8 休息

香が目覚めると、目の前に朋子の顔があった。

「香さん?」

朋子の優しげな声が聞こえる。

すこし混濁した意識の中で、お腹の上に重さを感じる。見下ろすと、みどりがいた。眠っているようだった。

香は手を伸ばしてみどりの髪をなでる。お腹の重さに、みどりと自分の子宮と繋がっているような気がして、愛しさがこみ上げる。この子は私の娘で、妹で、なにより大切なもの。


「みどりに怪我は?」

「みどりちゃんは大丈夫。よく頑張ったわね。」

ほっとするとともに、意識がはっきりとしてくる。

「ここは?」

「病院よ。ごめんなさい。みどりちゃんは怪我一つないけど、あなたは怪我したの。本当にごめんなさい。こんなことにならないよう、できるだけ警護してたつもりなんだけど。」

「私、どこを?」

「足よ。左足の小指。」

突然、記憶がフラッシュバックする。最後のジャンプ。足元に血。

「小指なくなっちゃったんですか?あたし。」

「ごめんなさい。隣町の空き巣事件で携帯も繋がらなかったね。」

朋子は本当に申し訳なさそうに答える。香は強がるように微笑んだ。

「他は大丈夫なんですか。」朋子が頷く。

儲けものだ。小指ひとつでみどりを無事に取り戻したのだから。

「お姉ちゃん」みどりが目を覚まし、香の胸元に抱きついた。香は起き上がりながら、みどりを強く抱きしめる。

「足痛い?」みどりが心配そうに香の目を覗きこむ。

「大丈夫。痛くないよ。」みどりはすこし安心したのか、小さな体の精一杯の力で抱きついた。


朋子と香は病棟エレベーター横のソファーに向かい合っていた。みどりが香から離れようとしなかったため、眠ったスキに病室から抜け出したのだ。

「じゃぁ、もう襲ってこないってことですか。」

「ええ。あっちはモノリスの半分を手に入れた。あなたが持つ残り半分を手に入れてもおそらく元に戻す方法はない。とりあえず、手元の半分で活動すると思う。」

香は手のひらのバッグチャームー半分になったモノリスという名の物体を見つめた。

「ただ、こちらとしてはあっちの活動は阻止したい。何らかの方法で取り返さないと。でないと、沙織の死が無駄になる。」

「あたしも姉さんのメッセージが受け取れてたら良かったのに。」

「そのうちきっと届くわ。」

朋子さんは優しく微笑んだ。



その夜、一人になった香は病院のベッドに横たわっていた。

眠りに落ちる前の心地よい時間。お見舞いの時間が終わっても、みどりはなかなか香のそばを離れようとしなかった。仕舞いには父に持ち上げられながら家路についた。

朋子さんはみどり誘拐事件の捜査に向かった。捜査といっても、犯人は防犯カメラにたっぷりの証拠を残したまま死亡した。死因は心臓マヒだった。あたしは明日にも事情を聴取され始めるそうだ。どこまで話すべきか、聴取担当の朋子さんと落ち着いて話す時間はたくさんあるだろう。


いろいろな事があったが、あたしはあたし自身を知ることが出来たように思う。あたしの能力ちからを含めて。それに、もう一人の姉ができた。朋子さんはどう思うかわからないけど。きっと天国のお姉ちゃんが送ってくれた人に違いない。心強い味方。

あれから朋子さんはお姉ちゃんのメッセージを教えてくれた。事ここにいたって事情を説明しないわけにはいかなかったのだろう。

あの黒い男の正体も。


今回の事件で小指を一本失った。けど、みどりを無事に取り戻せた。今はそれで十分だ。

あたしはゆっくり眠りに落ちた。



おり、かおり、香。

お姉ちゃんの懐かしい顔があらわれる。隣に篤お義兄さんが座っている。

お姉ちゃんの声は優しく続く。

「今日は入学のお祝いが出来て良かった。また一つ思い出になってくれたら。

あまり時間がないみたいなので、今日はいろんなことを話します。血が繋がるあなた達なら、きっと届くと信じています。」


えらくはっきり見える。お姉ちゃん、確かにこんなにはっきり見えてうれしいけど。もうちょっと早くに届いてほしかったな。


香の寝顔は安らかだった。



ーエピソード1幕ー

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る