第一章 第三部 聖戦
24.ブエノスの要求
なぜか『妖精の奇跡』と呼ばれるようになった、あの治癒から一カ月。
騎士団員たちは、もとの活力を取り戻しつつあった。
とは言っても、多数の戦死者を出したことも事実で、三十名ほどが命を失ったらしい。
騎士団全体の人数は、五百から六百くらいだと聞いてるので、かなりの損害のはずだ。
でも、僕の日課は変わらず、午前中は剣の稽古、午後は魔法の実習、となっている。
ただ、剣の稽古はケイン先生が気合が入りすぎているため、少々オーバーワーク気味だけど。
そんな毎日の癒やしと言えば……。
「にーさま、きょうも、おけいこなの?」
「ああ、ミーナか。今日もお稽古だぞ」
「そうなんだ……。にーさまに、あそんでんでもらえるとおもったのに」
「悪いな、ミーナ。でも、これも必要なことなんだ」
最近は、妹のミーナが、よく懐いてくれるようになった。
おそらく、父様と母様がさまざまな事後処理で忙しくしているためだろう。
理由は置いておいて、やっぱり、三歳になったばかりの妹はかわいい!
「カイト様、顔がにやけておりますよ?」
「エアリスか。……少しくらい、大目に見てくれ」
「まあ、構いませんが……そうそう、旦那様がお呼びです。ただ、稽古のほうが忙しければ断ってくれても構わない、ともおっしゃってましたが」
「……ケイン先生、どう思います?」
「きな臭いなんてもんじゃないな。どういった内容で呼んだんだ?」
「それが、内容についても教えてもらえず……」
「本当にきな臭いな。どうするよ、カイト様」
「……父上に呼ばれてるのであれば、従うしかありません。エアリス、案内してくれ」
「承知いたしました。では、こちらへ」
エアリスに案内されて、辿り着いたのは応接間。
てっきり、執務室に通されるものと思ったけど、どうやら違うらしい。
エアリスはドアをノックして、僕が到着したことを告げる。
「旦那様、カイト様をお連れしました」
「わかった。入れ」
「失礼いたします」
応接間の中に入ると、そこには父様のほかにもうひとり、不摂生が見て取れるほど太った体に神官服を身につけた男がいた。
……確か、一度だけ会ったことがあるはず。
この男の名前は……
「カイト、私の横に座れ。エアリスは下がってよいぞ」
「はい。それでは失礼いたします」
エアリスが部屋から退出して、部屋の中には、父様と僕、それに太った神官の三人だけとなった。
周囲に人がいないことを確認してから、父様が口を開く。
「……さて、人払いも済んだことだ。ブエノスよ。我が息子を呼んでまで話したいことというのはなんだ?」
「おお、そうですな。そろそろ本題に入りましょうか」
そうそう、この男の名前はブエノスだ。
確か三年前に神殿へと祝福を授かりに行くとき、真っ先にやってきた神官だ。
あの時は、父様に追い払われていた気がするけど……。
「今日、カイト様をお呼び立てしたのは、ほかでもありません。カイト様が使用したという、宝杖。それの『返却』をしていただこうと思いましてな」
「なんだと?」
「おや、聞こえませんでしたかな? カイト様が騎士や兵士たちの治療に使われたという、宝杖。それをデミノザ教にご返却いただきとう存じ上げます」
この男が言っているのは、浄化の宝杖のことだろう。
だけど、その話がどこから漏れた?
父様が、念入りに口止めをしていたはずなのに……。
僕は内心困惑してしまっているが、表情にはでないように努める。
この場は父様にお願いしてしまおう。
「なんの話かわからんな。そもそも、そんな話をどこで聞いた?」
「私どもほどの教会となると、信者も多いのですよ。その信者のひとりが、カイト様が宝杖をお使いになり、皆の傷を癒やしたとか。それ自体は、とても素晴らしことですが、さすがに我らが教会の所有物をいつまでもご返却いただけないのは困りますからなぁ」
「……そんな事実はない。それ以上に、例えその宝杖があったとして、なぜデミノザ教の所有物となる?
父様の反論に対し、ブエノスは大仰に手を広げ、答える
「これは異なことを。癒やしの力を授かりし人々、および道具はすべてデミノザ教のものと定められているのですよ。まして、先日のワイバーン討伐の際に出た負傷者の治癒を行ったということは、その力は神器クラスに値するもの。そのようなものを、デミノザ教の元に返却していただくのは当然のことでしょう?」
……ダメだ、この男の言っていることは、まったく理解できない。
そもそも、なぜ、癒やしの力がある人や物がデミノザ教のものになるのか。
「ブエノスよ。そなたの主張は到底受け入れられない。それ以前に、なぜ癒やしの力があれば、それらがデミノザ教のものとなる?」
「そんなことは自明なことですよ。我らが主神デミノザ様は、人々に癒やしの力を授けてくださいます。それならば、癒やしの力があることはデミノザ様に認められたというに等しい。ゆえに、癒やしの力があるものは、すべてデミノザ様のもとに集うべきなのです」
……狂信者というのは、こういう人物のことを指すのだろうか。
ブエノスの理論はまったくもってわからない。
父様も同じ気持ちなのか、ため息をひとつついて、こう告げる。
「お前の主張は、理解できないが、聞き届けた。その上で答えよう。そのような宝杖は存在していないし、もし存在していても、それはデミノザ教のものではない。用件がそれだけであるならば、早々にお引き取り願おう」
父様の言葉に対し、ブエノスは首を振り落胆しながら答えた。
「我らが主神デミノザ様に逆らうとはなんと愚かな……。この地がデミノザ様の怒りを買うこととなっても知りませんよ?」
「そもそも、デミノザ教自体が怪しいものなのだ。わかったら、退出願おうか」
「残念ですな。デミノザ様の教えを無碍に扱うとは。……まあ、仕方がありますまい。それでは、私はこれで」
そう捨て台詞を残し、ブエノスは退出していった。
父様が屋敷の者に命じ、一緒に来ていた人間とともに街へと戻っていったことを確認した。
……さて、これはどうしたものか。
「……まさか、カイトが治療したことについて、漏らす者がいたとはな」
「父様、どうなさいますか?」
「……どうもこうもない。このまま、そのような事実はないと言い続けるだけだ。それと同時に、あの時の情報を漏らした者を探すことになるがな」
「わかりました。僕も浄化の宝杖は、しばらく人目に触れさせないようにいたします」
「そうしてくれ。……しかし、デミノザ教というのは、あそこまで強引な教義で成り立っていたのか? あのような危険な思想を持った集団となると、即刻、排除せねばならなくなるが……」
「そういうわけには、いかないのですよね?」
「まあ、そうなるな。部下に命じて、ブエノスおよびデミノザ教の監視は行うが、どうなるか」
こうして、デミノザ教の神官、ブエノスとの対談は終わった。
父様は、言葉通りデミノザ教を監視していたらしいが、この対談の数日後に、主立った神官や司祭たちがイシュバーンの街から出て行ったことを確認したらしい。
出て行ったデミノザ教の面々はそのまま国境を越え、デミノザ神教国まで引き上げていったらしい。
父様は、不測の事態に備え、国境警備に当たっている第三騎士団の人員を増やし、警戒に当たらせているそうだ。
そのようにデミノザ神教国に対する備えを取っていたが、何事も起こらぬまま対談から一年が経過した。
その対談の話を忘れそうになったころ、国境の砦から急報が届くこととなる。
「伝令! デミノザ神教国がフラウネッツ砦に攻め込んでまいりました!」
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