27.キースリー公爵領到着
「まず大前提として、いまの状況下では誰を信用していいのか、わかりません」
今後の予定を打ち合わせる会議上で、母様がいきなりの爆弾発言をした。
「裏切っていた騎士、マイトもいままでの実績から考慮して、今回の護衛役に就いていたのですよね、ケイン?」
「はい。面目次第もございません」
「……あなたへの懲罰は、一時保留とします。カイトから与えられた機装を扱いこなせる騎士、そんな人材をいまの時点で処分するわけにはいきません」
「ご厚情、ありがとうございます」
「よろしい。それでは、改めてここから先の予定を立てます」
ケイン先生とのやりとりを終えた後、母様が改めて皆を見渡し話を始める。
「先程申しましたとおり、マイトの一件がある以上、皆を信用するのは難しくなりました。彼も、いままでは熱心な騎士団員だったわけですから」
その言葉に反論できる者はいない。
ほとんどの騎士は、最初の一撃で戦闘不能状態に追い込まれていたとはいえ、僕の治療が間に合って死者が出ることはなかった。
だが、逆を返せば、八人もの人間が同時に戦闘不能に追い込まれたのに、誰ひとりとして死ななかったのだ。
なにか裏がある、そう考えるのも無理はないだろう。
騎士たちの側も、初手でいきなり行動不能に追い込まれたこと、信頼していた仲間から裏切り者が出たこと、実際に誰ひとりとして死なずに生き残れたこと、これらを総合的に考えると、誰か裏切り者がまだ混じっていてもおかしくないのだ。
僕ら全員が、裏切り者がいるのか、誰が裏切り者なのか、という疑心暗鬼に駆られてしまっていた。
「……そう、お互いににらみ合うのはおやめなさいな。今後の件については、考えがあります。カイト、アーマードギアはあと何領作ることが可能ですか?」
「少々お待ちください、母様。……っ! これは……?」
母様の質問に意識を
そのコスト量をみて、一瞬驚きの声を上げてしまった。
「カイト、なにか問題でもありましたか?」
「……いえ、多きな問題はありません。アーマードギアでしたら三十生成可能です」
「……わかりました。それでは、ここにいる騎士全員分のアーマードギアを用意しなさい。……そうそう、円環の理を持っていない騎士には、そちらを用意するのを忘れずに」
「承知しました。でも、母様、一体なんために?」
僕の問いかけに母様は、一呼吸置いて返答してくれた。
「機装を身につけている者は、カイトを害することはできないのでしょう? それならば、この中にまだ裏切り者が混ざっていたとしても、実行に移すことは不可能です」
「……なるほど、アーマードギアを戦闘力の向上ではなく、拘束用の道具に使うのですね」
「可能ですか、カイト?」
「おそらくは。とりあえず、円環の理とアーマードギアを量産してきます」
僕は
ここで気になったのは、アーマードギアの最大製作個数が500と限られていたことだ。
気になって、ほかの機装も調べてみたが、浄化の宝杖は前教えてもらったとおり1つだけ、ライフミラージュは全部で5台まで、旅立ちの轍も3台までとなっている。
アーマードギアの最大数はかなり多いので、あまり気にしなくてもいいかもしれないが、それ以外は注意が必要かな?
「丁度いいところにいてくれたね、カイト。説明したいことがあったんだよ」
「……相変わらずいきなり現れるね、ロキ。今日の用事はなんだい?」
ロキの行動が読めないのはいつものことだから、気にしないことにして、今日はなんの用事で現れたのだろう。
「今日の用事っていうのは、コストの話さ。……さっき、君に敵対していた騎士たちをかなりの数
「……やっぱり、コストがいきなり増加していたのは、そういうことだったのか。コストは魔物を倒さないと増えないんじゃなかったのか?」
「例外があるんだよ。君に向けて明確な殺意を持っている人間、それを返り討ちにした場合もコストが貯まるようになっている。いってみれば、邪心を抱いていた人間の魂を吸収している、といったところかな?」
死者の魂を吸収か、なんだかぞっとしないな。
軽く身震いしながらも、僕はロキとの会話を続ける。
「それって、神様的に問題はないの? 魂が吸収されるとか、かなり問題のような気がするけど」
「ああ、それは大丈夫だよ。吸収された魂は、コストとなる邪心だけ吸い取られて、輪廻の輪に戻るから。なので、対人戦でも気にせずにソウルイーターを使ってくれて構わないぜ? 普通の装備を相手にするんじゃ、強力過ぎる武器だけど」
確かに、今日の斬り合いでは、相手の剣や鎧をほとんど抵抗なく切り裂いていたなぁ。
勿論、鎧の内側にある、相手の肉体もすんなりと切り裂いた。
「こんなところで、君に死なれるのは不本意だからね。頑張って生き残ってくれよ。それじゃ、またね」
告げたいことを話し終わったロキは、一方的に話を切り上げて姿を消してしまった。
……今更、ロキのことを考えても仕方がない。
母様に依頼された、円環の理とアーマードギアの量産をしてしまおう。
円環の理とアーマードギアの準備ができたら、ケイン先生が騎士ひとりひとりに円環の理を身につけさせて、アーマードギアを装着させていった。
僕とケイン先生も、まだアーマードギアの装備を解除していないから、全部で十一名のアーマードギアを装着した人間が、この場に集まっていることになる。
そうこうしている間にも、アーマードギアの機能についてケイン先生は説明していた。
早速、アーマードギアを使った場合の動きを確認する騎士がほとんどなあたり、熱心なことだ、と考えておこう。
「……さて、アーマードギアの使い方はわかりましたね。今後、キースリー公爵家に向かうにあたり、その鎧の着用を義務化いたします」
母様がとんでもないことを言い出した。
確かに、防御力を考えればそれでいいんだろうけど、かなり無理のある発言だ。
「アーマードギアは、カイトを傷つけるためには使用できません。万が一、まだ裏切り者が混じっていたとしても、その行動は大きく制限されるでしょう。また、アーマードギア同士の戦いであれば一方的な戦いにはなりません」
これは事実だ。
実際に、僕やケイン先生、ミリアムさんなんかは、アーマードギアを使った実戦訓練をしたことがある。
アーマードギアは、一定以上のダメージを受けると崩壊して消えてしまうことがそれで確認されていた。
「そしてここからキースリー公爵領へは、旅立ちの轍を使って進みます」
「奥様、旅立ちの轍とは一体?」
「アーマードギアのようなものだと考えなさい。ともかく、カイトが神から授かった機装を使い移動します。ケイン、ここからですと、キースリー公爵領の領都まで、どれくらいで着くと思いますか?」
「カイト様がその能力を使って飛ばせば、三時間ほどで到着するでしょう。ですが、いきなりあのようなものに乗って現れては警戒されるのでは? それに、アーマードギアを装着しているということは、完全武装に等しいですぜ?」
「そこは私がなんとかします。これでも、辺境伯の正妻ですからね。……まあ、側室はいませんが」
とりあえず、方針は決まったようだ。
どちらにしても、旅立ちの轍を使うというのは外せないことだったのだろう。
なぜなら、最初の弓による攻撃で、すべての馬が絶命していたからだ。
これで、歩いて移動となると、まだ数日はかかるはずだし、追っ手の存在が恐い。
森の中を突っ切ることができて、最高速度も馬車の数倍もある、旅立ちの轍はその真価を十分に発揮してくれるだろう。
「これで話は終わりです。カイト、旅立ちの轍の準備を」
「はい。コール、旅立ちの轍、ナンバーワン」
僕の呼びかけに応じて旅立ちの轍が姿を現す。
最初は騎士たちが、全体を金属で覆われている異様な車体に驚いていたが、すぐに落ち着きを取り戻す。
「騎士たちは馬の処理や馬車の破壊など、偽装工作を行ってから、後ろの荷台に乗りなさい。カイトは御者席に、ケインとエアリスも前部に乗り込みなさい」
「承知しやした」
「……はい。かしこまりました」
母様の指示に従い、それぞれが旅立ちの轍に乗り込む。
だが、エアリスの顔色がすぐれないようだ。
「エアリス大丈夫か? 顔色が大分悪いけど……」
「はい、申しわけありません。……このような戦場にきたことは初めてですので……」
「ああ、そうだよね。エアリスがこんな戦場に立つことなんてありえないよね」
「……母様から、短剣術を学んでいたのに、なにもできませんでした。そればかりか、カイト様から専用のアーマードギアを頂いているのに、それすらも装備していませんでした。……本当に、私はなにもできなかったのです」
青い顔をしたまま、うつむくエアリス。
これは励ましておかないと、いろいろ問題になりそうだよね。
「エアリスは、人間相手の実戦は初めてだったんだから、仕方がないよ。僕とは違って、人を殺す覚悟ができていたわけじゃないだろうし」
「ですが、カイト様はいまでも平然としています。……私は、なにもできていないのに」
……そんなことを気にしていたのか。
これは、行動でわからせたほうがいいかな。
「エアリス、僕の手を握ってご覧」
「え? カイト様の手をですか?」
「ああ、さあ早く」
「はい、失礼いたします。……カイト様、震えているのですか?」
「ああ、僕だって、初めて人間を殺したんだ。恐くもなるよ。人型の魔物を相手取ったことは何度もあるけど、そういった連中とはまったく異なる、なんというか、粘り着くような殺意が常にまとわりついてきていたからね」
僕も怯えていた、その事実が伝わると、エアリスの表情も少しやわらいだ。
「……カイト様でも、怯えていたんですね」
「まあ、そうなるかな」
「……わかりました。今度からは、きちんと覚悟を決めて戦場に向かいます」
エアリスがなんだか大層な決意をしたようだけど……それって侍女のすることだろうか?
「エアリスは、普段、安全な場所にいてくれて構わないんだぞ? お前はあくまでも侍女なんだから」
「それを言い出せば、母も奥様の侍女ですが、ボディーガードでもあります。私の目標は母なのです」
確かに、その通りかもしれないな。
目標があるってことは、いいことだろう。
普通の侍女じゃないんだけど。
「……まあ、とにかく、いまは旅立ちの轍に乗ってくれ。騎士たちの偽装工作も、そろそろ終わるみたいだから」
「はい、わかりました。……ありがとうございます、カイト様」
「気にすることはないさ。俺とエアリスの仲なんだからさ」
「はい、そうですね。それでは、お先に乗らせていただきます」
それだけ告げると、エアリスは旅立ちの轍に乗り込んだ。
そして、偽装工作を終えた騎士たちが続々と、旅立ちの轍の荷台に乗車し始める。
最後のひとりが乗車したことを確認して、僕とケイン先生も旅立ちの轍に乗り込んだ。
「カイト、方角はわかっているか?」
「だいたいはわかっています。可能な限り森の中を突き抜けますので、サポートをよろしくお願いします」
「おう、任せろ。……ところで、アリス様は大丈夫なのかね?」
アリスはまだ四歳だというのに、あの凄惨な戦いを見ることになったのだ。
心身ともになにか影響が出ているかもしれない。
「そちらは、母様に任せましょう。僕たちは、一刻も早くキースリー公爵領へ向かいましょう」
「そうだな。それじゃあ出発だ。……最初は右手の方向だな」
「わかりました、これくらいですか?」
「そんな感じだ。そのまま前にしばらく突き進め。街道に出るはずだ。そこから先は街道を突っ走ったほうが早いだろう」
「はい。それでは発進します」
僕たちを乗せた旅立ちの轍は、全速力でイシュバーンからキースリーへと駆け抜けていった。
途中、遠目にキースリー領の街が見えたりもしたのだが、僕たちの目的地は、あくまでもキースリー公爵が住む領都だ。
それ以外の街は無視して、旅立ちの轍が爆走する。
旅立ちの轍は、多少道が悪くても、お構いなしに走り続けることができた。
そして、出発してから、約三時間後、目的地である、キースリー公爵領の領都、キースリーへと到着できた。
「止まれ! そこの怪しい……馬車よ! ここがキースリー公爵様の街と知っての行いか!?」
衛兵に止められるが、こればっかりは仕方がないだろう。
謎の金属でできた、馬のない馬車が猛スピードでやってきたのだ。
これで警戒するなというのがおかしい。
「私は、イシュバーン辺境伯の正室、マイラ=イシュバーンです! 本日は火急の知らせを持って参上いたしました!」
この場では、全員のまとめ役である母様が、旅立ちの轍からでて、衛兵と交渉する。
だが、自分では判断できないと知った衛兵は、上の者を呼んでくるということで、しばらくこのまま待機しているように命じられた。
僕たちとしても、敵対するわけにはいかないので、大人しく、相手の対応を待つ。
しばらくすると、身なりのよい服に身を包んだ初老の男がやってきた。
そして、その人物がやってきたことを確認すると、母様も再び旅立ちの轍から降り、その人物の元へと向かう。
「見慣れない、謎の馬車に乗ってきた人物がいると聞きましたが、まさかマイラ様だったとは、驚きですな」
「お久しぶりです。ゼノス将軍。おかわりはありませんか?」
「ええ、元気そのものですよ。……さて、このような時間に、あのような不可思議なものに乗ってやってきたのです。相当、大事な用事があるのでしょうな」
「はい。デミノザ神教国が、我がイシュバーン辺境伯領に『聖戦』を仕かけてきました。それも、戦闘開始してから宣戦布告を送らせ、届けるような形で」
「……ついに、あの国が暴走を始めましたか。詳しい話は、然るべき場所でお伺いしましょう。……あの、馬車のようなものは動くのですかな?」
「はい、大丈夫ですよ」
「それでしたら、このまま、領都内に入っていただいて結構です。入口すぐの馬車止めに、止めておくことにして頂きたいのですが……」
「それでしたら、大丈夫ですよ。しまうことができますので」
「……なるほど、あれは神器の類いですか。詳しい話は聞きますまい。ともかくこちらへどうぞ」
……どうやら第一目標であった、キースリー公爵領の領都に到着することはできたらしい。
今後どうするかは、このあとの対談次第だけど、少しは落ち着けるだろう。
エアリスとか、緊張でガチガチだったからね。
逆にアリスは、割と余裕があったように感じるけど……まあ、いいか。
さあ、ここからが、正念場だ。
なんとしても、キースリー公爵から増援を引き出さないと……。
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