29.奇襲作戦

「これは、軍団の編成を待っている時間がなくなりましたね、キースリー公爵様」

「……マイラ殿は先程の言葉について、なにか知っているのか?」

「当方にも似たような装備があります、とだけ伝えておきます。ですが、それも扱うにはカイトがいなければならないのです」

「……また、ご子息か。ご子息は一体、何者なのだ?」


 キースリー公爵様が、僕のことを聞いてくる。

 さて、母様はどこまで情報を明かすのか……。


「信じがたいでしょうが、カイトは複数の神様から神器を授かっております。ただ、カイトが授かった神器と同じような装備が、デミノザ神教国に存在しているものと思われるのです」

「……それは、あちらも神からの授かり物を使っているということか?」

「そこまではわかりません。ですが、この状況では、カイトがイシュバーンに戻り、夫や騎士団と共に戦う必要が出てまいりました」


 母様の説明を受け、キースリー公爵様たちは今後の対応について協議を始めた。

 伝令兵の話が事実であれば、フラウネッツ砦はすでに落とされている可能性もある。

 それならば、一刻も早くイシュバーンに援軍を送り、戦況を優位にする必要があるのだ。


 そして、問題なのは、僕の取り扱いだ。

 敵が狙っているのは、僕が持つ浄化の宝杖。

 いまは、杖だけを奪えばいいと考えているようだが、杖を手放すと消えてしまうことが知られれば、僕自身がターゲットになる。

 どちらにしても、盟友であるイシュバーン辺境伯の嫡男を戦場に送り返す、というのはキースリー公爵様には難しい話なのだ。

 妻や子息をかくまうように頼まれて、ここに来ているのだから。


「……念のため聞くが、カイト殿が戻ればイシュバーンは守り切れるのか?」

「正直、敵の戦力がどの程度のものなのかがわからないと、お答えできませんわ。ですが、戻らなければ、イシュバーンはすぐに落とされるでしょう」

「イシュバーンの領都には大魔法結界があったはずですが、それで防ぎきることはできないのですかな?」

「敵の戦力次第ですが、長くは持たないでしょうね。それに、獅子身中の虫がまだ残っている可能性もあります」

「……ってことは、やはりカイト殿を送り返して、イシュバーン辺境伯に頑張ってもらうしかないってことか」

「私にはそれが最善に思えます。カイトがあの鉄の馬車……旅立ちの轍に乗って全速力で移動すれば、半日でイシュバーンの領都までたどりつけるはずですし」

「イシュバーンまで半日だと!? それほどまでに、あの鉄の馬車は速いのか!?」

「ええ、カイトがいれば使える近道を通って、ですが」


 つまり森林地帯を真っ直ぐ抜けろ、そういうことだろう。

 そうしなければ、旅立ちの轍を使っても、二日くらいはかかってしまうからね。


「そんなに早く移動することが……その移動手段を借りることはできないのかね?」

「申し訳ありませんが、一定の条件がないと、動かせないのです。そして、公爵様はその条件を満たせないので……」

「いや、私ではない、ゼノスを連れていってもらいたいのだ」

「ゼノス様をですか?」

「ああ、ゼノスはここキースリー公爵領の最大戦力だ。けして足手まといにはならない。どうだ? なんとかできるか?」

「……ちなみに、ゼノス将軍の魔力量はどの程度なのでしょう?」

「だいたい3000だな。……これでも足りないか?」

「……半日全速力で移動するとなると難しいですね。あ、少々お待ちを」


 僕は意識を切り替えて、機装格納庫チャンバーへと移動する。

 そこで、旅立ちの轍の追加装備を確認してみた。

 するとそこには、旅立ちの轍で牽引できる追加車両が存在していた。

 この車両に乗れるのは、おおよそ五十人。

 まずまずの輸送能力ではなかろうか。

 旅立ちの轍本体で移動できる、十八名(運転席側に八人、荷台に十人)を考えれば、数倍の人数を連れていける。

 僕はすぐに機装格納庫チャンバーから、現世へと戻り、このことを告げた。


「ふむ、それでは、騎士を六十人までなら連れて行けるのだな」

「そうなります、公爵様。それから、一緒に来てくれる騎士の方には、僕から装備も支給させていただきます」

「先程話に出ていた、神々から授かったという装備か?」

「はい。慣れるまでが大変なのですが、慣れてしまえば、一般的な騎士にはかすり傷ひとつ負わなくなります」

「……それほどか。ゼノス、すぐに騎士を60人編成してくるのだ」

「承知いたしました」


 どうやら、こちらの運べる最大の人員をつけてくれたらしい。

 ……正直、イシュバーンから共にきた騎士たちは消耗しているし、今回の強行軍には連れて行くのは難しい思ってたんだ。

 キースリーで全員出してくれるというなら、それに甘えさせてもらおう。

 母様も止めも意見もしないということは、それで正しいのだろうし。


「キースリー公爵様、ありがとうございます」

「なに、イシュバーンが落ちれば、次はキースリーだからな。イシュバーンが健在な間に、かの侵略国家にはご退場願おうか」


 その後、同行する騎士の選抜に少し時間がかかるということで、ミーナたちの部屋へと一度戻ることに。

 そこで、母様から信じられない言葉が出た。


「母様も、戻るというのは本気ですか!?」

「勿論です。カイトだけを戦場に送ることはできません」

「ですが。ミーナはどうするのです?」

「……ミーナ、お母さんはしばらく留守にするわ。いい子で留守番していてくれるわね?」

「……うん、わかった。早く帰ってきてね、母様、兄様」


 ミーナが止めないのであれば、母様を止められるものは誰もいない。

 母様が一緒に来るのは決定かな。


「ミーナの警護はケイン、あなたに任せましたよ」

「承知しました奥様。しかと守ってみせましょう」

「よろしい。それと、エアリス。あなたもミーナのことを気にかけてあげてくれますか?」

「……承知しました。今回の戦に私が同行するのはできません。こちらで精一杯頑張らせていただきます」

「結構です。……カイトもよろしいですね?」

「わかりました、母様。ただ、無理だけはなさらぬよう」


 こちらの出発の準備が整ったところで、キースリー側の準備も整ったと連絡が入った。

 出迎えてくれた兵士に案内されて、着いた先は練兵場。

 そこに、屈強な騎士が六十人揃っていた。


「マイラ様、ご希望の騎士六十人、そろえましたぜ」

「ありがとうございます、ゼノス将軍。カイト、これから行うことの説明を」

「はい。まず、皆様には――」


 騎士たちに説明をして、まずは円環の理を身につけてもらう。

 それを装備して、魔法の効果が上がったことを確認してもらったら、今度はアーマードギアを配布する。

 アーマードギアの動かし方は、初めて身につけたときに、直接覚えることができるので、説明は必要ない。

 ただ、テンションの上がった騎士たちが縦横無尽に駆け巡っているが。

 ゼノス将軍もそれに混じってるあたり、相当楽しいんだろうな。


 やがて、改めて全員が整列して、今後の予定を確認する。

 まずは、普通の馬車でキースリー領都の外まで移動、その後、旅立ちの轍を使って移動を始める。

 旅立ちの轍で森の中を一直線に走り抜けることを説明したら、否定的な声がかかった。

 だが、神の力で森の木々がどいてくれるといえば、その声も渋々ではあるが治まった。

 アーマードギアの件で、神の装備というのが自分たちの想像を超えるものだと理解してくれたのだと思う。


 これからイシュバーンに向けて全速力で向かうと、到着は明日の夜明け前になる。

 騎士の皆には、旅立ちの轍の中でゆっくり休んでもらい、夜明けとともに奇襲をしかけることになった。


 そうと決まれば、早速出発だ。

 街の外まできたら、旅立ちの轍を呼び出す。

 今回は追加装備の『トレーラー』とやらが着いている。

 見た目はたくさんの車輪が付いた巨大な箱だが、扉を開けてみると、五十人分の椅子が用意されていた。

 キースリーの騎士たちは、少し不安そうにしながらもトレーラーに乗り込んでいく。

 そして、ゼノス将軍を始めとした隊長格十名が旅立ちの轍の後部格納庫に乗り込んだ。

 運転部分に乗り込むのは、僕と母様のふたりだけ。


 なにはともあれ、出発準備ができたので旅立ちの轍に魔力を流し、移動を開始する。

 最初は後部格納庫のほうからどよめきが上がったが、いまは関係ないので無視して森へと真っ直ぐ全速力でつっこんでいく。

 木々にぶつかりそうになった直前、目の前にあった木が横にずれて道ができる。

 森の中とは思えない平坦な道程に、後部座席に座っていた騎士たちは外の様子を見て驚愕の表情を浮かべていた。

 おそらく、トレーラーに乗っている騎士たちも似たようなことをしているだろう。

 そして、そのまま何事もなく森の中を突き進み、イシュバーン辺境伯領に到着、領都イシュバーンの手前の森の中で停止した。

 遠目に、デミノザ神教国の旗を立てた野営地の存在が確認できる。

 やはり、すでにフラウネッツ砦は落とされていたのだ。


「いやあ、この旅立ちの轍、ですか? 本当に便利な代物ですね。あの速度で森の中を突き進めるなんて」

「あくまでもカイトがいる場合だけの能力ですよ、森の中を走れるのは」

「そうなんですね。……マイラ様、カイト様。こいつを一台譲ってもらうことは……」

「できませんね。あまり数がないので……」

「ですよね。いや、変なことを聞いて申し訳ない。騎士たちにはひとまず体を休めろと命じておきました。……まあ、快適な旅だったので、そんなに疲れていませんが」


 騎士たちいわく、揺れも少ないし、お尻も痛くならない、最高の移動だったそうだ。

 いまは、思い思いに休憩を取ったり、携帯食で腹を満たしたりしている。


「それで、予定は変更なしで大丈夫ですね?」

「はい。明日の未明、アーマードギアを身につけた騎士たちで相手本陣へ強襲をかけてください。アーマードギアがあれば、たいていの攻撃は無力化できますが、もしアーマードギアの防御力を上回るような敵がいた場合は、慎重に行動してください」

「わかりました。……マイラ様とカイト様はどうするんです?」

「私たちは私たちで攻撃をしかけます。アーマードギア以上の戦力もあるのですよ」

「……まあ、そうでしょうな。カイト様には傷をつけられない、という制約があるとはいえ、これだけの装備を気前よく貸してくれるのは、それ以上のなにかがあるってことでしょうし」

「もっとも、私たちも、そちらを扱うのは初めてなのですよ。うまくいくといいのですが」

「まあ、なんとかなるでしょう。あれだけの神器なんですからね」

「……それなのですが、デミノザ神教国にも『聖鎧』という、似たようなものがある可能性があります。そちらを装備した騎士がいるかもしれません。十分にご注意を」

「わかりました。明日の先陣は俺にお任せください」

「頼みましたよ、ゼノス将軍」


明日の予定を確認し終えた僕たちは、それぞれ仮眠を取ることにした。

緊張と興奮で眠れないかと思っていたが、そんなことはなく、ゆっくり眠ることができた。

そして、作戦決行のときが迫ってきた。


「いいか、野郎ども。ここイシュバーンが攻め落とされちまったら、あの侵略国家はゼファー王国を食らい尽すだろうよ。つまり、ここで防衛できるかどうかが勝負だ。俺たちには神の装備がある。えーと……」


 ゼノス将軍が言いよどんだので、助け船を出す。


「アーマードギアは軍神マルス様の機装です」

「軍神マルス様の加護が宿った鎧だ。その性能を信じて、一気に相手本陣を叩きつぶし、将軍首を上げるぞ!」

「「「おう!」」」

「さあ、いくぞ! 全員、突撃!!」


 アーマードギアの魔導ブースターを全力で発動させ、文字通り矢のごときスピードで敵本陣へと飛び出していった騎士たち。

 魔導ブースターは普段あまり音がしないのだが、さすがにあの出力で発動させ、しかも六十人もいるとなかなかの爆音だ。

 当然敵にも気付かれるが、あちらが臨戦態勢を取ろうと警鐘を鳴らし始めたころには、すでに騎士たちが本陣奥深くに飛び込み、戦闘を始めていた。

 ここからでは、様子を窺うことができないけど、時折、派手な魔法も飛び交っているあたり、かなりの激戦になっているのだろう。


「カイト、私たちもそろそろ出撃準備をしますよ」

「わかりました。コール、ライフミラージュ、ナンバーワン」


 まだ、敵陣からは確認出来ないであろう、森の中。

 ライフミラージュが姿を見せる。

 膝をついて、姿勢を低くしているため、周囲の木々よりも体勢は低くなっている。

 そんなライフミラージュの操縦席に僕は乗り込んだ。

 操縦のたまには、アーマードギアが必須なので、そちらも勿論装着している。

 そして、サブの操縦席にはアーマードギアを装着した母様が乗り込んだ。

 サブ操縦席は、魔法による援護専門の操縦席だ。

 もし、メイン操縦席の人間が操縦できなくなった場合は、例外的に操縦できるらしいが、基本的には、自由に魔法を扱うだけの操縦席だ。

 流れ込んでくる操縦のための情報を一通り確認し、起動の準備は終わった。

 さあ、僕たちも『戦争』を始めよう。


「母様、準備はよろしいですか?」

「ええ、勿論ですよ。……夫より先にライフミラージュに乗ったとしれれば、ヤキモチを焼かれるかもしれませんね」

「それは母様がなんとかしてください。……さあ、いきますよ!」


 ライフミラージュを起動して、その魔力で武器……両手剣をまず作り出す。

 ライフミラージュにも勿論搭載されている魔導ブースターを稼働させて、敵陣まで一気につっこんでいく。

 敵陣内に入ったら、すぐに、両腕に装着されている、魔導バルカンとやらで、兵士や騎士を撃ち抜いていく。

 また、母様も機装の力で増幅され、規模の大きくなった魔法で、敵の本陣をバンバン破壊している。

 キースリーの騎士たちもそれぞれ、敵騎士たちを倒していっているようだ。

 おおよそ、奇襲作戦は成功、そう思っていたとき、ライフミラージュに巨大ななにかをぶつけられ、後退してしまう。


『……ちっ! なんで、神の加護を受けていやがらない、ゼファーの連中が『機人』を持ってやがる!?』


 僕たちの前に現れたのは、僕の操るライフミラージュよりも少し大きめな、金属で作られた人型だった。

 それは、ライフミラージュにある程度酷似しており、これが、伝令兵の言い残した敵であることは間違いなかった。


『まあ、いい! メイガスⅡ型、ギガス! てめぇをぶっ壊して、次はイシュバーンだ!』


 あちらは、僕たちのことを戦闘相手として認識したらしい。

 どうやら、あれを破壊しない限り、こちらの勝利にはならないと思う。


「カイト、あれは倒さねばならない相手です。覚悟はできていますか」


 覚悟。

 それは不思議と、心の奥底ですでに形成されていた。


「大丈夫です、母様。一気に倒してデミノザ神教国軍を蹴散らしましょう!」

「その意気です、カイト。私も援護します。さあ、親子での初戦闘ですよ!」

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