第12話 宝船市の七夕まつり

「♪竹に短冊たんざく 七夕たなばたまつり 大いに祝おう ろうそく一本くださいな♪」


 鳳仙ほうせん神社にいても、子どもたちの歌声が聞こえてくる。

 今日は七月七日、七夕の日である。

 宝船市では七夕の夕方から夜にかけて、小学生から大きくても中学生くらいの子どもたちが歌を歌いながら家々を訪れ、お菓子を受け取るという慣習がある。いわば夏のハロウィンだ。仮装はしないが。

「ろうそく一本くださいな」という歌詞の通り、昔はお菓子ではなくお盆に向けてろうそくを集めるという習わしがあったらしい。

「今年も下界は楽しそうですね」

「ふん、うちの神社には関係のないことだがな」

 俺の言葉に、店長は馬鹿らしいというように鼻を鳴らす。

「とか言いながら、うちの神社もささを飾ってるじゃないですか」

 宝船市の七夕まつりでは、子どもたちは玄関先に笹を飾っている家にしかお菓子を要求できない。

 つまり、笹を飾るということは子どもたちを迎えるという意思表示なのだ。

「店長、本当は子供好きでしょ」

「……うるさいな」

 笑いかける俺に、店長はバツが悪そうな、眉間にシワを寄せた顔をする。

「どちらにしろ、わざわざ石段を上ってまでこんな辺鄙へんぴな神社に来る子供はいないだろう。それより君は短冊でも書いたらどうだ」

「短冊?」

「笹に飾るものといえば願いを書いた短冊だろう」

 そう言って、店長は俺に御札のような縦長の紙を手渡す。

「まあ年に一度しか逢えない織姫と彦星に願い事を押し付けるなど気の毒な話だがな。ちなみに願い事の内容は『上達したいこと』を書くと叶いやすいらしいぞ」

 女神様の豆知識だ、と店長はふふんと笑う。

 そこへ、

「♪竹に短冊 七夕まつり 大いに祝おう ろうそく一本くださいな♪」

 という歌声が、社務所の玄関先から聞こえてきた。

「!」

 店長は目に見えて嬉しそうに、買っておいた駄菓子を持って玄関へ向かう。

 そのあいだに、俺は短冊を書くことにした。

「願い事かあ……」

 上達したいこと……は特にない。学校の成績は良くもなく悪くもなく、そもそも上を目指したいとも思っていない。

 運動は、半妖になってからは人間の頃より上達している。動体視力まで良くなっているくらいだ。半妖のままでいいんじゃないかと思えてくる。

 上達したいことに限定しないほうがいいかな。俺が叶えたいこと……。

 ……『店長とずっと一緒にいたい』は流石にド直球すぎる。短冊を見られたら恥ずかしい。

 うんうん悩みながら、俺は短冊に筆を滑らせていく。

「……うーん、こんなもんかな」

 書き終えた短冊を笹に飾ろうと玄関に向かうと、店長と幽子さんがいた。

「幽子……お前な……七夕まつりはどんなに大きくてもせいぜい中学生までだぞ? お菓子たかって恥ずかしくないのか?」

「ええやんええや~ん。お祭りはみぃ~んなで楽しんでこそやでぇ~? 百合ちゃんかてお菓子用意して待っとったんやろ? 親友と仲良くお茶会しようや」

「親友とお茶会……いい響きだな……し、仕方ないな、とりあえず上がれ」

 店長はやはり『親友』という言葉には弱いようである。

 幽子さんは俺とすれ違いざまに俺の持っている短冊を見て「へぇ……」と意味ありげに笑う。

「な、なんすか」

「いんや~? 虎ちゃんは可愛げあるなぁ思てなぁ」

「ああ、短冊書いたのか。その笹に吊るしておいてくれ。あとで女神パワーで叶えてやるから」

 店長は玄関の笹を指差して、何でもなさそうな顔でサラッと言う。女神パワーとは。

 幽子さんと一緒に応接室へ向かう店長を見送って、俺は笹を見上げる。

 天井まで届くほどの高さの笹に、既に短冊がいくつかぶら下がっている。鈴とかアヤカシ堂で働いている使い魔たちが書いたものだろう。

 興味本位で他の短冊を覗いてみると、『新作ゲーム機がほしい』だの『〇〇のお人形(フィギュア)がほしい』だの、まるでクリスマスである。っていうか妖怪ってゲームとかフィギュアとかわりとオタク趣味多いんだな……。

 俺はキョロキョロと周りを見回してから、ササッと短冊を吊るしてそそくさとその場を去り、店長と幽子さんのもとへ向かった。

 ――短冊には『アヤカシ堂のみんなとずっと楽しく過ごせますように』と書かれていた。


〈続く〉

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