朋子さんと不思議な棒をめぐる6つのエピソード

小早川一

1 エピソード 1 プロローグ

プロローグ


一組の男女が鏡の前に並んで腰掛けている。

「部屋、暗くした方がよいかな。」

男が微笑ながら話しかける。

「これまでも明るいままでやってるんだから、大丈夫。それにー」

女が続ける。

「私が見えるものしか送れないんだから。暗くしたら私たちからだってわからないわ。」

男は無言で手をつなぐ。

女が鏡に向かって話し始めた。

「今日は入学のお祝いが出来て良かった。また一つ思い出になってくれたらー」

女は続ける。

「あまり時間がないみたいなので、今日はいろんなことを話します。血が繋がるあなた達なら、きっと届くと信じています。」

女の話はしばらく続き、そして灯りは消えた。


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大西香おおにしかおりは足早に歩いていた。

スリムジーンズにTシャツとジャケット。背中にしょった薄いデイパックには、化粧品のポーチと少しの勉強道具。大学2回生の香のいつものいでたちだった。香にとって動き易さは重要だったし、身長160センチの彼女には、このスリムな格好が似合った。

デイパックの横に銀色に光る棒状のバッグチャームが揺れている。昨年、自動車事故で亡くした姉、沙織さおりからの最後のプレゼント。同時に亡くした義兄あにあつしいわく「光る点棒」のチャームは、姉からの入学祝だ。


香は姪のみどりを迎えに幼稚園まで急いでいた。

みどりは仲の良かった姉の子だ。昨年,姉夫婦が自動車事故で亡くなったあと,母方の祖父母つまり我が家で共に暮らしている。香の両親とみどりと4人暮らしだ。

普段みどりのお迎えは母の役目だが,今日は同窓会で温泉だ。帰ってこない。

昨年の事故の前日,姉は大いに喜んで大学入学のお祝いパーティをしてくれた。あのときの幸せは戻ってこないのか。

明るくふるまうみどりを見るたびに香の心はざわついた。


突然,前方からスピードを上げた車が突進してきた。

きゃっ!

とっさに香は右に跳んだ。ギリギリで左隣を車が通り過ぎる。

香が振り返ると,五十メートル後ろで車が停まり,運転していた男が半ドアで頭を出した。目が合った。

なにかいやな感じ。車はすぐに走り去った。

突進してきた時に,フロントガラス越しににたりと男と目が合ったような気がした。

跳ばなければ死んでた?

香は,交通事故で姉夫婦をなくしたこともあり,無意識に自動車を目で追う癖があった。

頭を振って男のイメージを払うと,香はみどりの元に急いだ。


「おねえちゃん!」

みどりは香のことをお姉ちゃんと呼ぶ。香が姉をそう呼んでいたと同じに。

幼稚園の出口で待っていたのだろうか。みどりが駆け寄ってきた。


小さな体を抱き上げると,香は時計回りにぐるりと回った。

「おまたせ!みどりちゃん。ちょっと遅くなった。ごめんねー。」

もう少しで口から出そうな「車に轢かれそうになった」事実を慌てて飲み込む。

みどりに悲しい思いをさせない。

香はみどりに笑いかけると手をつなぎ,大きく振りながら家路についた。


幼稚園の門から一ブロック離れた市民公園。ポプラの木陰に黒い人影があった。それはゆっくり木陰から離れ、二人の後ろ姿を見つめると、同じ道を歩き始めた。


「ねぇ、お姉ちゃん。」

「なあに」

二人は手を振りながら歩く。

「お姉ちゃんとこ、ママ来た?」

香は立ち止まる。みどりは香を見上げながら、続けた。

「ママ、昨日も来てくれたよ。」

夢でも見たのだろうか。香はしゃがんでみどりを抱きしめる。わたしには何もできない。

「お姉ちゃんとこにはまだ来てくれないみたい。残念だな。みどりちゃんは寂しい?」

「お姉ちゃんが一緒だから寂しくないよ。でもねー。」

「ママ、お姉ちゃんのとこにいってたのかなって。だってママ、これのこと話てたもの。」

デイパックにぶら下げているチャームを指さした。


1ブロック後ろで、黒い影がガードレールに寄りかかっていた。影は、ぐるりと辺りを見回して消えた。

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