クローサーの歌 (3)

 

 




 俺は思案した。長年ここの手伝いをしていて、色んな子を見た。反抗的な子、ここから離れたくないと言った子、家に帰りたがる子。ツシマは逃げ出すだろうか?アイツの家はもう燃やされたと聞いていた。跡形もないはず。


 木の窪みを覗き込んだ時、ハッと気がついた。急いで屋敷に戻り、父と廃棄のために運び出した家具を片っ端から開けた。


 立て付けの悪いキャビネットの扉を開け、膝を抱えたツシマを発見した。頬には泣いた跡が残っていて、引っ張り出した体は酷く凍えていた。


「見つけたーー!」


 みんなに知らせるように声を張り、俺は冷たい体を抱きしめた。ツシマは、俺の胸の中で初めて泣いた。声を出して。しがみついて。


「なんでこんなところに。クローサーよく見つけたな」


「コイツ、親が殺された時も戸棚に隠れてたんだろ……もしかしたらと思って」


「あぁ、そうだ。よく気がついたな」


 俺の声を聞いて駆け寄ってきた父は俺からツシマを受け取り、屋敷に駆けて行った。母は俺を立たせると、平手で頬を打った。


「母さんは、あの子たちから目を離すなといつも言ってるでしょう! みんな大事な子達なのよ……しっかりしなさい!」


「……ごめんなさい」


 キツイ視線で俺を一瞥すると、母も屋敷に駆け戻った。ツシマの様子が心配でたまらなかったようだ。


 俺もとぼとぼと屋敷に戻った。ツシマは風呂場で体を温められているようで両親の会話がチラリと聞こえてきた。


「体は大丈夫そう? 冬の夜を過ごして、凍傷になってないといいんだけど」


「見た限り大丈夫そうだ。どこも損傷していない」


「……そう。最近全く引き取り手が見つからないのね」


「仕方ないだろ。最近の里親は下手に動かん。反対運動もあるんだ」


 ボソボソと話す二人の会話は妙だった。たまに水音で途切れるが、聞き間違いではないよう。


「はぁ。要望どおりの子なのに、あの貴族ったらまだここで楽しませてくれだなんて一体どんな趣向なのかしら……あらいけない、着替えを持ってくるわ」


 水から引き上げる音がして扉が開いた。驚く母の後ろにずぶ濡れのツシマの裸がチラリと視界に入った。艶の出てきた髪、肌を滴る水滴、華奢な体つきが目に飛び込んできて重いくらいの衝撃が胸を打った。


「こらクローサー! 覗き見してたの!?」


「ち、ちが!」


 赤面する俺にツシマは横顔をゆっくりとこちらに向けて目が合った。細い瞳孔を持った大きな目は魔石のように美しく、捕食者のような鋭さをしていた。



 よく眠れなかった。あの目が脳裏に焼き付いて、浅い眠りを繰り返していた。裸を見たからだと思っていた。思春期には間違いなかった。ようやく眠りについた朝、俺は侵入者に全く気づくことができなかった。


「クローサー! 起きて、朝だよー!」


 体の上に重みがのしかかり、ほっぺたを揺すられた。俺はイラついて飛び起きた。


「誰だよこんな起こし方すんのは!?」


 大きな瞳が目の真ん前に飛び込み、俺は驚いて突き飛ばした。倒れかかった体勢を元に戻し、また俺の腹の上に乗っかる。


「いったいなー、気をつけてよー」


「ツシマ?!」


 イタズラっぽく肩をすくめると、その尖った亜人の耳を丸めた手で撫で付けた。亜人特有の動きだろう。長い尻尾を揺らし、猫科の亜人のツシマは舌を出して笑いかけた。


「お前本当にツシマか? そ、その変わり様なんなの?」


 たじろぐ俺に、尻尾を揺らし楽しそうにツシマは目を細めた。


「目が覚めたの。ずっと暗い所で寝ていたんだけど、君の昨日の大きな声で正気に戻ったの。猫科は音には特に敏感なんだよ、おはよう私と一緒のお寝ぼけさん」


 ツシマは俺の肩を押さえつけると唇を重ね合わせた。強い鼓動が胸を打つ。目を見開くとツシマは唇を離し、ケタケタと笑いながら部屋から出ていった。


 俺の動悸は、しばらく収まらなかった。



 その日からツシマは人が変わったように活発になった。元気に駆け回り、他の子達とよく遊びよく喋った。人懐っこい態度で院の子ともすぐ打ち解け、可愛がられるタイプの子供になっていた。その代わり映えを恐ろしいと思ったのはほんの一瞬だった。


 常に俺と行動を共にし、毎日が楽しくなった。人形を持ち歩く枷から外され、しかも気が合っていい相棒になっていたら尚更だ。


 イタズラの計画を二人でよく立てた。ツシマのイタズラはたまに意図のよくわからないこともあった。何かを探しているようにも見えたし、隠しているようにも見せた。猫らしい、気分屋に俺はいつしか振り回される日々に慣れきった。


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