23.『妖精の奇跡』

 駆け寄ってきた警備兵に、ミリアムさんは注意を促した。


「なんだ、騒々しい。それに、ここには、カイト様もいらっしゃるのだぞ」

「はっ、申し訳ありません! ですが、騎士団長が不在の間、ワイバーンの群れが襲ってきまして、多数の負傷者が出ました。警備体制を含めた状況判断のため、すぐにでも戻るようにとのファスト様からの指示でございます」

「……そうか、わかった。カイト様、申し訳ありませんが、私はこれにて失礼いたします」

「そういうことでしたら、僕も一緒に行きましょう。なにかできることがあるかもしれません」

「……そうですね。ファスト様もそちらにいるでしょうし、一緒に向かいましょう」


 僕たちは馬車の進路を、屋敷から騎士団本部へと変える。

 騎士団本部は、街門からそう離れた場所にあるわけではないので、すぐに辿り着く。

 ミリアムさんを確認した衛兵は、そのまま、道を通してくれた。


「……おお、ミリアム、戻ったか。丁度いいところに!」

「ファスト様、ワイバーンが襲ってきたと聞きましたが、被害状況は?」

「うむ……。とりあえず、街への被害は生じていない。だが、騎士団員の半数近くが負傷してしまってな……」

「そうですか……。負傷した団員は救護所ですか?」

「ああ、そちらで休ませている。……だが、中には四肢を欠損してしまった者もいてな。済まないが、お前からも声をかけてやってくれ」

「はい、わかりました。ケイン、お前も行くぞ」

「わかってますって。それでは、ファスト様、カイト様、失礼いたします」


 

 騎士団員たちの状況を確認したミリアムさんとケイン先生が救護所のほうへ向かった。

 残された僕たちだが、父様がやってきて話をしてくれた。


「今回もよく帰ってきてくれた。今回の成果はどうだったのだ?」

「はい、フォレストトロールをひとりで倒せるようにはなりました。……ですが、騎士団の方々は大丈夫なのでしょうか?」

「……正直、あまりよくはないな。負傷者の多くは、魔物討伐をメインとする第二騎士団の団員だ。重傷者もかなり多い。騎士団を再編しないと、魔物の駆除に支障が出かねないが、都市部の防衛に当たる第一騎士団や国境警備の第三騎士団から人員を回すというのも難しい。新しく騎士を募集しても、使い物になるのは数年先だ。……非常に由由しき事態だ」


 父様が、非常に苦々しい表情で現状を説明してくれる。

 ……僕にできることは、なにかないだろうか?


「父様。魔物の駆除は、僕が行うというのはどうでしょう?」

「それは難しいな。まず、アーマードギアの存在はできる限り伏せておきたい。あれほどの装備を持っているとなれば、本国から横やりが入りかねないからな」


 本国というのは、『フレアガルド連合王国』のことだ。

 僕たちの住んでいるイシュバーン領が所属しているゼファー王国も含め、多数の国家が集まって形成された国家、ということらしい。

 らしい、というのは、僕の勉強不足ではなく、連合王国の成り立ちがあまりにも昔なため、正式な記録が失われた、という話だ。


「以前にやっていたような、夜中に抜け出し魔物を狩る、程度の討伐量では、第二騎士団の穴を埋めることはできないのだよ」

「そうですか……」


 僕たちだけで、第二騎士団をカバーすることはできないようだ。

 ……人数差を考えれば当然か。

 そうなると、僕にできることは……。


「……父様、浄化の宝杖を使うというのはいかがでしょう?」

「……なに? 浄化の宝杖だと?」


 父様が聞き返してくるが、浄化の宝杖のことを忘れているのかな?

 ……僕も、夜寝る前のリフレッシュにしか使っていないのだけど。


「はい。浄化の宝杖ですが、本来の能力は大地の力を借りた、強力な治癒能力です。上手くいけば、傷ついた騎士団員を回復することができるかもしれません」

「……そうか、そうだったな。すまん、浄化の宝杖は、旅立ちの轍で道を開くものだと考えていた」


 ……確かに、父様の前ではそういう使い方しか、してこなかったよなぁ。


「……よし、どの程度の効果があるかわからないが、試してみるか。アドルとエアリスはここに残れ。いいな」

「かしこまりました、旦那様」

「お気をつけください、旦那様、カイト様」


 僕は父様に連れられ、救護所へと向かう。

 足を踏み入れた救護所は、負傷した騎士たちであふれかえっていた。

 時々聞こえる怒号のような声は、騎士の発しているものか、それとも医師や治癒術士のものか……。


「ファスト様!? 一体どう為されたのですか?」


 父様がここにいることに気がついた衛生兵らしき若い女性が、こちらに来て声をかけてくる。


「治療の手伝いができないかと思いやってきたのだ。……それで、状況はどうなっている?」

「……はい。あまり状況はよいとは言えません。騎士団所属の治癒術士もいるのですが、本人たちも重症を負ってしまい、他人の治癒まで手が回らないのです。街の神殿にも協力を要請したのですが……」

「……断られたのか?」

「……はい。普段の金額の十倍以上となる金額を要求されまして……」


 衛生兵の話に、父様は顔をしかめ、歯を食いしばる。

 怒りをこらえながらも、衛生兵に話の続きを聞いた。


「よくも足下を見てくれたものだ。……それはどこの神殿だ?」

「スピノザ教です。ほかの神殿は、少人数とはいえ治癒術士を派遣してくれたのですが……」

「……また奴らか。いや、いまはそれどころではなかったな。済まないが、負傷者のいる場所に案内してくれるか?」

「はい、わかりました。……ですが、なにをなされるのですか?」

「いまはまだ答えられぬ。案内を先に頼む」

「了解いたしました。こちらへどうぞ。……ですが、ご子息にはきつい場所かと」

「それも大丈夫だ」


 父様と衛生兵に先導され、負傷者が集められている病室についた。

 そこにはベッドなども用意されていたが、人数が多すぎてベッドだけではなく、床に毛布をひいて寝かされている者や、それすらできずに壁にもたれかかっている者もいる。

 そこで、僕はこっそりと浄化の宝杖を呼び出し、父様に視線で合図を送る。

 それをみた父様はひとつ頷き、声を張り上げる。


「負傷者たちよ聞いてくれ。これより回復魔法による治療を行う。ただし、今回のことは他言せぬように。もし、他者に漏らした者がいた場合、厳罰に処すこともあり得ると心がけよ」


 父様の声に負傷者たちは耳を傾けるが、意識がもうろうとしているのか、返事はない。

 それでも、父様は僕に向けて頷いたので、回復魔法を使ってもいいということだろう。

 僕は浄化の宝杖を触媒に、現状で使える最大級の回復魔法を使った。


「【妖精たちよ、この場に集いて、歌え、踊れ。ここは新たなる集会場フェアリーサークル。飛んで、跳ねて、ステップをふんで、その魂を踊らせよ。その輝き、その慈愛を分け与え、傷つき苦しむ者たちを苦難から解き放て、《フェアリーヒール》】」


 長い詠唱が終わると、光の球が出現して周囲を飛び回り、部屋の中を駆け巡る。

 光の球からは、光の粉がこぼれ落ち、負傷者たちに降り注いでいった。

 すると、負傷者たちの傷は癒えはじめ、四肢を欠損していた者たちも、失われていた手足が生え始め、やがて元通りの姿となった。


「おぉ……。傷が癒えてるぞ?」

「なんだったんだ、いまの光は?」

「あの杖を中心に光が舞っていたような……?」

「あれは、カイト様か?」


 傷が癒えた者たちが、一斉に僕へと注目する。

 だが、父様によって、その視線は遮られた。


「先程も述べたが、今回のことは他言無用だ。もし破れば、厳罰もあることを覚悟せよ。よいな?」

「「「「はっ!」」」


 よかった、今度はしっかりとした返事が返ってくる。

 僕たちは衛生兵に案内されその部屋を出て、次の部屋へと向かう。

 だが、隣の部屋にいた負傷者はすでに傷が塞がっていた。


「……カイトよ。先程の回復魔法、強すぎたのではないか?」

「……僕も、小規模回復以外で浄化の宝杖を使うのは初めてでして……」


 ほかの部屋の様子も見てみると、近接していた部屋では同じように傷が癒えてしまっていた。

 だが、ある程度離れた部屋に行くと、まだ、負傷者は残っていたので、同じように父様が注意をしてから僕が回復魔法で傷を癒やす。

 三回ほどそれを繰り返したところで、僕は軽い目眩めまいを覚えた。


「大丈夫か、カイト?」

「はい。少し目眩がしただけです」

「……おそらく、魔力枯渇が近いのだろうな。あれだけの回復魔法を連続使用しているのだ。無理もないか」

「……ですが、まだ、負傷者は残っています」

「そうだな。少し……ではない程度に苦いが、これを飲め」


 父様は、腰にしっかりと固定されている虚空の座から、一本の水薬を取り出し、渡してくれた。


「これは?」

「魔力回復用のポーションだ。……苦いが、効果覿面こうかてきめんだぞ?」

「わかりました。……本当に苦いですね。でも、目眩は治まりました」

「よし、ならば次の部屋に行くぞ」


 こうして、すべての部屋を回って回復魔法を施した結果、騎士団の死者数は大幅に少なくすることができた。

 治療が間に合わずに亡くなった騎士もいたが、それは仕方がないと父様やミリアムさんは言ってくれた。

 ともかく、負傷した騎士団員の治療は終えることができた。

 騎士団の中では、この日のことを『妖精の奇跡』などと呼び始めたらしいのだが……まあ、いいか。

 魔力をかなり使ってしまったし、今日は早めに寝るとしよう。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


『妖精の奇跡』から数日後、宵闇の中、灯りもない部屋の中で話す者たちがいた。


「……それでは、騎士団員の大多数は助かり、しかも、四肢の欠損まで回復したと?」

「はい。まったく忌々しいことですが、連絡によればあからさまな致命傷だった者を除き、全員回復したとのことです」

「ええい! どこの者だ! そのような上位回復魔法を扱える者は!? 時間の経った四肢欠損まで治療できるなど、最上級回復魔法クラスではないか!?」

「落ち着いてください。今回の件、裏があるようなのです」

「裏、だと?」

「はい。回復魔法を行使した者は、イシュバーン伯の嫡子、カイトのようですが、回復魔法を使う際、大きな杖を使っていたとのことです」

「……つまり、その杖に秘密があると?」

「そのように報告を受けております」

「……それは、いかんな。我々以外が、そのような神器クラスの宝物を持っているなど」

「はい。その通りです」

「……本国に使者を出せ。場合によっては、正しき場所に正しく収めるための『聖戦』が始まるからな」

「かしこまりました。すぐに手配いたします」


 暗闇の中、気配がひとつ消えた。

 そして、残された者はこれからの計画に思いを巡らせる。


「いけませんなぁ、イシュバーン伯。神器はすべて、我々の管理下に置かないと。悪用されては人類の損失ですからなぁ」

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