おまけ

第29話 ピクシー博士の惚れ薬騒動

 これは、悪の科学者ウルフェン=リル=アルビノーとの最終決戦後のおはなし。


 ピクシー博士のんでいる稲荷いなり神社と地下の研究室が再建されてそう間もない頃。

 ピクシー博士は新たな魔法薬を開発した。

「とうとう完成したぞ……! これぞ完璧にして究極の愛の魔法薬すなわちれ薬……!」

「えーでも、惚れ薬って前からあったじゃん」

 突然隣から声が聞こえて、ピクシー博士はビクリと身体を震わせる。

「い、イービル様!? ウルフェンのビームで身体に穴が開いて死んだのでは!?」

「僕、吸血鬼だよ? 白木の杭か銀の弾丸でも打ち込まれないと死なないよ?」

「そ、そうでした」

「ねえねえ、それより、その惚れ薬は今までのと何が違うの?」

「フッフッフ、よくぞ聞いてくれました……」

 ピクシー博士のモノアイゴーグルがキラリと光る。

「今までの惚れ薬は排泄はいせつとともに自然と効果が抜けていくものがほとんどなのですが、なんと! 今回製作したこの魔法薬は――そうですね、イービル様にもわかりやすく説明するならば、細胞のひとつひとつに染み渡り、血流に乗って脳に到達した頃には死ぬまで半永久的に効果が持続するのです」

「つまり……?」

「この薬を飲んだ相手は一生飲ませた相手にメロメロなのです」

「すごい!」

「ただしこの薬には弱点がありまして――……あれ? イービル様? あっ! 薬がない!」

 こうして、ピクシー博士の開発した惚れ薬による大騒動が始まろうとしていた。


 イービルが惚れ薬を飲ませたい相手といえば、当然アヤカシ堂の美人店主――天馬百合である。

 しかし彼は百合に完全に警戒、なんなら嫌悪すらされていた。

 地元の子供に何度か結界のかなめ石を壊させて神社に侵入したこともあったが、その要石も容易に見つからない場所に移動された様子である。

 なので普通に石段で昇ることにした。鳳仙ほうせん神社の石段は神社に悪意を持っているかどうかで石段の数が変わると町の人間には怪談じみた話として不気味がられているが、まあそれはそれ。

 神社の意思は、どうやらイービルを悪意持つ者とはカウントしなかった(むしろ面白がってすらいる)ようで、五百段ほどで境内けいだいに到着した。

「ゲッ! イービル!」

 境内のき掃除をしていた虎吉に発見される。

「しーっ、僕が来たことは内緒だよ半妖くん」

「何しに来やがった! 帰れ! 神社の意思は仕事しろ!」

「何騒いでんだ、うるせーぞ」

 そこへ、遊びに来ていたクラウドも現れる。

「……チッ、いけすかねえ吸血鬼の匂いがしやがる」

「そういう君は狼男だね。君とは相容あいいれそうにないけど……まあいいや。僕忙しいからまたね」

 クラウドを軽くいなして、イービルは社務所に入ろうとする。

「待て、お前うちに何の用だ」

「ん? 別に~? 店長さんに差し入れしようと思って~」

 そう言って、イービルは手に持ったペットボトルを見せる。

 ペットボトルに満たされた、ピンク色の液体。デジャブ。

「――それ、惚れ薬だろ!」

「はぁ!? ほ、惚れ薬!?」

 虎吉のツッコミに、クラウドは動揺した声を上げる。

「なーんだ、もうバレちゃった」

「てめぇ、それ店長に飲ませる気か! お前に倫理観はないのか!?」

「別に? 店長さんが僕に惚れてくれるという結果がともなえば万事オッケーじゃない?」

「この人でなし!」

「人じゃないからねえ」

 イービルはすまし顔でまったくこたえていない。

「そ、それ俺によこせ! 百合姉は俺のもんだ!」

「クラウドまで何言ってんだ!? これは没収して捨てさせないと大変なことになるぞ!」

 虎吉、クラウド、イービルの三つ巴の戦い。誰が惚れ薬を手にするか。

「んも~、君たち邪魔しないでよね」

 突如、イービルの姿が霧散する。文字通り、霧に変身したのである。

「あっ、あんにゃろ、どこ行きやがった!」

「百合姉の元に行かないと! あんな奴に百合姉は渡さねえ!」

 虎吉とクラウドは社務所の中に駆け込んだ。


 一方その頃、社務所内の台所。

 烏丸鈴は朝食を作っているところだった。

 トントントン、とリズム良く包丁の音が響く。

 その背後では、霧となったイービルがうごめいていた。

 コトン、という音に、鈴が振り返る。

 台所に置かれたテーブルに、ペットボトルが置かれていた。その下敷きに、紙片が挟まっている。

「あれ? こんなの置いてあったっけ? えーっと……」

 鈴は紙片の文字を読む。

『店長へ いつもお疲れさまです。新発売のジュース買ってきたので良かったら飲んでみてください』

「……虎吉お兄ちゃんの差し入れかな? 直接渡せばいいのに。まあいいや、お姉ちゃーん」

「ん? どうした鈴」

 台所に隣接した居間から、百合が歩いてくる。

「お兄ちゃんがジュースくれたみたい」

「ふーん……牛乳と混ぜたら美味しそうだな」

 そう言いながら、百合はピンクの液体と牛乳をコップに半分ずつ入れる。

(よしっ、決まった!)

 物陰から、イービルはガッツポーズをする。

 そこへ、引き戸をガンッと音がするほど勢いよく開いて、虎吉とクラウドがなだれ込んでくる。

「店長! それ飲んじゃダメっす――!」

「ん?」

 時既に遅し、百合はグビグビと惚れ薬を飲んでいた。

「あ、ああ……そんな……」

「ふっはっはー! これで店長さんは僕のものだー!」

 霧の状態から人型に戻ったイービルは高笑いをする。

「さあ、僕の胸に飛び込んでおいでマイハニー!」

 イービルは上機嫌で腕を広げ、百合を招く。

 しかし。

「ホント、神社の意思って絶対面白がってるよな。こんなろくでもないものこそ、排除すべきなのに」

 百合はイービルの胸に十字架を投げつける。

 十字架はイービルの胸に当たり、ジュウッとイービルの肌を焼く。

「うあっちゃーーー!?」

 イービルは胸を押さえて悶絶もんぜつする。

「て、店長、まだ正気なんですか……?」

「イービルが惚れ薬を持ち出した時点で、何に使うか予想できてたからな。真っ先に私に連絡が入ったよ。この惚れ薬の欠点は『牛乳と一緒に飲むと無効化される』こと。どうも成分同士で反応を打ち消してしまうらしいが、難しいことは私にはわからん。何にしろ、牛乳は十勝とかち産が一番美味うまいな」

 何事もなかったように、百合は牛乳をグビグビと飲み干していくのであった。

 こうして、ピクシー博士の生み出した惚れ薬にまつわる騒動は収束した。

 このあと、イービルは百合からいつもよりさらに厳しい『お仕置き』を受けたらしい。


〈了〉

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