28.会談

「夜分遅くに申し訳ありません、キースリー公爵」

「なに、まさか『聖戦』をしかけられるとは思いもしませんでしたし、いち早く知らせてくれたこと、感謝いたしますぞ」


 夜遅くのキースリー公爵邸。

 ここでは、現在キースリー公爵様と母様による会談が行われている。

 出席者は、キースリー公爵家からはキースリー公爵様と家宰、先程も一緒だったゼノス将軍、そしてイシュバーン辺境伯家からは母様と僕のふたりだ。

 室内には警護の騎士たちもいないし、室内には盗聴防止のための結界が張られている。

 なおケイン先生は、ミーナが疲れのためか、少し発熱して倒れてしまったため、エアリスと共にそちらにいる。


「それにしても、ケイン殿をお嬢様の護衛につけるとは……。そこまで、我が家は信用なりませんかな?」


 あちらの家宰が、少し皮肉めいたことをいう。

 本来ならば、この会談には僕ではなくケイン先生が適任だったであろう。

 だが、先程も述べたとおり、ケイン先生はミーナ、およびエアリスの護衛に就いている。

 最高戦力が護衛に就いているとなれば、相手のことを信用していないと暗に示しているようなものだろうね。


「申し訳ありません。これは、キースリー公爵様を信用していないのではありません。むしろ、身内で信用できるものがケインのみしかいない、というのが実情なのです」

「ふむ。その話、詳しく聞かせてもらえるか?」

「はい。実は……」


 キースリー公爵様は、母様の話が気になったようだ。

 母様はここに来るまでの道中、デミノザ神教国の刺客から襲撃があったことを説明した。

 その際に、こちらが連れてきていた騎士のひとりが裏切ったことも隠さずに話している。

 そのため、現状では、一緒に来ている騎士たちを無条件に信用することができない、そう告げた。


「なるほど。そういう事情があったのであれば、ケイン殿が護衛に就くのもやむを得まいか」

「そうですな。我が家のものを護衛に、というわけにもいかぬでしょう」

「しかしそうなりますと、デミノザ神教国の刺客というのが、どこから侵入してきたのかが気になりますな。イシュバーンのフラウネッツ砦が落とされていないのであれば、デミノザ神教国からイシュバーン領内に侵入することは不可能でしょう。隠密の類いが秘密裏に潜伏していたならまだしも、今回は騎士による襲撃とのこと。そうなると、どこから来たのか、ということが重要になるでしょうな」


 キースリー公爵様、家宰、ゼノス将軍とそれぞれ意見を述べる。


「申し訳ありません。せめてひとりでも捕虜にできれば、口を割らせることができたかもしれませんのに……」

「いや、これはイシュバーンの手落ちではなかろう。口の中に、即効性の致死毒を仕込んでいたのでは対処のしようがない」

「……せめて、すぐに効果を発揮するタイプの毒でなければ、治療できた可能性があるのですが……」

「ほう。今回の旅には、それほどの治癒術士が同行しているのかね?」


 キースリー公爵様は、なにかと好奇心が旺盛なようだ。

 気になったことは、すぐに聞いてくる。


「……そうですね。今回、『聖戦』をしかけられた理由でもありますし、ご説明させていただきます。カイト」

「はい、母様。コール、浄化の宝杖」

「なっ? なにもない空間から杖が現れただと!?」


 キースリー公爵様たちは、この現象にかなり驚いている様子だ。

 そして、僕が浄化の宝杖の効果を説明すると、今回の事態に至ったことを納得していただけたようだ。


「このような杖があれば、あの強欲な国のことだ、戦争をしかけてでも手に入れたがるだろう」

「それにしても、その浄化の宝杖でしたか。それが、カイト殿の手を離れると消えてしまうというのは本当ですかな?」


 キースリー家の家宰が、先程説明した内容について確認してくる。

 実際に試してみるということになり、僕が家宰に杖を渡したが、僕の手から離れて数秒で浄化の宝杖は消えてしまった。


「なるほどな。これでは、杖そのものを奪うことは不可能だな」

「そうなりますな。あとは、カイト殿を直接連れ去るしか方法はありますまい」

「ですが、それは難しいのでは? 対立している貴族家、それも嫡男を連れ帰るなど、後々の禍根となりましょうぞ」


 話し合いは、キースリー公爵様たち三人がメインとなって進められた。

 実際、僕はどのようなことを話せばいいか、よくわからないし、母様は母様で余計な口出しは避けているのだろう。

 時折キースリー公爵様からの質問に答える、そん程度の発言に留めている。


「ふむ。やはり、イシュバーンが落とされないうちにキースリーから援軍を送るのが吉、か」

「そうなるでしょうな。奴らの狙いがここにあることを差し引いても、天然の要衝に守られたイシュバーンを失うことは、非常に危険です。奴らはイシュバーンを足がかりにゼファー王国、ひいては、フレアガルド連合王国にその手を伸ばしてくるでしょう」


 ゼファー王国というのは、イシュバーンやキースリーが所属している国家である。

 国の規模としては中堅クラス、と習っているが、それに比べて騎士や兵士の練度および士気は高いらしい。

 また、穀倉地帯にも恵まれており、海に面した地方もあるため、塩も国内で入手できる。

 砂糖や香辛料は、国内でほとんど生産できないため高めの値段だが、それ以外の食生活に必要なものはかなり安めの値段で取引されている。

 つまりは、かなり恵まれた国、というわけだ。

 それに、ここ三代の国王は公共事業による治水や道路の整備、魔道具開発による衛生環境の充実など、国民生活の安定と向上に力を入れてくださったらしく、王家も盤石である。


 また、フレアガルド連合王国は、ゼファー王国も含めた数々の国が協力し合い成り立っている国家群である。

 この世界の名前である『フレアガルド』を名乗るだけあり、その総面積はとても広い。

 ただ、ゼファー王国の様に富める国もあれば、痩せた大地しかなく貧困にあえぐ国もあり、その調整に苦労している、と本には書いてあった。


 そして、デミノザ神教国がゼファー王国になかなか攻め入ってこないのかというと、両者を隔てる自然環境が起因しているとのことだ。

 まず、正規ルートだが、これはイシュバーン領を通らねばならず、その上、両側を断崖絶壁に挟まれた、フラウネッツ砦を通過せねばならないために、かなり難しい。

 次に考えられるのは、岩山を越えて進軍してくるルート。

 だが、こちらも、道なき道を歩かねばならず、人ひとりが通ることすら難しい崖を何カ所も通り抜けないとイシュバーンにはたどりつけない。

 そのため、ごく少数の諜報員が抜け道として使っている可能性はあるが、軍隊が通れるような場所ではないらしい。

 なにより、軍隊が機能するために必要な糧秣を運ぶことができない、これが最大の問題だと習っている。

 最後は、デミノザ神教国から見ると、東側にある大樹海を抜けて進軍してくるルートだ。

 このルートも、僕が読んだ本では現実困難な方法として説明されていた。

 まず第一に、デミノザ神教国からイシュバーンまでの間は、大樹海の奥地を通らなければ到達できないため、魔物や魔獣との戦いで相当な被害が予測される。

 次に、大樹海は荷馬車が通れるような場所ではないため、岩山超えと同じく、糧秣を運ぶのが難しい。

 最後に、例えイシュバーン側に抜けることができたとしても、イシュバーンはそこにも駐屯地を設営しているため、秘密裏に攻め込むことは難しいとのことだ。

 勿論、この世界にはマジックバッグという、見た目よりも大量の荷物を運べる魔道具も存在してはいる。

 ただ、これらの品は高価であるために、一か八かの賭けになる岩山超えや大樹海超えにはあまり使えないのだとか。

 過去には、一般騎士を百人以上倒すことができる程の強者つわものを送り込んできたことがあったらしいが、結局は補給ができずにイシュバーンの騎士団に討ち取られたらしい。


「うむ。それでは、イシュバーンに向け増援を送る。これで問題ないな」

「それが、我が領にとっても最善の道かと」

「はっ。承知いたしました」


 キースリー公爵様たちの意思は決まったようだ。

 あとは、どれだけの戦力を連れてきてくれるか、だな。


「それで、マイラ殿。増援としては、どの程度の戦力がほしいのかね?」

「申し訳ありません。今の段階では、わからないとしか答えられません。私どももフラウネッツ砦が襲撃されたことを聞き、すぐにこちらに向かったため、どの程度の戦力で攻め込んできているのか、情報がないのです」


 そう、最大の問題は、僕たちが敵の兵力について、なんの情報も持ち合わせていないことなんだ。

 増援が多ければ多いほど、糧秣を消費してしまうし、増援が足りなければ、砦を守り切れない。

 最適な数というのを考え、増援部隊として派兵しなければいけないのだ。


「敵勢力の情報については、わかり次第、伝令兵と伝書鳩を出す、と言われましたが……」

「まだ届いていないということは、マイラ殿たちと同じように途中で襲撃に遭ったか、戦力の全容がまだつかめていないのか、か」

「……だが、このまま手をこまねいてるわけにもいきますまい。旦那様、先遣隊として二千名ほどを送ってはいかがでしょう?」

「そうだな。それくらいの人数が妥当か。……ところで、話は変わるが、マイラ殿たちがここまで乗ってきたという鉄の馬車。あれを借りることはできないのか?」


 キースリー公爵様も旅立ちの轍には興味があるらしい。

 さて、母様はどう答えるのか。


「申し訳ありませんが、あれはここにいるカイト、あるいはケインがいないと動かせないのです。また、ケインでは魔力量が足りず、一日に四時間程度しか動かすことはできません」

「……そうか。衛兵から聞いた話では、馬車に比べて非常に速い速度で走っていたので、もしやとは思ったが、そのような制約があるのでは、使えんなぁ」

「イシュバーン伯が守ろうとしたカイト殿を、また戦場に連れて行くのは危険というものですな」

「それ以前に、そのようなことをすれば、キースリーの沽券こけんに関わります。その案は最終手段でしょう」


 どうやら、旅立ちの轍を使うことは諦めてくれたようだ。

 キースリー公爵側の三名と母様は、先遣隊の準備などについて話し合いを続けている。

 僕は、さすがにその話し合いには参加できないので、内容を聞くだけに留めているが、その話し合いをひっくり返すような情報が飛び込んできた。


「会談中失礼いたします! イシュバーンからの伝令兵が到着いたしました!」

「本当か! すぐにここに連れてきてくれ!」

「……それが、キースリーにたどり着いた時点で、すでに致命傷を負っており、詳しい戦況は聞けずじまいだったようです」

「……なんと。それで、その伝令兵から聞けた内容というのはどのようなものだったのだ?」

「はい……その、なんといいますか……」

「どうした? 早く説明せよ」

「はっ。にわかには信じがたいのですが、『砦の防壁ほどの巨大さを持つ鉄の騎士が攻め込んできた』とだけ、言い残したようです」


 その言葉に、僕と母様は顔を見合わせることになった。

 まさか、デミノザ神教国にもライフミラージュ、あるいは、それの類型があるのだろうか?

 もし、その伝令の内容が本当なら、僕がイシュバーンに戻らない限り、イシュバーンを守ることはできなくなった。

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