20.都市ラファール
あれから、三週間が経ち、僕たちの大樹海探索は終わりを告げた。
成果としては、旅立ちの轍を2台、ライフミラージュを2台とまずまずの戦果だ。
そのほかにも、円環の理やアーマードギアを作るためのコストは、余裕を持って準備してある。
結果として、巨獣クラスの魔獣には会う機会がなかった。
かなり大きめの魔獣である、キラータイガーには遭遇したが、トドメを刺す前に逃げられてしまったし、あの程度の魔獣では巨獣扱いにはならないだろう、ということで、追撃も行わなかった。
手負いの獣は手強いとも聞くし、あれで正解だったと思う。
さて、僕たちは今、森を抜け出すところで馬車へと乗り換え、イシュバーン領内の都市、ラファールへと向かっている。
僕が今回、長期間外出しているのは、領内の視察、という理由となっている。
そのため、領内の都市、どこにも立ち寄っていないというのは不自然だ、というのがアドルの談。
実際に、視察に行きましたよ、という形を作るために、ラファールへと立ち寄ることとなった。
「アドル。ラファールとは、どのような都市なのですか?」
馬車に揺られながら、対面側の席に座るアドルに話を聞いてみる。
ミリアムさんとケイン先生は、馬車の外側にいるため、車内は僕とアドルのふたりだけだ。
「そうですね……規模としては、領都イシュバーンの次に大きな街となります。イシュバーンも立派な街壁に守られた要塞都市ですが、こちらも堅牢な街壁に守られた都市となります」
ラファールも城塞都市だったのか。
今までは、名前だけしか知らなかったから、いろいろと勉強になる。
「ラファールは、万が一イシュバーンが攻め落とされた際の、防衛拠点として設計されました。……幸い、そのような事態には陥ったことがありませんが」
「確か、イシュバーンとデミノザ神教国の間には砦がありましたよね?」
「はい、フラウネッツ砦がございます。あそこが最前線の防衛ライン、ということになります」
よかった、こちらは勉強したことが正しかったらしい。
「デミノザ神教国とは、あまり仲が良くないそうですが、本当ですか?」
「……そうですね。デミノザ神教国はときおり、周辺の国々に『聖戦』と称し、侵略活動を行うことがあります、それ故に、どの国家もかの国とは緊張関係にあるとお伝えしておきましょう」
「やはりそうなのですね。……そちらの守りは大丈夫なのでしょうか?」
「フラウネッツ砦には、第三騎士団が常駐しております。ちょっとやそっとのことで、負けることはないでしょう」
「それならば、安心ですね」
第三騎士団は、精鋭揃いだと父様から聞いている。
そんな人たちが守ってくれているのなら、安心だろう。
「……そろそろ、ラファールが見えてくるころですね。カイト様、あちらをご覧ください」
アドルが右手側の窓を指し示した。
その先には、のどかな小麦畑の向こう側に街壁で覆われた街が見えた。
あそこがラファールなのだろう。
「ここまで来れば、あと少しでつきますよ。もう少し、我慢してください」
「別に、馬車の旅に不満はありませんよ。……旅立ちの轍の方が乗り心地がいいのは、事実ですが」
旅立ちの轍になれてしまうと、普通の馬車がいろいろと不便に感じてしまう。
なにより、移動速度が段違いなので、そこがもっとも気になるところだ。
「……旅立ちの轍は別格ですからなぁ。ともかく、我々はこのまま、貴族用の出入り口へと向かい、街中へと進みます。そこで、一度、宿により、身だしなみを整えてから街を治めている貴族と面会いたします。その後宿へと戻り、予定は終了となります。宿については、事前に予約を取ってありますので、ご安心ください」
さすがはアドル。
こういった面は、本当におてのものなんだな。
僕たち一行は、アドルの告げた予定通り街の中へ入り、宿で着替えてから領主の館へと向かう。
そこで、僕たちは歓待を受けることになったのだが、ここで思わぬイベントが発生した。
領主の息子が、僕に勝負を挑んできたのだ。
領主殿は息子を窘めるが、親のいうことを聞く様子もない。
仕方がないので、一戦だけ相手をすることとなったのだが……結果は、僕の圧勝だった。
正直、大樹海で一カ月鍛えてきた、僕の敵じゃない。
あまりにも、呆気なく負けたのが気に入らないのか、あちらは再度勝負を申し込んできたが、さすがに領主殿に止められ、退出させられた。
「いやはや、申し訳ありません。あやつも、普段はもっと大人しいのですが……」
「それにしては、先程の態度はいただけませぬな。カイト様は、イシュバーン辺境伯家の嫡男ですぞ。その相手に、勝負を挑むだけならばまだギリギリ許せましたが、勝負がついたあとも、まだ負けを認められぬとは、普段の教育が足りないとお見受けしますが」
今回の件については、アドルが特に怒り心頭、といった具合だ。
先程の態度は、直接的な上位の家に対する態度として、失格ということらしい。
「誠に申し訳ない。あれも、剣術や魔法の教師におだてられて育ってしまって……。分を弁えぬ行動が多くなってきているのです。実力の方も、決して低いとは言えないのが、余計面倒でして……」
「しかし、あれでは上に立つものとして失格ですぞ。あのまま成長すれば、民たちを苦しめる暴君になりかねませぬ」
「……確かに、その通りですな。あれの教師陣は解雇、その上で、新しい教師を雇い入れましょう。……まったく、デミノザ教め。ろくな人材を送ってこぬとは」
「……デミノザの者どもが教師でしたか。それならば、ああなっても仕方がありませぬな。最近、あの者たちの増長ぶりは、イシュバーンでも目に余りますゆえ」
「そうか、イシュバーンでもですか。……国王陛下に報告するべきでしょうか」
「それも考えた方がよろしいかと。実際、旦那様は陛下に書状を送ったと聞きます」
へえ、そうだったのか。
僕が知る必要のないことだから仕方がないけど、まったく知らなかった。
「ともかく、デミノザの手の者とは、縁を切るのがよろしいでしょう。どの神を信奉するかは自由ですが、かの宗教はいただけませぬな」
「わかりました。……ともかく、息子の件は謝罪いたしましょう。イシュバーン様にも謝罪の手紙を追って届けさせて頂きます」
「かしこまりました。それでは、この件はこれで手打ちとしましょう」
あの息子の件が終わって以降は、スムーズに話し合いが進められた。
どうやら、この地方の作物は豊作の見込みであり、収穫のときが待ち遠しいとか。
当たり障りのない会談が終わったあとは、宿に戻って休むだけだ。
ラファールの領主殿としては、会食も予定していたようだが……あの息子の一件でお流れとなってしまったようだ。
宿に戻って、一晩ゆっくり休んだ翌日、ケイン先生とともに、朝市に顔を出してみた。
ラファールは交易都市としての一面も持っているらしく、アドルにも様子を見てくることを勧められたためだ。
「いやー、やっぱり、ラファールの朝市は賑わいが違いますねぇ」
「そうなのですか? 僕はイシュバーンでもこういったところに来たことがないので、違いがわかりませんが……」
「まあ、そうでしょうなぁ。あまり深いことは気にせず、楽しんでいきましょう」
「はい、そうですね。そうしましょうか」
いろいろなお店を見て回る中、朝市の外れの方に、アクセサリーを売っているお店を発見した。
可愛らしい、動物の装飾が施されたヘアピンやバッジのようだが……なんだか、普通のアクセサリーとは違う印象を受ける。
「いらっしゃい、お客さん。人避けの結界を無視して入ってこれるとは、なかなかの魔力量の持ち主だね」
店主である、老婆がそんなことを告げる。
客商売なのに、人避けの結界を張っていては商売にならないだろう。
そのことを尋ねると、意外な答えが返ってきた。
「うちは、魔法具を扱う専門店だからねぇ。大した魔力も持っていない相手に、売るものなんてないのさ。それで、お客さんは買っていくかい?」
飾られているアクセサリーは、どれも素晴らしい装飾品だ。
さらに、魔法具になっているということで、値段も相応に高いが……。
「ケイン先生、買っていくだけのお金はありますか?」
「アドルの爺さんから預かっているお金で十分足ります。なにか買っていくんですかい?」
「そうですね……それとこれ、それからこっちもお願いします」
「はいよ。誰かにプレゼントするのかい?」
「ええ、まあ。そのつもりです」
「それなら、特別に、防護用の結界を張る付与も重ねておこうかね。……はい、できた。お代は……うん、確かに頂いたよ」
「ありがとうございました。おばあさん」
「なーに、久しぶりの客だったからね。サービスしてやっただけさ。さあ、もうお行き」
おばあさんから、アクセサリーを三点購入してその場を離れる。
少し離れたところで、振り返ってみたが、おばあさんの露店は見えなくなっていた。
「……不思議な婆さんでしたね。このアクセサリーも、どんな付与がしてあるのか、しっかり鑑定したほうがよさそうですね」
「アドルが鑑定できましたよね? 帰ったら、念のため、アドルに調べてもらいましょう」
「わかりました。……それで、朝市のハズレまで来ちまいましたが、どうします?」
「もう一度だけ、中の様子を見たら帰りましょうか。気になるものがあったら、その時に買う予定で」
「わかりました。行きましょう、カイト様」
帰り道で、珍しい果物をいくつか買って宿まで戻ってきた。
アドルに、例のアクセサリーを鑑定してもらったが、とくに怪しい点はなかったらしい。
ただ、魔力回復増進と生命力活性化の魔力付与がされているアイテムを、提示された値段で売っていたのは怪しまれたが。
念のため、アドルがおばあさんの露店を探しに行ったが見つからなかったらしい。
とりあえず、危険な物ではないらしいので、僕が自由に使っていいということになった。
その後は、宿で朝食を食べ終えたら、馬車に乗り、イシュバーンへの帰路につく。
一カ月ぶりの帰還となるが、とくに変わったことが起きてないといいんだけど。
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