クローサーの歌 (1)
新緑の風が撫でる草原、花が咲くにはまだ早い頃。俺は牧師の両親の子として生まれ、家は二人が切り盛りする孤児院だった。孤児の子は途絶えることなく多く、遊び相手はいつもそばにいて同じ環境で同じように育てられた。両親を独り占めすることはできなかったが、寂しい思いをしたことは無かった。
アイツが来たのは花が咲きほこる頃。俺の父と母に手を引かれ、孤児院まで来た。あて布だらけの安い服を着て、ボサボサの頭で酷く汚れて痩せていた。
「クローサー、この子はツシマ。面倒をよく見るように。ショックで口がきけないようなんだ……」
「可哀想な子なのよ、早く元気になるといいんだけど」
新しい孤児、その親は強盗に殺されたらしい。引き戸の中で何日も隠れていたのを保護されたと。俺はまた新しい子が来たんだ、くらいにしか思っていなかった。
「分かったよ父さん」
「ありがとう、助かるよ」
俺の目線にしゃがんで優しく微笑み、父と似ない黒い髪をくしゃくしゃと撫でてくれた。茶色いサラサラの髪をした長身の父、その横に寄り添う小さく美しい母。俺は孤児院の厳しい経営をやりくりする二人を知っていた。だからとても大好きで尊敬もしていた。
「父さん達、また会食に呼ばれてるんだ。私たちは名ばかりの元貴族なのに、いやらしい人達だ」
「本当にね、もう私たち家族は本家と関わりもないのに。お父さんまたご婦人に囲まれるのね、ヤキモチ焼いちゃうわ」
「お母さん、あれはここの子の里親の説明だって」
両親は仲がよかった。駆け落ち同然で家を出たと言う。夫婦常に一緒が当たり前。二人とも、俺のことなんか忘れてもう違う話をしている。
父さんからガリガリの小さな手を取っても嫌がりもせず、ツシマは空虚な目をしていた。心細そうに両親の姿を目で追った。保護されて突然人の多い所に連れてこられ、置いていかれてしまって寂しそうだった。ここにいる子はみんな事情があって保護されている。ツシマもその中の一人に過ぎないだけだと、そう思っていた。
しばらくは手を引いて孤児院の子達の遊びにも参加させたが、ツシマは手を引かれた方に歩くだけ。全く馴染まないが特に何かする訳でもない。鬼ごっこをする子たちを目で追うことも無く、空を見たり地面の蟻を観察することもせず、まるで見えない目の前の空気を見ているようだった。
「クローサー、はいタッチ! 鬼だぞ」
「あ、クソ! コウノずるいぞ、飛んで逃げるのは十秒までだからな!」
後ろからドン!と背中を押され、振り返るとコウノが空高く飛翔してた。宙返りをして遠くに逃げていく。孤児院の子は亜人の子が殆どで、俺だけがヒューマン。父と母は俺を含め孤児の子にも分け隔てなく学校同然の授業をしてくれたが、魔法の勉強があったのは俺だけだった。
当時から魔石は高級品だったのもあったが、黒髪の俺は魔法の素質があり、両親にも認めらて杖の所持を許されていた。二人の実の息子、少し物を多く貰うくらいのことはみんなにも暗黙されていた。
すぐさま腰元の杖を確認した。風魔法を使えば子供の鳥人族の高さくらいまでなら跳べる。だが、二人分は持ち上げられない。恨めしげにツシマを睨んで無理矢理走らせた。
「お前、その亜人の身体的特徴なら走れるだろ! 行くぞ!」
新入りは、うんとも寸とも言わない。ただ手を引いたらついてくる。
『つまんねぇ奴』
遊び盛りの俺には人形を連れ歩いているようで、ツシマの存在は酷く疎ましかった。いつしか俺は無意識に手を離しツシマを置物のように、時計のようにふとした時に目に入れるだけになった。ツシマは手を離した場所でいつもそこからピクリとも動かない。
どんよりとした暗さ、目に光が全く差さずいつまで経っても声も出さないツシマ。この子はどのタイプの孤児だろうか俺は輪に入れるように思案もした。
ここに来る子で大人しいタイプは三つだ。本来の性格が恥ずかしがり屋で自ら輪に入れない大人しい子、つらい経験のショックから立ち直れず最初警戒している子。そして傍観者。状況と関係を観察し、慎重に動く者だ。
ツシマは今考えれば傍観者だ。何も感じない者ではなかった。それが分かったのは全て知ってからだ。
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