枯れた大地 (2)
あの屋敷で唯一生き残った私は教会が運営する孤児院に保護してもらうことになった。吟遊詩人の彼は教会の所属で、そこまで連れて行ってくれるそうだ。騎士団の人と別れ、枯れた大地をどこまでも移動する。夜はテントを貼って彼がこの世界のことをいろいろ教えてくれた。
やはりと思ったが彼は私とは違う人種の生き物だった。この世界には私のような動物的身体能力を持つ亜人族以外に状態異常魔法を扱うエルフ、土魔法を得意とするドワーフ、そして魔法そのものを生み出す魔法使いがいて彼はそのヒューマン族だった。
「こうやって、魔石のついた道具で火や風や水、光と闇の魔法を起こすことができる。魔法というのは魔石を媒介して発動するもの、魔石は自然界でしか見つけられない。ヒューマンがエレメントと魔力を吹き込んで初めて効果が発揮する。人は手で触れるだけで思い思いの魔法を放てる」
クローサーと名乗った彼は魔石のついた杖先に火を灯し、集めてきた枯れ枝に火をつけた。パチパチと爆ぜる枝から煙が登り、広い夜空に吸い込まれ宙に消えて行った。周りにはやせ細って葉も付けない枯れ木と岩があるだけで、後は硬く干上がった大地だけ。生き物の気配は私たちだけのようだった。クローサーは湯を沸かすと温かいスープと白くて味のない携行食をくれた。見た目は固そうな石鹸みたいだったが、火にかけると白い物体は膨らんでよく伸びた。
「キラースライムという日持ちする食べ物だ、喉に詰まらせないよう気をつけるんだぞ」
熱々しながら口に運んだが、息を吹きかけて冷ます作業が私には久しぶりだった。彼はこんなものしかなくて申し訳ないと謝ってきて、自分の分を先に食べ終えてもジッと見守って私の食事を奪ったりせず、少し驚いたのを覚えている。
「魔法……だれでも使えたんだ。神様にしか使えないと思ってた、ピグミびっくり」
「そうか……誰でも使えるぞ。普通は魔石の扱い方や種族の特殊能力は両親や保護者が子供に取り扱いを教えるが、冒険者や祓魔士になるためのJADAという皆が集まって勉強する学校というものもある」
「冒険者と祓魔師ってなに?」
「冒険者はこの世界のまだ未開の部分を調べ研究所に所属しギルドから仕事を貰う者、祓魔士は研究所の対となる教会に所属する者。私は祓魔士から牧師と司教を経て司祭になり、教会に勤めていたが……途中で意志が変わり、世界を放浪する吟遊詩人という職にジョブチェンジをジェイダで行なった」
クローサーはアイテムバックという沢山の物を収納できる鞄からケープを取り出して私に被せた。風を防いでくれ、食事で暖かくなった熱が逃げてしまわないようにしてくれたのだと思う。配慮するという行動に居た堪れなくて気が引けた。
「結果として教会に所属したが、我々吟遊詩人は身分や金を捨てた生き方をする。世界を放浪し唄を歌い、聞いてもらった人から托鉢を受けて生活する」
「働いてないの?」
「ああ、社会に勤めてはいない。今回も道案内を頼まれただけだったが……吟遊詩人は輪廻から解脱を試みる修行者。
世界樹や女神様も信教しているが教会で勤める訳ではない。我々は神様というものは自分に宿っていると思っている。聖地巡礼や教会に礼拝などはせん。参拝する教会は自分の体にあると信じているからだ」
初めてと言っていいほどここまで多くの言葉を聞いたのもあり、知らない単語が多く理解に手間取った。
その前にクローサーの生き方は世間を全く知らない私にでさえも謎で異質だと感じた。彼の持ち物は不思議なものも多く、それを作り出し使う人がいる。多数の人がこの世界に存在し、働いてより良く生活するのが社会というものだろう。私達家族は主の為に働いて褒美を貰えたが、働かなくてもご飯を食べれるのかと驚いた。
また鞄に手を突っ込み今度は弦の張られた楽器を取り出した。糸を弾くと空気を震わせて音が響いた。クローサーが不思議な旋律を奏でると音に声を乗せた。
『人間の身体は何でも手に入る魔法の木。手入れすれば宝が出る。
ときを見て耕しさえすれば、この世に来た意味は満たされる』
歌は大地に反響して、水のような波紋を広げて空に吸い込まれる。世界の音が歌だけになったように惹きつけられて、他の一切の存在がなくなって時間さえなくなった。彼の声は唄を歌うと特に綺麗だった。歌詞の意味を理解は出来なかったが、私の獣の耳に心地良い余韻が残った。
「……これが吟遊詩人の歌。少し暗号めいてるだろう?
私たちには教典も経典もない。規律や階級も認めず偶像崇拝もせん。この身体に住む絶対的存在を心の人と呼んで融合を求める。『私』を見つめることにより『私』が何かわかればこの世界の事を知ることができる。我々の哲学だ」
「よくわからない。ピグミも今は修行者?
主もいないし奴隷もしてない、仕事してないのにご飯貰った」
「いいや、お前はまだ庇護されるべき子供。これは施しではない。私が受けるものとは違う」
火を絶やさないようクローサーは見張りを続けた。不思議な男だと思った。単純に優しくされることを知らなかったのもあった。彼は頭上を見上げ空に顔を向けていた。私は彼の目に映る風景を見ていた。同じものを彼を通して見る。同じものを見ながら彼が何を思うのかわからなかった。
この男は何なのだろうというのが私の最初の印象だ。仕事をするでもない私に食事を与えてくれ、歩みが遅くなると振り返ってくれる。微かに聞こえるクローサーの歌、私は一人眠りに落ちた。
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