クローサーの歌 (2)

 

 



 孤児院の子は里親の元に行くのは年齢も年数もバラバラだ。すぐ見つかる子もいれば、成長してここを出ていく子もいた。


 孤児院を営む両親の子として生まれたのもあったが、孤児の子の性格を見極め、その子に合った生活リズムや友達を作ってあげる。俺はここで育ったからそれが当たり前に出来たと思う。


 だがツシマは季節が変わっても代わり映えはしなかった。世話を焼かなければ何もしない。移動させない限り動かず、置物のようだった。ただ手を引かれ、インプットされた動きをするだけなのだ。


「なぁ、クローサー。あの新入りもうここの生活には慣れただろ?」


「知らねぇ。アイツ一切口聞かないんだ」


「あんなんじゃ一生里親見つかんねぇよ。ハハ! お前ずっとアイツのお守りだぜー」


「ふざけんな、あんなの邪魔で仕方ねぇよ。俺の前からさっさと消えて欲しい」


 遊び盛りだった。俺は世話係がめんどくさくて仕方がなく、ついついツシマを放置した。ちょっと待ってろ、そこから動くな、何もするな。いつまで経っても代わり映えのない人形は少年には飽きる。


 早々に匙を投げ、この三つくらいしか話しかけてあげてなかった。


「クローサー、ご飯の時間だからツシマを連れてきて。あなたまたあの子を放ったらかしにして……きっとまた、手を離したとこから動いていないのよ」


 食事の時間、風呂の時間、逐一ツシマを探しに行かされる。小さく俺は舌打ちをした。母はそれを見逃さず、笑顔で俺の頬をつねる。周りの子達がそれを見て笑い、余計にイラついた。


 この頃くらいから家を手伝うという感覚を俺は持っていたと思う。いや、持たされていたのかもしれない。


 純粋な環境下の洗脳ほど恐ろしいものは無い。それでも自由が拘束されるのが一番かっこ悪いと息巻いていた少年の時代。



 ツシマは自室が並ぶ廊下に突っ立っていた。今日は俺が指示してから、そこから一歩も動いて居ないようだった。俺はツカツカと歩み寄るとツシマを突き飛ばした。


「イラつくなテメェは! いつまで人に世話やいてもらうつもりだよ。飯のときくらい自分で来いよ!」


 当時の俺はリーダー的存在であったと自負していた。秩序を乱す奴には徹底していたし、この孤児院をかき乱す奴や両親に負担を増やす事には激高することがあった。


 きっと、この時はそうじゃない。ツシマの存在が疎ましくて疎ましくて仕方がなく、自分勝手な俺は感情が破裂した。癇癪持ちだと自分では認めず、抑えることが出来ないと、自分でも信じられないような暴言や暴力衝動が止められなかった。


 ツシマの髪の毛を持ち上げ、顔を近づけた。


「もう迷惑かけるなよ。俺は目に入るだけでもお前にはイラつくけど、この家で死なれたら二人が悲しむ」


 空虚な目。瞳はあるのに、まるで空洞のようだった。ちゃんとコイツは聞こえてんのか?とツシマの獣の耳に向かって大声を上げたがピクリとも反応しなかった。


 舌打ちをして乱暴に手を引く。手は、ツシマが生きていると教えてくれる。皮膚の向こうは血が通って、ちゃんと暖かかった。


 血の通った同じ人じゃないか、何故俺は気づいてあげられなかったんだ。自分の欲に目は濁り、俺はいつまで経っても孤児の子には一ミリも寄り添えていなかったと、今なら分かる。




 ***





 ある寒い冬の日、古くなった家具を処分することになった。俺が生まれてくる前から二人は孤児院をしている。子供達と暮らす屋敷は古く、両親二人の唯一の財産のようだった。


 その家具を新調するのを母は酷く悲しんでいた。思い出があるからと。二人で苦労して最後のキャビネットを運び、父は眼鏡を外して汗を拭った。


「父さん、これ捨てるの?」


「いや、このキャビネットは薪にしよう。少しでも節約だ。今日はもう遅いから明日でいい。母さんの機嫌が悪いからそばにいてやってくれ」


 フウ、と一息ついてレンズを磨く。何度もキュッキュと高い音が響いた。神経質そうに何度も磨く時は、何か考え事をしている時だ。父と母が酷く不憫に思えた。父は疲れた目をして微笑む。俺は孤児院の経営が芳しくないのを知っていた。


「父さん、俺大人になったら家を手伝うよ。ジェイダで学んで、司祭になる。俺が見定めて、里親になってくれそうな人や寄付してくれる人をいっぱい探してくる。女神様でさえ子供を世界樹の元で育ててやるってのに、信心深いふりした大人ばっかりだ」


「……お前は父さんに似ず、黒髪だ。素晴らしい素質をもっている。あの本家がお前を引き取ってもいいと言うくらいな。お前ならなんにでもなれる、父さんたちのようにならなくていい」


「嫌だよ、俺はここがいい。俺は父さんと母さんが目標だし、どんな人より賢くて立派だと思う。本家なんて体裁ばかり気にする頭でっかちの嫌味な奴らばかりなんだろ。黒髪ってことでしか俺に興味もないじゃないか」


 遠い目をした父は月を見上げた。影になった横顔にその目は酷く不気味に写った。


 父と母は名家の生まれだが、エリートだらけの厳しい環境で二人は所謂落ちこぼれ。その暮らしが嫌で教会に務めだしたそうだ。そんな所も意気投合して、お互い手を取り合って家を飛び出し、恵まれない子達のため孤児院を建てたという。


「お前なら、きっと司祭にも枢機卿にもなれるだろうな」


 いつもの優しい笑顔に戻って父は微笑んでくれた。くしゃくしゃと頭を撫でて、飴玉を懐から取り出した。久しぶりの甘味を俺は両手で受け取った。将来への投資、父は姑息な大人だと俺は知らなかったんだ。



 その日の深夜、激しい物音で目が覚めた。屋敷中のドアが激しく開閉する音が鳴り、走り回る音と怒鳴り合う両親の声が聞こえて他の子達の泣き声も聞こえる。


 俺の自室の扉が勢いよく開き、髪を振り乱した母が勢いよく入ってきた。


「クローサー! ツシマを知らない!? どこにもいないの、あの子ここから逃げ出したのかも!」


「そんな、まさか……」


 母さんは美しい顔を歪ませてヒステリーを起こしている。父さんと喧嘩をした時に見せる顔だ。酷く取り乱している。


「落ち着いて母さん、きっと見つかるから」


 涙ぐむ母の頬を拭い、シーツをはぐってベッドから飛び出した。いくつかの部屋を調べたが、朝になっても見つからなかった。


 次の日は街から付近の森も探したが、ツシマを見つけることはできなかった。




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