



「ふっ!!」



 その場から一気に飛び退く。装備を拾うのも忘れない。


 右手に鎚を。左手でピストルを腰のホルダーに直す。



 バギッ。


 数瞬前まで、遠山の座り込んでいた地面が砕ける。




 槍、十文字に刃を備える巨大な槍が床を砕いた。



「ははははっ、我が槍を避けるか。下等生物!」



「な、なんだ、お前……」



 遠山は目を見開いた。


 金属の槍が、おそらくは石でできた床に突き刺さり、あまつさえ2メートル程の範囲に渡り亀裂を入れている。



 あんなもん、当たってたら……



「……てめえ、いきなりなんのつもりだ。殺す気か?」


「ほう! これは驚いた! 言葉を覚えているのか、益々面白い、囀ってみよ、下等生物」


 遠山はその槍を下した人物を睨む、そして強い違和感を感じた。


 こいつは、なんだ……?


 間違いなく、人間だ。怪物種ではない、しかし、その姿は妙だった。



「てめ、なんだその鎧は……?」


 まるで中世の鎧騎士がそのまま出てきたような姿。


 鈍い金色に、獅子を模したフルフェイスのヘルム。鎧の各所には華やかな意匠すら見受けられる。



 およそ、実用的な装備を好む探索者のそれとはまったく違うモノ。


 だが、


「ふむ…… 殊更知能も高いか。己のこれを鎧と理解しているのか。興じてみよう、おい、下等生物、貴様、一体どれほどの人間を喰った? いつからエルダーになった?」


「な、何言ってんだ? お前、頭おかしいのか?」


 鎧騎士の言葉はわかるが意味は分からない。


 唯一わかるのは、その鎧騎士がどう考えても一般人ではない事だけだ。


 先程のためらいのない一撃、あれは少なくとも命のやり取りに慣れている人間の技だった。


「ふむ、まあ、それもそうよな。ははは、良い良い」


 ふと、鎧騎士の張り詰めた殺気が緩んだ。敵ではないと理解したのか?


 遠山も思わず、わずかに気を緩めた。




「殺して皮を剥いで、ギルドの下郎どもに見せれば済む事よ」



「うおお?!」



 ビュ王。


 突風に当てられたかと錯覚するほどの圧。


 反射的に遠山は地面にしゃがみこむ。遠山の黒い短髪の数本が、槍先にかすり飛び散る。



「ふっ!」


「っ、まじかよ!!」


 槍のひと突き。そこからさらに十文字の刃が振り下ろされる。


 がきん。


「ぬっ」


 遠山が反射的に、手に持つ槌で刃を打ち払う。鎧騎士が、たじろいだ隙にまたその場から後退して距離を取った。



「てめっ、まじで殺す気か!! どういうつもりだ! ……あっ、そうか! 待て、これ見ろ! 探索者端末! 俺は探索者だ! お前も探索者なんだろ?!」



「また躱すか。それにその槌、人間の武器をもすでに操る…… それになんだ? タンサクシャ? どの人間の記憶を使っているのだ、貴様」


「は? 記憶? いや、だからこれ見ろよ! 探索者端末! 俺の名前は遠山 鳴人! 日本人だ! アンタが何人かはわかんねえが、ここ、バベル島だろ? なら、俺の言葉通じてる筈だ!」


「くははは! 本当によく回る舌だな! 化け物! これは縁起物かもしれん…… 明後日の竜祭りの主菜は貴様で決まりだな」


「あ? 竜祭り? そりゃーー」



 遠山が話せたのはそこまでだった。


 仰け反る。遠山の反射の上を、槍の一撃が超えた。


 それでも避けれたのは、ただの偶然だ

 その証拠に身の照明のためにかざしていた探索者端末が、槍先に撫でられ、真っ二つに切れた。



 がしゃ。


「うまく避けたな。化け物。だが、次はないとしれ」


 ぶおん。大槍が空を切る。鎧騎士がそれを構えた。


 遠山は一歩、二歩と後ずさる。


 割れた端末をぼんやり見つめて、1秒

 。


 思考を切り替えた。



 ダメだ、こりゃ。


 コイツ、まじで俺を殺す気だ。


「ダンジョン酔いに飲まれたか。素人が、探索者の面汚しめ。酔っ払いの代償は高くつくぜ」


 遠山の薄い理性がスイッチを切り替える。


 今まで何度も直面してきた命の危機。それに対してあまりにも簡単に倫理の基準が入れ替わる。


 闘争の予感に、遠山の身体が、魂が声を上げる。



「探索者法によればよー。酔いに飲まれた探索者に対しては、高度で柔軟な対応していいって明記されてんだ。その意味、てめーも探索者ならわかってるよな?」


「ふむ、何を言っているかは分からんが、余興だ。続けてみよ、下等生物」


「わかんねえのか、いかれたカッコーしてるから頭もいかれてんのか? ここでてめーをぶっ殺しても、俺は、捕まらねーんだよ。数十枚の書類を書いて、はい、終わり。てめーの命なんざ、A4サイズのコピー紙10枚分の重みしかねーんだよ」


 遠山が、槌を握る手に力を込める。


 酔っ払いと対峙するのは初めてじゃない。加えてあの膂力、もう目の前の存在は同じ人間じゃない。


 殺すべき、怪物種だ。



「……成り立てのエルダーはせいぜい同じ言葉をオウムガイのように繰り返すだけなのだがな。貴様、やはり縁起物だ、我が屋敷のシェフが喜ぶわ!!」


 ブンブンと槍を鎧騎士か振り回す。


 馬鹿力が。


 訳わかんねえ事ばっかのたまいやがって。


「はっはっは、エルダー狩りだ。精々この己を興じさせてみよ、化け物」


「酔っ払いの代償は高くつくぜ。テメエは調子に乗りすぎた」



 見知らぬ地、理解の出来ぬその状況、しかして遠山の細胞は闘いの予感に沸く。


 決断は軽く、引き金は滑らかだ。


 ブン、大槍が空を切った。













 凡才探索者は冒険者ライフ(戦闘、金策、夜遊び、調合、コレクション)を命がけで楽しむようです。

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