里 (2)

 




 孤児院の一室のベッドにクローサーをうつ伏せに寝かせ、教えてもらいながら傷の手当をした。


「ひどい傷痕だな。ピグミ、クローサーを守りたいんだろう? どうやら君は、まだまだ知らなければいけないことが多い。それで本当に守れるのか?」


 何も言い返せずにいたら、クローサーがモゾモゾと動きだした。


「ここは……」


「クローサー、コウノが手当してくれた」


 巻かれた包帯を不思議そうに見つめてクローサーは起き上がってコウノを見上げた。水を飲ませ、服を着せた。甲斐甲斐しく世話を焼いてコウノに見せつけた。クローサーにも私が必要なはずだと。


「ピグミ……少しコウノと話したい。外で待っててくれ」


 ジト目でクローサーの様子を伺った。少し放心している様にも見えたが、目にはしっかりとした光を持っていた。離れるのは嫌だったが、積もる話もあるのだろう。私は窓から飛び出して屋根に登った。ここなら屋敷全体を見渡せる。


 三角屋根の孤児院を屋根から見下ろすと、子供達が屋敷を出たり入ったりして芝生で駆け回っている。屋根の上にいる私に気付くと手を降ってきたが、背を向け視界から逃れるように煙突の影に隠れた。


 反対側は山の斜面に街が見え、頂上付近に城のような尖塔も見えた。なんの建物だろうか……私は何も知らない。


 ポケットに突っ込んでいたコインが音を鳴らす。お金があっても、世界を旅するクローサーを守れない。私はひ弱だ……亜人の力があっても、彼を担ぐことも傷を治すこともできない。確かにコウノの言う通りだ。


 私を呼ぶ声が聞こえる。クローサーが外に出ていて、待ってくれている。連れて行ってくれるんだ……安心感から私は飛び降りてクローサーの前に立った。


「スペリオールに行く」


「どこ?」


「ここは下町のイブラ、スペリオールは上流階級街だ。俺の実家がある」


「なんとご挨拶か……緊張するな」


 まさかもう両親に会わせてくれるだなんて、私は身だしなみを整えてそわそわしていた。


 スペリオールの街並みは同じような建物が等間隔で、ゴミ一つなく清潔すぎる街だった。


 ショーウィンドウの奥にある商品も値段を張るだけ豪華で高級品、亜人の街のように雑多としていなく、住民も動物さえも綺麗に着飾る者達ばかりで私たちは浮いているように見えた。クローサーは真っ直ぐ前を見て一言も話さない。


 建物が少なくなってきて街の外れに鬱蒼とした森があった。未開拓の場所なのか、さっきまでの華やかさはなく獣道。絡みつく蔦を掻き分けると、緑に侵食されつつある廃屋があった。クローサーは一瞥するとそこを通り過ぎ、また先に進んだ。


 緑をかき分けて進むと、開けた花畑に出た。空が一望出来て下には街並みが広がっている。一本の丸々とした木が堂々と迎えてくれた。木下には平べったい石があり、引っかかるように小さな鞄が風に揺られていた。


「小さい頃は何も知らずに、孤児の子達と同じように育てられ、ここでよく遊んだ。少し、この鞄の持ち主の話をしたい」


 私は墓石を見下ろし頷いた。墓石には生年月日のようなものが彫られているが死亡年月日が書かれていない。クローサーを見上げると淡々と話し始めた。



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