4 事件

香は大学を抜け出し走っていた。

自宅の最寄り駅に帰り着くまで、電車の中から何度も朋子に電話をかけた。

繋がらない。何度目かの留守録をすると、腹を括った。

「みどりを預かっている。駅裏の廃事務所まですぐにこい。」

先日のスーツ男ー黒男とは違う声だった。


駅裏には広いコンテナヤードが広がり、手入れされず背の高くなった雑草が方々に生えていた。大きな鉄道コンテナが所々に積まれて視界を遮る。

香は廃事務所なんか知らない。来いといわれて行けるわけがない。電話してきた男は、なぜか廃事務所の行き方まで教えてくれた。廃事務所はこのヤードの対角線、一番奥と聞いた。

香は走った。とにかくみどりを一人にしておけない。そばにいるんだ!


平屋建ての倉庫のような建物が見えた。

両開きの扉の手前に誰かが切ったのだろう、重そうなチェーンが落ちていた。香は扉を開けて中に滑り込んだ。かつては事務机などがおいてあったろう、今はなにもないこぢんまりとしたコンクリートの部屋の向こうに次の扉がある。

「みどりちゃん!」叫びながら扉を開ける。

途端に視界が広がる。元は本当に倉庫だったのだろう。50メートル四方ほどのエリアにでた。中央にコンクリートの立方体がある以外なにもない空間。天井までの高さは10メートルほど。むき出しの鉄骨の向こうに、ところどころ穴のあいた天井がある。

何か機械を固定していた跡だろうか。足元のコンクリート床からも方々に鉄の棒が生えていた。入ってきた扉の反対に小さな窓のついた扉がある。それ以外は全てコンクリートの壁のようだ。

香はあたりを見渡した。鉄の棒さえ避ければ結構な距離を跳べそうだ。

中央の立方体の上に人影がある。


「みどりちゃん!」香は走り出した。

近づくと、思ったより大きい。一辺3メートルほどのコンクリートの固まり。立方体の上から男が立ち上がった。

「勇気あるねー。お嬢ちゃん。」ニヤニヤと笑っている。

香は男を見上げて、もう一度叫んだ。

「みどりはどこ!」


「ここまでおいでお嬢ちゃん。こっちに階段あるから。」男はニヤニヤしたまま後ろを指差した。

香は男の目を睨み付けながら、ぐるりと円を描くように後方へと廻って行く。この男、見覚えがある。あたしを轢こうとした奴だ。

回りきると鉄製の階段が一本立方体にそって架かっていた。

「みどりちゃん!」香はもう一度叫んで階段を上り始めた。みどりの応えがないことが気になる。不安で押しつぶされそうだ。

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