21.帰還

 一カ月ぶりに我が家へ帰宅したが、エアリスの出迎えは激しかった。

 さすがに一カ月の間、大樹海に行っていた、とは言うわけにいかなかったので黙っていたが、服装の汚れや、体に染みついた汗の臭いなどで、普通の視察に行っていったわけではないことがすぐばれた。

 このことは父上も了承している以上、深くは追求されなかったが、すぐさまお風呂を準備されて、全身を徹底的に洗われた。

 その結果として、とてもスッキリした気分にはなったが……父様への報告が遅れてしまったな。

 身だしなみも整え終わったし、改めて父様に面会を申し込む。

 僕と同じように一カ月大樹海で過ごしたはずのアドルだが、僕がお風呂で念入りに汚れを落とされている間に、いつものビシッとした家宰に戻っていた。

 お風呂は僕が利用していたはずなのに、一体、どういう仕組みになっているのだろう?


「実はですね、クリーンという生活魔法があるのですよ。これを使えば、ある程度の汚れは落とせます」

「……そういうことは、早めに教えてください。僕も覚えたいです」

「カイト様は、エアリスがしっかりと身だしなみを整えてくれるでしょう?」

「……いい加減、それも恥ずかしいのです。父様への報告が終わったら、その魔法を教えてくださいね」

「まあ、よろしいでしょう。円環の理があれば、すぐにでも覚えられるはずですからな」


 そんな身だしなみについてのやりとりのあと、父様との面会が叶った。

 一カ月ぶりにみる父様の顔は、少し厳めしく感じる。


「父様、カイン戻りました」

「ああ、よく戻ってきてくれた、カインよ。それで、成果の方はどうだったのだ?」

「はい、まずは、ライフミラージュを二台用意できました。旅立ちの轍も二台用意してあります。旅立ちの轍には、ライフミラージュを乗せて移動できるので、いろいろと便利になると思われます」

「なるほど、それはよくやってくれた。……それで、二台目のライフミラージュはどのように扱う予定なのだ?」

「ひとまずは、父様の専用機にしたいと思います。復座式に改造して、母様と一緒に乗っていただければ、魔法攻撃力も兼ね備えたライフミラージュとなると思います」

「そうかそうか。あれを自由に利用できるのか。それは本当にありがたいな!」


 父様のテンションが大分上昇した。

 やはり、ライフミラージュには乗ってみたかったのだろう。

 ただ、どのように運用するのかは別問題なのだけど……。


「それで、ライフミラージュも円環の理の中に格納できるのか?」

「少々お待ちください。……どうやら、ダメなようですね。正確には、いまの円環の理では無理、らしいです」

「いまの円環の理とは?」


 僕のセリフに、父様が身を乗り出して聞いてくる。

 そこまで執着するものなのかな?


「どうやら、円環の理は強化できる機装のようです。強化していけばライフミラージュだけでなく、旅立ちの轍も格納できるとか」

「……それはまだできないのか?」

「どうやら。一定数の円環の理を生成したあとでないと、強化はできないようです。具体的には、あと三百個ほどの円環の理を作らないと……」


 三百個という数を聞いた父様は、一瞬落胆の表情を浮かべたが、すぐに気持ちを切り替えたらしく、次善の策を語り出した。


「三百個か。騎士団の上位騎士や魔術士たちに配布するには丁度いいな」

「そうですね。道中でもミリアムさんやケイン先生が、騎士団の方々に普通のマジックアイテムとして配布するべき、と申していました」

「そうだな、機装の強化のためにも、円環の理を量産するべきだろう。カイト、コストの方は足りるか?」

「はい、大丈夫です。……ただ、さすがに三百個となると、またコストがかなり少なくなってしまいますが」


 僕の台詞に対し、父様は上機嫌に話を続ける。


「それは必要経費として割り切ろう。それで、すぐにでも用意可能か?」

「そうですね。すぐにでも用意できます。……ただ、数が数ですので、虚空の座にしまうようにしないと大変ですが」

「……確かに。虚空の座にしまいながら生成は可能か?」

「大丈夫です。ただ、騎士団に配布することを考えると、僕の虚空の座より父様の虚空の座にしまうべきかと」

「一理あるな。それでは、私の虚空の座にしまってもらえるか?」

「わかりました。それでは、虚空の座をお借りしますね」


 父上の虚空の座を受け取り、機装格納庫チャンバーへと移動する。

 そして、機装生成機と名付けた装置の前で、円環の理を大量生成した。

 ……その際、虚空の座の中に直接入れることができなかったため、三百個の腕輪をせっせと虚空の座にしまう必要があったのだが。

 やがて、円環の理もしまい終え、現世へと戻り父様に虚空の座を返却する。


「うむ。これで、騎士団も一層強化できるであろう。……それで、私の円環の理はすぐにでも強化できるのか?」

「はい、可能です。それでは失礼します」


 父様の左腕に身につけられている円環の理を、僕の手で包むように触る。

 すると、手の中に包まれていた円環の理から光が放たれ、僕が手を離したときには、装飾が豪華になった円環の理が存在した。


「む、これで終わりか。これでライフミラージュを格納できるのだな」

「はい、可能なはずです。……ただ、格納するためには、ライフミラージュを一度、こちらに取り出す必要がありますので……」

「そうか、残念だが、受け渡しはまた今度にしよう。……ちなみに、ライフミラージュの外装などは変更できるのか?」

「装備も含めて、変更可能になっています。……ただ、こちらもコストが必要ですね」

「……ここでもコストの問題か。神々もそう楽には力を貸してはくれぬな」


 父様がソファーにもたれかかり天を仰ぐ。

 ……そうだ、バステト神の話もしておかないと。


「父様、大樹海に行っている間ですが、一柱の神様が僕にコンタクトを取ってきました」

「……ほう。それはどんな神だ?」


 新しい神様と聞き、父様も興味を示したらしい。

 身を乗り出すようにして、こちらの話を聞いてくる。


「はい。本人は動物神バステトと名乗っていました。……見た目は、普通のどこにでもいる猫だったのですが」

「……猫の神様、ということか?」

「ええと、もっと広義でも動物神のようです。ただ、その言動はかなり自由奔放と言いますか……」

「まあ、そのあたりの話はよい。それで、新しい機装を授かったのか?」

「……今回は授かることができませんでした。どうも、動物神バステト様の神殿は大樹海の奥地にある、朽ち果てた神殿のようなのです。本人が、機装を用意することができないと言っていたので、その通りなのでしょう」

「……ふむ、それでは無駄足だった、ということか?」


 父様が少し落胆しながら聞いてくる。

 ただ、機装を直接授かることはできなかったが、新しい機装を作れることができることになったのは喜んでくれた。

 ……もっとも、機装を作るための条件である、巨獣の魔石を吸収することには渋い顔をしていたが。


「……なにはともあれ、無事に帰還できたようでなによりだ。私はこれから、騎士団の元に向かい、ミリアムたちと相談して円環の理を配布してくる。お前はどうする?」

「ええと、エアリスやラシルさんにもアーマードギアを渡しておきたくて」

「……ふむ。今後、神の尖兵とやらが攻めてくるならば、身の回りで信用できるものには機装を与えておくべきか」

「はい。そう思います」

「わかった。それについては許可しよう。それでは、私は騎士団本部に行ってくる」

「お気をつけて、父様」

「うむ。大樹海での活躍は、また今度聞くとしよう」


 父様はアドルとともに、屋敷を出発していった。

 残された僕は、ラシルさんとエアリスを呼んで、アーマードギアをみせることにした。

 かつて、冒険者として活動していたラシルさんは、すぐに受けいれることができたが、エアリスはすぐにはなじめなかったようだ。

 やはり、普段使い慣れていない鎧、それも全身鎧となると、動きにくいらしい。

 ……ここは室内だから使わせるわけにも行かないけど、魔導ブースターを教えたら、勢いよく飛んでいきそうな気配すらある。

 そんな不安のあるエアリスを連れ出して、僕らが普段使っている、訓練所へと移動する。

 ラシルさんとエアリスが抜けることについては、僕の付き添いということで話を通しておいた。

 そして、訓練所に着いたら、僕もアーマードギアを装着し、魔導ブースターの使い方をメインに使用方法を説明していく。

 最初はぎこちない動きしかできなかったラシルさんだが、十分と経たないうちに自由自在に走り回ることができるようになった。

 他方、エアリスのほうだが、こちらも一時間ほど時間がかかったが、なんとか動きを習得することができた。

 ……やっぱり、エアリスはハイスペックだな。


 その後の話で、ラシルさんが、エアリスに戦い方を教えることも決まった。

 侍女というのが戦闘もできなければいけないのか、という疑問はあるのだが、身の回りの警護も担当すると考えれば必須だ、とはラシルさんの弁。

 エアリスも、渋々といった表情ではあるが、戦闘訓練を受けることを承諾した。


 僕にはどうにもできないけど、頑張って、エアリス。

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