25.『聖戦』

 なんの前触れもなく届いた、デミノザ神教国からの侵攻の知らせ。

 さすがの父様も少しうろたえた表情をしたが、すぐに気持ちを切り替えたのか、状況確認に努める。


「現在の状況は? デミノザ神教国からの、宣戦布告はあったのか?」

「現在の状況ですが、フラウネッツ砦の防衛力を生かして戦っており、戦況はこちらが有利です。デミノザ神教国からの宣戦布告ですが……」


 ここで伝令兵が口ごもってしまった。

 なにか伝えにくいことがあるのだろうか?


「なにかあったのだな。構わぬ。申してみよ」

「はっ。『イシュバーンの民は、偉大なるデミノザ様の慈悲を捨て去った。我々は奪われた神器を取り戻さねばならぬ。これはデミノザ教における『聖戦』である』と……」

「……ここで『聖戦』か……」


 僕も少しだけなら聞いたことがある。

 デミノザ神教国は、『聖戦』と名付け、さまざまな国に戦争を仕かけ、領土や資源を奪い取っているらしいのだ。

 『聖戦』を起こす理由はさまざまなようだが、今回は僕の持っている浄化の宝杖が狙いとみて間違いないだろう。

 ……もっとも、僕から奪い取ったとしても、すぐに消えてなくなるのだけど。


「いかがなさいますか、ファスト様」

「……どうもこうもない。あちらの要求には、断固として応じられぬ。守りの要となる第一騎士団を残し、第二騎士団もフラウネッツ砦に向かうぞ。私も出陣する」

「はっ。かしこまりました。すぐに第二騎士団へと向かい、出撃の準備をさせます」


 伝令兵は足早に去って行った。

 これから第二騎士団の詰め所へと向かい、出立の準備を伝えるのだろう。

 そて、僕の行動だけど……。


「父様。今回のいくさ、僕も参加させてください」

「だめだ。お前が参加すると、事態がさらに問題になる」


 父様は断固拒否の構えを貫いている。

 でも、だからといって、そうですか、と引くわけにもいかない。


「今回の戦は、長期化する恐れがあります。僕の浄化の宝杖があれば、多くの命が救えるでしょう」

「確かに、その通りだ。だが、それでは、敵のターゲットがお前自身だとすぐにばれてしまう。それでは意味がないのだよ」


 悔しいけど、その通りかもしれない。

 敵の狙いは浄化の宝杖とわかっているのだから、僕が前線に出ているのは危険だろう。


「それに、お前たちにはこの領都を脱出してもらいたいのだ」

「領都を捨てるのですか!? さすがにそれはできません!」


 領都を捨てるということは、ここに暮らしている何万もの民を見捨てることになる。

 貴族の端くれとして、そんな事態を飲み込めるわけはない。


「勘違いするな。領都を放棄するのではなく、問題の装備を持った人間を遠ざけるための処置だ。例えフラウネッツ砦が攻め落とされても、領都にお前がいないとなれば奴らの目的も達成できない。……それに、領都にはフラウネッツ砦と同等かそれ以上の防壁があるのだぞ。そう簡単に落とされるものか」


 確かにそうかもしれないけど、やっぱり貴族が先行して逃げ出すというのは外聞が悪くはないだろうか。

 そんな僕の疑問を先回りしていたかのように、父様は話を続ける。


「なに、ただお前たちを逃がすためだけに、脱出してもらう訳ではない。近隣の貴族家、それから、できれば、キースリー公爵家の支援を取り付けてもらいたいのだ。公爵家としても、イシュバーンが落ちたあと、攻め込まれるのは自領だ。増援を渋ったりしないだろう」


 父様は、貴族らしく、いろいろと考えているようだった。

 おそらく、一番の理由は僕たちの安全確保だろう。

 でも、それに加えて増援要請をするとは抜け目がない。

 それに、キースリー公爵とは、よい関係を何年も続けている。

 希望的観測ではあるが、次に狙われるのが自領である可能性が高いことを考えると、助力を得られるだろう。


「そういうわけだ。お前は、マイラやミーナ、エアリスらとともに第二騎士団の一部を引き連れて領都を脱出してくれ。囮役は私が引き受ける」


 父様の表情は、どこまでも真剣だ。

 僕がなにかを言っても、決意を変えることはできないだろう。


「……わかりました。父上もお気をつけて」


 その台詞を最後に、父様の執務室から辞去する。

 そして、母様やミーナ、エアリスなどに事情を伝え、すぐさま出立の支度をする。

 ……出立の支度と言っても、観光旅行に行くわけでもない。

 身分を証明できる品を持って、あとはいくらかの丈夫な服を用意し、食料や飲み水を用意するだけだ。

 その食料などの手配は、ケイン先生が同行してくれることになったため、心配はなくなったが。


「……これで、全員そろいやしたね。……ラシル様は本当に同行しないので?」

「はい。私はこの地に残り、旦那様の援護をいたします」

「よろしくお願いします、ラシル。本当は、私が同行できればよかったのですが……」

「奥様はミーナ様がいるでしょう。そんな小さな子供を残していけるわけがないじゃないですか」

「……夫のこと、よろしくお願いいたします」


 母様も一線級の魔術士だ。

 父様が領地に残るのに、自分は避難することになるのが悔しくてたまらないのであろう。

 そんな母様の服を、ミーナがぎゅっと握りしめた。


「おかーさま。大丈夫?」

「……ええ、大丈夫よミーナ。さあ、馬車に乗りましょうか」


 母様と手をつないだミーナ、エアリス、そして俺が馬車に乗ったことで馬車の扉は閉じられ、ゆっくりと動き出した。

 この馬車の警護には、ケイン先生を始め、第二騎士団から十名ほどの騎士が選抜されて護衛についてくれている。

 馬車自体は、辺境伯家が使うような豪華な馬車ではないので、僕らがひっそりと街を脱出したことは住民にもばれないだろう。

 民をだますことになるが、こればかりは致し方ない。

 なるべく早く、増援を引き連れて戻ってこないと……。


 領都イシュバーンを出立し、途中、何度か休憩を挟みながら、キースリー公爵領を目指して馬車を走らせる。

 馬にも負担をかけてしまうが、なんとか馬を潰さず、数日かけてキースリー公爵領の手前までやってくることができた。


「おそらく、ここが最後の休憩地になりますね。あとは、一気にキースリー公爵領まで突き進んでしまいましょう」


 以前、僕が初めて狩りを行ったとき、手伝ってくれたマストさんが、そんな説明を母様にしている。

 母様もかなりの強行軍をしてきただけあって、表情に疲れが隠せないでいた。

 エアリスやミーナも疲れを隠せないでいる。

 特に、幼いミーナはかなりつらそうである。


「……さて、休憩はそろそろ終わりにしましょうか。ミーナ様は、僕が馬車までお連れしましょう」


 マストさんがミーナを抱き上げ、馬車のほうへと歩き出す。

 僕たちもそれに続くように歩いて行くが、マストさんが馬車の一歩手前で立ち止まった。


「マストさん、どうかしたんですか?」

「ええ、まあ。……そろそろ、この旅も終わりにしようかと思いまして」

「え?」


 マストさんの台詞が終わると同時、森の中から矢が飛んできて、護衛の騎士たちを貫く。

 幸い、致命傷になる部分に矢を受けた者はいないようだが、これは一体……?


「マスト! 貴様、裏切ったのか!?」


 騎士の中では無傷で済んだジルさんの言葉に対し、マストさんはあざ笑うように答える。


「裏切る? 僕はもともと敬虔なデミノザ教の信徒ですよ? 先に裏切ったのはそちらじゃあないですか」

「なにをふざけたことを……いいだろう、私がお前をたたき切ってやる!」

「いいんですかぁ? ミーナ様は僕の手の中にいるんですよぉ? あなたが僕を殺すのが先か、僕がミーナ様を殺すのが先か。賢いあなたならわかるでしょう?」

「……おのれッ!!」

「まあ、いいでしょう。この戦力差では、到底勝ち目はないでしょうからね」


 マストの言葉が終わると、森の中から完全武装した騎士たちが二十名ほど姿を現した。

 ……こちらの戦力は騎士十名だけど、そのほとんどが矢を受けて負傷中。

 相手の騎士は、戦力を温存していただけあって、無傷で士気も高い。

 さらに妹のミーナはマストの手中にある。

 不幸中の幸いはケイン先生や母様、エアリスも無傷でいることかな?


「さあ、ミーナ様の命がほしければ、武装を解除して地面にひざまずきなさい。さもないと、ミーナ様の首が飛ぶことになりますよ?」

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