22.さらに二年後

 初めての大樹海遠征を行ってから、早二年が過ぎた。

 この二年間の間に変わったことといえば、大樹海に頻繁に行くようになったことと、それにエアリスが同行することになったことだろう。

 最初の一年は、ラシルさんから徹底的に戦いの心得を叩きこまれていたようだが、そのあとは実戦経験を積んだほうがいいということで、大樹海遠征に同行し始めた。


 大樹海での最初の戦闘は、僕と同じようにディープフォレストウルフが相手だった。

 エアリスは軽快な動きで、ディープフォレストウルフを翻弄し、攻撃魔法で確実に仕留めていく、そんな戦法をとっていた。

 ただ、理想と現実は上手く一致しないもので、なかなかディープフォレストウルフに有効打を与えられない。

 ミリアムさんから指示され、僕も戦闘に参加するようになってからは、なんとかディープフォレストウルフの群れを退けることができた、というところだ。

 魔法一辺倒になっては魔力切れを起こすと困る、という理由から、ダガーやショートソードなどの扱い方も指導を受けているらしい。

 実際、それらも使ってうまく戦っているが、ディープフォレストウルフの集団攻撃には対応しきれなかった。

 僕がフォローするようになってからは、十分に戦えているので、殲滅力の問題だったのだろう。


 そして、僕のほうも、着実に剣や魔法の腕前を上げていった。

 相変わらず、使用できるのは下級魔法だけだが、その威力と精度は二年前とは大きく異なる。

 それに剣の技術も、遥かに上達した。


「はぁッ!」

「グゴゴゴォ!」


 僕はいま、フォレストトロールという魔物と戦闘中である。

 いまも、手にしていた石斧ごと右腕を切り落としたところだ。

 三メード近くある巨体から繰り出される一撃は、直撃した場合、アーマードギアを身につけていてもかなりのダメージを受ける。

 そんな相手に、僕は一対一で勝負しているのだ。

 ミリアムさんやアドル、ケイン先生、エアリスは周囲を警戒しながら、僕の戦いを見ている。

 エアリスは単純に、まだフォレストトロール相手では難しいから。

 残りの三人は、僕の実力を測るため、手を出してはいない。


 フォレストトロールは非常に生命力が高く、傷口もすぐ塞がってしまうのだが、腕一本を切り落とされるとそう易々やすやすとは回復できないようだ。

 いまも血がしたたり落ちる右腕を気にしながら、残った左腕で僕を殴り飛ばそうとしている。

 僕はその攻撃を半身になって回避し、そのまま、フォレストトロールの首を切り落とし、間合いを取った。

 さすがのフォレストトロールでも、首を落とされるとなにもできないようで、首から血を流しながらその場に倒れる。


「お見事でございます、カイト様。この二年でますますお強くなられましたな」

「確かにな。ブーストの魔法を、あそこまで細かく制御できる人間なんてそうそういないぜ?」

「そうですね、フォレストトロールを一対一で仕留められるのでしたら、十分合格でしょう。大樹海の浅い範囲は、油断さえしなければなんとかなるかと」


 アドル、ケイン先生、ミリアムさんがそれぞれ所感を教えてくれる。

 総合的に判断して、僕は合格、ということらしい。


「ありがとうございます。そう言っていただけると、本当に嬉しいです」

「これからも精進することだな。中層部まで行けば、フォレストトロールなんてウジャウジャいるしよ」

「そうですな。このあたりにいるフォレストトロールは、いわゆるはぐれ個体ですからな。中層部では、フォレストトロールが群れを成して襲ってきますぞ」

「それは恐ろしいですね……」


 そんなの、いまの時点では、相手にできるはずもない。

 ミリアムさんが、解体すればいろいろな材料となるらしい、フォレストトロールを回収している間に、エアリスがよってきて、僕をねぎらってくれる。


「お疲れ様でした、カイト様。あれだけの大物を倒せるようになったとは、想像できませんでした」

「僕もだよ、エアリス。……下級魔法じゃ、まともなダメージを与えられないのがきつい」

「そんな。剣のみで倒せるなんて、すごいじゃないですか。私ではまだまだ歯が立ちませんよ」

「僕の剣は魔剣だからね。その能力に頼ってるに過ぎないさ」


 肩をすくめながら答えるが、エアリスは構わず話し続ける。


「魔剣の切れ味も、カイト様の努力が実った結果です。私なんて、フォレストウルフにさえ苦戦するのですから」

「フォレストウルフは群れで襲いかかってくるから、魔法メインのエアリスには不向きだよ。ダガーも分厚い毛皮のせいで、ほとんど刃が届かないし」

「そうでしょうか? お父様はダガーでも、難なく倒していましたが……」

「あれは、シャープだったかな? そういう魔法をかけていたからだって。帰ったら、エアリスも教えてもらえるんだし、今度またきたときに試せばいいよ」

「……そうですね。ありがとうございます、カイト様」


 エアリスは自分の攻撃力不足を気にしていたんだな。

 ……ただ、侍女に攻撃力が必要なのかはよくわからないけど。


 ミリアムさんの回収作業が終わったら、旅立ちの轍で大樹海をあとにする。

 そして、途中で馬車に乗り換え、近隣の都市や村などに何カ所か立ち寄り、イシュバーンに向かう。

 イシュバーンに真っ直ぐ帰ってこないのは、僕が視察にでていることを証明するためだ。

 大樹海遠征は、表向きの理由として、僕の領地内視察となっているために、どこにも寄らないで帰った場合、視察をしていないことが発覚する恐れがある、とのこと。

 それを避けるために、帰り道で何カ所かに立ち寄るのは、恒例となっている。

 イシュバーン領内は、ここ数年、不作になったことはなく、領民たちの顔も明るい。

 こんな状態を維持できている、父様はやっぱりすごいんだな、と感じてしまう。


 そして、イシュバーンに帰還したのだが、約一カ月ぶりのイシュバーンは騒然としていた。

 僕たちの帰還に気がついた門番の警備兵が、慌てた様子でこちらに向かってくる。


「失礼いたします! ミリアム騎士団長! すぐに騎士団本部にお戻りいただけますでしょうか!」

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