クローサーの歌 (5)

  



 家を出て優秀な成績で学士課程を終え、俺は牧師になり一気に司教まで駆け上がっていた。目標だった司祭への道も見えつつある頃、全てが順調だった。



「本家の者達がお前を家に呼べと言ってきたよ」


「そうなのよー。今まで放ったらかしにしてきたくせに、優秀な孫の存在を知るとうるさくって」


 仕事の合間に孤児院に顔を出しに行った。ここは相変わらず子供の声は絶え間なく溢れ、少なくなると父と母は笑顔で子供を引き取っていた。ここの時間はいつも変わらない。相変わらず、俺は自分の家がとても好きだった。


「関係ないよ。俺はここを手伝いたいだけだから。これ新しい里親候補になってくれそうなリスト」


 両親が提示する里親の条件は厳しかった。だが若くして司教にまでなったことと、祖父母の名のブランドから俺の周りを取り巻く人達は少なくなかった。その中からリストを作り、両親は里親候補を調べあげて孤児の子の巣立つ数は一気に増え俺は満足していた。


「ふふ、あの人達の顔ったらなかったわ。ここもあなたのおかげでだいぶ余裕が出来てきたし、落ちこぼれの私たちのことをほっとけなくなったのね」


「ああ、そうだな。俺たちは間違ってなかった」


 両親も満足そうだった。牧師から司教になって俺の給金や孤児院への寄付は格段に増え、両親の生活が少々派手になることくらい、それも二人の今までの貢献への褒美だと楽観視していた。


「じゃあ、俺そろそろ行くよ」


 屋敷を出ると、子供達に群がられた。ここにいる子達は幸せそうだ。服を引っ張られ目線を下げると、遠くの木立に人影を見つけた。遠くから様子を伺うだけでこちらには近づいてこない。


 声をかけに行こうと足を向けたらその人影は瞬きした間に消えてしまった。里親希望だろうか?追いかけようか迷ったが、子供を押し売るような真似もしたくない。


 世界樹の女神は昔ほど子供を引き取らなくなっていた。孤児はいつの時代も多い。貧困地帯では盗賊や強盗も少なくない。子供を手放す親は理由はそれぞれだが、一番は冒険者の両親だろうか。森からの恩恵で生きる我々にとって、そこは切っても切り離せない存在な分危険も多い。だがそこから離れては生きていけない。


 街へ戻ると団体がプラカードを持って声を上げ行進していた。奴隷制度の完全撤廃を呼びかける人たちだ。奴隷が禁止されてだいぶ経つと言うのに、地方ではまだ目が行き届いておらず、未だ何も知らない人達が過酷な環境で縛りつけられている。


 司祭になれば、発言力も格段に強くなる。未だに隠れて奴隷を強いる地方にも目を向けてあげられる。制度を徹底的に根絶させることも出来るはずだ。社会を正そうとする声を聞いてあげられるし、俺も声を張れる。今は参加出来なくとも、司祭になれば。


 将来を考えながら街を歩いていた。人影を見てから妙に引っかかっていて、その予感を振り払いたかった。


 胸騒ぎのような虫の知らせ。デモを行う人混みが過ぎた時、再会した……


「久しぶり、クローサー」


「ツシマ……か?」


 ローブのフードを取ると、美しく成長した大人のツシマが目の前に立っていた。孤児院で育った時のみすぼらしい姿からは想像もつかなかった。


「ようやく帰ってこれたよ」


 その妖艶さを含んだ笑顔に見惚れ、虫の知らせが届いた。ゾクリとした言い知れない胸の動悸、俺はそれを恋だと錯覚する。


 俺たちの空いた時間は長かったが、会うとあの頃のように自然体になれた。


「里親とは? うまくいってるのか?」


「うん、とっても良くしてくれた。去年死んじゃって遺産も相続させてもらった」


「……そうか。今は、一人なのか?」


 幾度目かのデートを重ね、俺は意を決してツシマに聞いた。その質問に猫の目は細まった。


 月明かりも拒絶する真っ暗な部屋、俺はツシマと体を重ね合わせた。手を引かれ、真実に足を踏み入れる。



 ツシマは何かと理由をつけて、家の孤児院には行きたがらなかった。サプライズだと言って、その日まで俺たちの関係は秘密にされた。孤児の子が帰って来ることはほとんどなかった。街で引き取られた子はたまに亜人の街で会ったが、地方に引き取られ帰ってきたのはツシマが初めてだったのだ。


「クローサー、今日はずっと一緒にいて」


 一年が過ぎ、司祭に昇進することが決まった。ツシマはその知らせを聞くと、共に喜び祝福してくれた。俺は幸せに満ちていた。


「ツシマ、爪が……明日は禊があるんだ、背中に爪を立てないでくれ。うあっ!」


 鋭い痛さに俺は背中をのけぞらせた。ツシマはベッドの中でよく爪を立てる。掻き傷のようなそれは幸せな痛みだったが、この日は違った。深く肉に刺さり、ツシマはその爪の血を舐めた。


「やりすぎだ……どうしていつも俺の背中を引っ掻くんだ」


「フフ、痛かった? ごめんね、明日を思うと興奮しちゃって」


 月明かりさえ拒絶するいつもどおりの真っ暗な部屋、ツシマは体を起こし、手探りで俺の首に手を回した。


「司祭様、昇進おめでとう。これであなたの家の手伝いも心置き無くできるね」


 闇の中、俺は言葉を失っていた。言い知れぬ恐怖が目の前にあるようで。


「あなたのこの肉が、何で出来ているか知ってる?」


「どういう、ことだ……?」


 また俺の背中に爪を立て、その亜人の爪でまた深く引き裂いた。俺はあまりの痛さに仰け反った。逃れようとするとツシマの爪が肉にまで刺さり、血が背中を伝う。少しでも動けば次はベロリと肉がはげ落ちそうで俺は動けなかった。


「全部教えてあげるから、明日一緒にあのお家に帰ろう」


 痛みのせいでツシマの声が遠い。細い指が俺の瞼を閉ざす。


「私たちの新しい門出だよ」








 

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