クローサーの歌 (6)

 

 




 両親には事前に会わせたい人がいるとだけ言って、俺はツシマと二人で孤児院に帰ってきた。ツシマは道中機嫌がよく、昨夜の出来事は悪い夢のようにさえ思えたが、背中の痛みがそれを否定していた。



「まぁ、息子が人を招待するなんて初めてなのよ! お名前はなんて言ったかしら?」


 四人でテーブルを囲んで、母は感嘆してはしゃいでいた。まだ切り出さず、二人とも大人になったツシマには気づかなかった。


「お久しぶりです、昔ここでお世話になりました。ツシマです」


「あら……どこかで聞いたような。ねぇあなた?」


 カシャンとソーサーにカップを置いた父の手が震えていた。こめかみに血管が浮き、目を見開いてツシマを見つめていた。


「どうやって……帰ってこれた?」


 父の震える声を初めて聞いた。見たことも無いような表情をした父は怯えていた。父の言葉がおかしい。その表情を見ていた母も、何かを察してツシマを見つめ思い出したのか息を飲んだ。


「フフ、うまく懐柔できたんですよ。ノートがなかったおかげでね、弱みも握られず嘘で誤魔化し私は堕ちませんでした。他の子達はあなた方が里親に出した契約の通り、外には出れないか死んだようですけど」


「なんの、話だ……?」


「クローサー、お前は外に出ていろ」


 父は眼鏡を外すと、焦りを抑えるかのように眼鏡を布で磨き出した。この人の癖だ。考え事をする時、レンズを磨くキュッキュと甲高い音がいつまでも響く。


「あのね、あなたの両親はね、客の要望を聞いて商品を補充していたの。強盗の真似事までして、自分たちで孤児を作っていたの」


 涼し気な顔をしたツシマは足を組みなおす。両親は顔面が蒼白で震え、俺はわけも分からずツシマの横に座っていた。その美しい顔を、ただ一点に見つめて。


「ど……どういうこと? 父さん!」


「この孤児院は高級奴隷商。ここを出た子はみんなじゃないけど売られて行ったの。見た目のいい子、頭のいい子、あどけなく素直な子。お客様の要望通りの子。安心しきって幸せの絶頂期になったとき、その子は売っちゃうの。超がつくほどの変態達に」


 母が立ち上がり腰元から杖を取りだした。だがツシマは早かった。飛び上がったツシマは母の背後に飛び降りるとその首を絞めた。


「この母親はね、頭の悪い落ちこぼれの癖に派手好きで浪費家。見かねた両親は娘を更生させようと牧師への道へ歩ませました。

けれど娘は楽しかった上流階級に戻りたくて戻りたくて仕方がない、でもそれにはお金がいる。手っ取り早くお金を稼ごうとしました。

いつの時代も金を得るには労力があってこそ。でも自分が働くのは大嫌い。そうだ、売り物は沢山ある。面倒を見てあげている孤児を売ればいい!」


「だっま……れ」


 狭まった気道から声を絞る母から杖を奪い、ツシマはへし折った。亜人の強み。大人になった獣の身体能力と反射神経に、ヒューマンの俺たちは肉弾戦では弱い。


 魔法で対抗すればツシマを止めることは出来る。だが、俺は杖の矛先を誰に向ければいいのか分からなくなってしまっていた。


 混乱しているとツシマは母の首から手を離し、床に突き飛ばした。えづきながら母は肩で息をし、見下ろすツシマを睨みつけた。


「ハアハア、下等な亜人を売って何が悪いのよ! 私はこんなボロ屋敷で落ちぶれるような女じゃない! 私は由緒ある貴族の娘よ、地位を取り戻そうとして何が悪いのよ!」


「孤児のために家具を新調するのも嫌がるケチな女。唯一の希望は息子。司祭になってくれれば家は安泰、見栄も張れるし本家からも認められ貴族にも戻れるだろうと夢を馳せる。自分では何も出来ない、哀れな人。こんな人に殺されたパパとママが可哀想」


「黙りなさい! クローサー、こいつを殺しなさい! 大丈夫、今日あなたが昇進さえすれば本家に必ず認められる。私達の血統は女神様の血筋だって父も母も言ってた。優秀な孫の為ならこんな奴隷殺しても揉み消してくれる! 臭い獣の混ざりものの血とは違うのよ! アハハハハハハハハハハハハ」


 あの美しかった母の面影はなかった。歳もとって厚化粧になり、顔を歪ませると見る影もなく崩れた。俺は母の本質がその顔の奥にあることを知った。信じられない母の本音に体は震え、動こうとしない。


「息子に肖って過去の栄光を取り戻そうとしても手遅れですよ。地位が大好きだった醜い女、その夢の一歩手前で……はい死亡」


 爪を研ぐ音が頭痛を起こす。亜人の爪が弧を描くと、その軌跡を追うように母の喉笛から血が飛び散った。




 

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