砂漠の地 (1)

 




 干上がった地を抜けると荒涼とした砂だけの大地が広がった。黒髪の男は相変わらずで、気遣う言葉をくれて強い日差しの影になり幼い私の体力を気にして休みをくれる。夜に気温が下がり体が凍えると、自分のマントを私の体にかけ包んでくれた。優しいという言葉を知らなかった私には不可解で、見返りを求められない世界の仕組みを知らなかった。何かしなければいけない、その思いがまだずっと拭えなかった。


「そういえば、自分の体の獣人の特殊能力はちゃんと使いこなせてるか?」


 砂に足を取られながら進むクローサーが聞いてきた。私は自分の体の一部である頭部から生えたうさぎの耳と臀部の短い尻尾を触った。私の両親だという者と同じ、ピンと立ったうさぎの獣の左耳は生涯奴隷の識別に七色に染められ、父親に似たものだった。


「うさぎ」


「そうだな。亜人は特性上、気候に左右される者や時間帯によって強い者もいる。他の種族のように決まった能力ではなく亜人だけはそれぞれ個性が違う」


 ふーんと返事をしたが、私は違うことに気を取られていた。遠くで土を掘り、地面から顔を出す生き物の音が聞こえる。砂に足を取られないよう足先に力を込め、太ももの筋肉を膨張させ跳躍した。


 狙った方向に頭から突っ込み砂を掻き分け獲物を捉える。引っ張り出した生き物はオレンジ色した頭の二つあるトカゲのモンスターだった。暴れまわるトカゲの喉元に噛み付いて息の根を止めた。慌てた様子で追いかけてきたクローサーに尻尾を掴んだトカゲを差し出した。


「ご飯」


「……亜人の体の使い方は教わっていたようだな。ありがとう、今日のご飯は豪華になったな」


 何とも言えない顔でクローサーは微笑んでくれた。口元の血を拭っていると頭を撫でられた。頭に触れた感触が気持ち良くて、嬉しかったんだと思う。私はさっきより注意して獲物を探すようになった。




 一番星が急かされたように光になる。夜になるとクローサーは砂漠の砂の中に住むモンスターの肉を捌いて魔法の火でじっくりと焼いていた。


「クローサーの髪の色は、肉の焦げたところみたいだ」


 彼の料理は手際が悪く、私より多く生きているだろう体は大人なのに頼りないと初めて印象ができていた。


「はは、すまんな。手先は不器用だ……焦げか、黒いということか?」


「ピグミ、肉は焦げてても平気。うん、クローサーの髪の色は夜の空みたいな色だ」


「あぁ……黒は魔力を多く持つ髪と言われていて、黒い髪はヒューマンにしか生まれん。貴族の者が多く、私の血筋もそうだと聞かされた。ピグミの髪の色も夜空の星のような色をしている。もう少し行ったら村がある、その前にオアシスで身体を綺麗にしよう」


「星ってあれ?」


「夜の空にポツポツと輝いている魔石が見えるか?

手に届かず採取も出来ない魔石のことを星と言う。空に浮かぶ浮島に世界樹と言われるこの世界の礎がある。そこには女神様が住まわれていて空をベールで覆っている。星や月は女神様のアクセサリーだと」


 彼の瞳の宇宙に星が散らばっていた。つくづく綺麗な物を持つ男だ。休みの時間をくれる夜色の髪、砂塵よりさらさらそうだ。深みのある声でクローサーはこの世界の仕組みを教えてくれる。私は話に集中できずただ一点、彼の挙動を見つめていた。


「クローサー……お肉おいしい?」


「ああ、とっても。ピグミが頑張って採ってきてくれたからな。美味いか?」


「……まずい」


「はは、すまん」


 寝る前になるとクローサーは歌を聞かせてくれる。私は膝を抱えてじっと聞いていた。


『喜びのバザールに行こう、バザールに棲み真我に心を楽しませなさい。


 あるがままの喜びのバザール。


 あるがままを見る眼が開いたものにとってあるがままはあなたの胸の中にあり、それを見つめ三つの苦悩を癒しなさい。


 好いと悪いの真ん中にあるがままが極めて秘密裏に存在する、人知れず。大いなる絶対と惹きあうことに心酔わせなさい』


 彼の声は泣いてるようだと思った。声を上げて嘆いていた彼を綺麗だと……


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