クローサーの歌 (7)
「母さん……!」
糸の切れた人形のように母の体は床に崩れ落ちた。ツシマは母を殺し、ゆっくりと立ち上がると人を殺したとは思えない笑顔で振り返った。
妻が殺されたのに父は身動きひとつせず椅子に腰かけたまま、同じ位置にいた。
「あーあーあー殺しちゃった。ごめんねクローサー、でもいいよね? お互い様なんだし」
「お互いさま……」
「人が尋ねてくることが全くなかった我が家に、面識もないあなた方が何故第一発見者なのか不思議でたまりませんでした。ここで暮らすようになって、家具に隠れてあなた方を観察していたんです。
そして牧師先生のその音で思い出したんですよ。両親が強盗に殺された後、そのレンズを磨く音が戸棚の奥にいても聞こえました。猫は嫌な音はよく覚えるものでね」
その言葉を聞いて俺は絶句した。身体の奥から震えが湧き上がり止まらない。父と母はツシマの両親を殺した?俺の両親が?
信じ難い恐怖に、突然両親を人と見れなくなった。
「ツシマの、親を殺したの……? 父さんは人を殺してたの?」
カタカタと震える俺に父は目も合わせてくれない。その目は虚ろで、あの優しかった父が思い出せなくなった。
「あぁ、猫の亜人と要望があった。品切れしてたから、孤児を作らなければいけなかった。目星がついたから親を殺して孤児にした」
「なんてことを……どうしてそんなことが」
「最初は真面目に孤児院を営んでいたさ……だが、お前ができたんだ。俺の血をわけた何よりも愛しい我が子」
「俺……?」
「金が欲しかった。他の子を何人も犠牲にしてでも、自分の子にいい暮らしをさせたかった。クルワッハ家は優秀な魔導師の血筋なのにと、期待され見放された落ちこぼれの俺たちに生まれた黒髪の希望。本家の奴らを見返してくれると、赤子のお前は俺の手を握ったんだ!」
血走った目、血管の浮き出たこめかみ。父は隠していた短剣を抜くとツシマに向かって走った。ツシマの前に立ち塞がり、俺は父親を床に叩きつけ組み敷いた。刃先を掴んで止め、父の顔に俺の血が降り注いだ。涙と共に。
「嘘だろ、なぁ父さん! 俺の見てきた世界はなんだったんだよ!」
「あぁ……この血は半分俺の血なんだな。見ろ、息子は司祭にまでなってくれた。半分は俺の血なんだ」
虚ろな目をして微笑む父に、カッとして怒りを覚えた。短剣を取り上げ床に放り投げる。室内は俺の荒い息遣いだけが木霊する。何か言わなければ、この沈黙が続くと父まで許せなくなる。
背後で衣の擦れる音がして足音が響いた。ビクリと俺の肩が跳ね上がる。父は俺から顔を背け、音の主に目を向けた。
「息子には、手を出すな。この子だけは」
「私の両親もあなたに殺される間際、懇願していましたね。子供には手を出すなって……いいですよ、あなたは約束通り私を殺しませんでしたし。それに彼なんて、殺すに値しません。彼の性格ならほっといても勝手に苦しむ」
血が滴る短剣を拾い上げ、ツシマは仰向けに床に倒れる父の横にしゃがんだ。持ち直して光る刃先を下に向けると目を細め、俺に笑いかけた。
「やめろ……!! ツシマ!」
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