2 邂逅

夕日が空を赤く染める時刻、香は自宅へと歩いていた。

すっかり寂れた駅前の商店街を抜けると、古い住宅街になる。あと10分でうちだ。香の住む瀬戸内の大畑市は、人口3万人程度に対して土地が広く鉄道の駅が3カ所もある。香は真ん中の駅から毎日大学に通っていた。

いつも香の帰りを大喜びで迎えるみどり。みどりが待ってる。待ってる人がいるって幸せ。今日の出来事をいっぱい話そう。


住宅街に入って早足になった香の横を、一台の車が追い抜いて止まった。

いやな予感がする。一昨日轢かれそうになった記憶が脳裏をよぎった。

助手席からスーツ姿の男が降りてきた。前回の男とは違う。体つきもがっしりして、髪を短く刈り込んだ有名な歌舞伎役者に似ている。

男は近づくと、にっと笑った。


「大西香さんですね。」

70センチ。香りが一歩下がると、男は一歩距離を詰めた。

「お姉さんのことでお話があるのですが。どこかでお話しできませんか。」

香がもう一歩下がると、男はするりと一歩すすむ。

何度も通った道だ。後ろにだって、見なくたって跳べる。

男が素早く右手を伸ばした。手の先から青白い火花が飛ぶ。

香は後ろに跳んだ!


それまで香が立っていた場所で、男の手が空を切る。男は驚いた顔で、倍ほど離れた距離に立つ香をみた。

スタンガン?テレビでしか見たことはないが。一瞬頭をよぎると同時にもう一度後ろに跳んだ。

追いかけようと2歩踏み出した男の足が止まる。

「香さん!」後ろから誰かの叫び声。

男はくるりと向きを変えると、素早く車に乗り込み走り去った。


黒いスーツ姿の女が香に駆け寄る。右手に拳銃らしきものを持っている。これもテレビでしか見たことはないが。そういえばさっきの男、手にはなにも持っていなかったような気がする。

「大丈夫?」

女が空いた手を香の肩にあてて香を覗き込む。


いいなー。美人だ。香は突然起こった出来事に混乱しながら思った。

女は拳銃を黒スーツの下にしまいながらもう一度言った。

「大丈夫?怪我とかない?」

「あ、だ、大丈夫です。」

女は心底ホッとしたように笑った。

「何かあったら、沙織に顔向けできないから。」

「お姉ちゃんを知ってるんですか?」

香はもう一度女の顔を見る。

「覚えてないかな?沙織の葬儀で会ってるんだけど。県警の松島朋子まつしまともこです。」


家まで送るという朋子の提案を、香は断らなかった。せいぜい5分くらいだし。

二人は並んで歩きながら話した。今起こったばかりの異常な出来事が嘘のように。

「松島さんは、姉を知ってるんですか?」

「朋子でいいわ。ええ、もちろん。友達だから。そういえば沙織の結婚式でスピーチしたんだけと。そっちも覚えてないかな。香さんはまだ高校生だった。」

「すいません。いつも美人さんは忘れないんですけど。」

朋子は空を向き声を上げて笑った。真顔になると、香の目を見つめて言った。

「香さん、あなた能力ちからを持ってるのね。テレポート?」

香は一瞬たちすくんだ。

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