18.大樹海に向けて

 前回の会議から丁度一週間後、僕とミリアムさん、ケイン先生にアドルは出発準備を整えて場所に乗り込んでいた。

 行き先は、表向き、僕の見聞を広めるために各地を回る、ということになっているが、実際に向かうのは秘境である大樹海だ。

 装備も厳選した品物――ブラックワイバーンの革鎧とか――を揃えているため、油断しなければ即死はないはずだ。

 だが、しかし、ここで食い下がる人物がいた。

 メイドのエアリスだ。


 カイトが各地を訪問する旅ならば、世間体を整えたりするのに、侍女がひとりついていくべきだと主張してくる。

 ……こればかりは、彼女の意見が正しいので、反論をするのが難しい。

 そんな中、口を開いたのは、家宰のアドルだった。


「エアリス、あなたのいい分もわかります。ですが、今回の旅は、カイト様の初めての巡回となるのです。不備があっては、イシュバーン家の名折れ。侍女は用意できませんでしたが、代わりに、不肖このアドルが同行するのです。カイト様に恥をかかせるような真似はいたしませんよ」


 家宰であるアドルがそう言うのであれば、侍女見習いでしかないエアリスは引くざるを得ない。

 こうして一悶着あったが、無事にイシュバーン辺境伯領を出発、いつも馬車と旅立ちの轍を乗り換えている場所で、今日も乗り換えておく。

 馬車や馬は旅立ちの轍を呼び出したあと、その荷台にしまっておく。

 こうすれば、馬車や馬が盗まれたり、傷つけられたりする恐れはない。


「そういえば、大樹海って、ここからどれくらいかかるのですか?」

「そうですね……普通の馬車であれば、一週間といったところですが」

「今回は旅立ちの轍を使いますからねぇ。丸一日あればつくんじゃないですかい?」

「そうでございますな。森の中を直進できますゆえ、それくらいでしょうか」


 ミリアムさん、ケイン先生、アドル。

 それぞれの言葉に、目眩がしてきた。

 旅立ちの轍は馬車よりもかなり速いのに、それでも丸一日かかる距離だなんて。

 地理も勉強してはいるが、やっぱり、実地に立たないとわからないことは多いらしい。

 ともかく、移動の時間を短縮するため、アドルにも動かし方の説明をしておく。

 これで、僕とミリアムさん、アドルの三人が動かせるようになった。

 なお、ケイン先生は、魔力量が少ないため、長時間動かせないので除外している。


 森の中を機装で移動すること、一日半。

 周囲にある木の密度や雰囲気がだいぶ変わってきた。


「どうやら、大樹海に到着したようですね」

「ここが、大樹海ですか」


 アドルに教わり、遂に目的地まで到着できたことを知る。

 ミリアムさんとケイン先生が安全確認のため先に外に出たが、特に問題はないそうなので、僕とアドルも外に出た。

 大樹海の中は、これまでに行ったことのある森とまったく雰囲気が異なっていた。

 いまは、旅立ちの轍の力で周囲から木々がなくなっているが、その効果範囲を超えたところは、鬱蒼としており、太陽の光もほとんど見えない。

 さらに、空気もなんとなくだが、重い気がする。

 これが、大樹海なのか。


「……久しぶりに来ましたが、やっぱり気持ちのいい場所じゃないですねぇ。大樹海は」

「そうだな。天然のダンジョン、などとも言われるだけのことはある」

「左様ですね。私も二十年以上まえにここを訪れましたが、あのころから雰囲気はまったく変わっていません」


 どうやら、僕を除いた三人ともこの地に来たことがあるらしい。


「大樹海とは、どのような特徴のある場所なのですか?」

「……そうですね。基本的に、真昼でも暗い広大な森、そう思われてますが、実体は違います。奥に行けば行くほど、凶悪な魔物や魔獣が出現し、そいつらは昼夜を問わずに襲いかかってきます。火を怖がることもないですし、むしろ、それを目印に襲いかかってくることがあるんですから、人間としてはたまったものじゃないですね」

「そうですな。それに加えるなら、この一帯は環境魔力がのです。普段と同じ感覚で魔法を使おうとすると、発動に失敗したり、発動が非常に遅くなったりします。カイト様も十分にお気をつけください」

「あとは……そうだな。ここまで木々が乱立してるんだ。本来なら、大きな得物……両手剣や槍なんかは御法度なんだが……カイト様のソウルイーターなら、木ごと斬れるから大した問題じゃないですかね。ただ、突きを繰り出す際は十分に気をつけてくださいよ」

「わかりました。注意します」


 ミリアムさん、アドル、ケイン先生。

 それぞれからアドバイスをもらい、いよいよ大樹海の探索を開始する。

 全員アーマードギアを装備して、戦闘準備はバッチリだ。

 旅立ちの轍は、馬や馬車を積んだままなので、ここに置いておくことになるが、僕たちでなければドアを開けることはできないので問題ないと思う。

 今日からの行動予定は、朝から夕方までは魔物狩りに費やし、日没前に旅立ちの轍のところまで戻ってくる、それを繰り返すこととなった。

 現在の僕の実力では、大樹海の入口付近にいる魔物しかまともに相手にできないだろう、というのが三人の判断だ。

 戦いに慣れて、さらに奥へと進めることになったら、旅立ちの轍を使い、奥地の方へと向かうこととなる。

 とりあえず、今日はお試し、というか、どの程度僕が戦えるかの判断に費やすそうだ。


「まあ、あまり緊張せずに、やって下さい、カイト様。このあたりの魔物でしたら、そこまで強い種はいないはずです」

「そうでございますね。もし、手に余りそうな魔物が現れましたら、我々が加勢いたしますので、ご安心を」

「そうそう。お前は、後ろを気にせずに全力で戦えば問題ないさ」


 三人からの後押しを受けて、森の中へと入っていく。

 アーマードギアを装着しているから、直接はわからないけど、空気が重苦しく感じる気がする。

 そんな森に分け入って、すぐ。

 木に遮られて、死角になっている場所からなにかが飛び出してきた!


「グルウゥゥァ」

「ッ! 狼!?」


 飛び出してきたのは、深緑色の毛皮を纏った狼。

 一匹目はソウルイーターで弾き飛ばすことに成功したが、二匹目、三匹目と次々襲いかかってくる。


「この! しつこい!」


 アーマードギアを身につけているため、狼の牙が僕に届くことはない。

 だが、大量の狼に絡みつかれるのは、反撃できないという意味で困ってしまう。

 絡んできた、二匹目と三匹目をなんとか振りほどくが、周囲にはまだたくさんの狼たちが機を窺っていた。


「……こいつら、こんなにたくさん」

「カイン様! そいつらはディープフォレストウルフです! 多数の仲間と同時に襲いかかり、狩りをする種族ですぞ!」


 アドルが解説してくれるが、僕はそれに返答する余裕はない。

 アーマードギアの機動性で、なんとか躱しているが、なかなか反撃が当たらない。

 飛びかかってきた軌道上を剣で切ろうとしても、空中で身を翻して、ジャンプの軌道を変えてしまう。

 また、二匹以上が同時に襲いかかってくるため、なかなか反撃もままならない。


「このままじゃ、戦いにならないか。なら!」


 僕は、剣だけで対処することを諦めて、魔法も使うことに決めた。

 使用する魔法は、雷属性の下級魔法だ。

 普段は、詠唱を破棄して使うことができるが、念のため、詠唱を行って発動させる。


「【電撃よ、走れ、我が意を受けて、《ショックボルト》】」

「グギャウン!」


 今まさに飛びかかってこようとしていた、狼にショックボルトが命中する。

 ショックボルトは、相手を感電させて、動きを鈍らせる魔法だ。

 威力は高くないのだが、こういう動きの速い相手には重宝する……と習っていた。

 実際、飛びかかろうとしていた狼数匹が感電し、動きを止めていた。

 ただ、感電して動きが止まっているだけなので、僕はすぐに行動して狼の息の根を止める。

 これで、ほかの狼たちが逃げてくれればよかったのだが、あちらはお構いなしに攻撃を再開してきた。

 僕もショックボルトを使って、相手を行動不能にしながら狼を倒していく。

 このまま、戦いはすべての狼が倒されるまで続くのだった。


「お疲れ様です、カイト様。大樹海の洗礼を受けた気分はどうでしたか?」


 戦いを終えたところで、アドルが僕に話しかけてきた。

 ちなみに、ミリアムさんとケイン先生は、狼の死体を虚空の座にしまっている。


「あまりいい気分じゃないです。大樹海というのは、常にあのような感じなのでしょうか?」

「そうですね。おおよそ、今のような感じです。ディープフォレストウルフは集団で獲物を襲いますが、最後の一匹になっても諦めずに襲いかかってきます。ほかにも、さまざまな魔物や魔獣たちが生息していますが、皆、死ぬまでこちらに襲いかかってきますので、ご注意を」

「……なるほど。大樹海が、人間の手に負えない危険地域だということがよくわかりました」

「ご理解いただけたようでなによりです。……さて、ディープフォレストウルフの回収も終わったようですし、もう少し先に進んでみましょう」

「わかりました。……危なくなったら、加勢をお願いしますよ?」

「このあたりの魔物では、アーマードギアを貫通することはできませんよ。本当に危なくなりましたら助太刀いたしますので、それまではおひとりでがんばってください」


 わかってはいたけど、非常に厳しい修行期間になりそうだな……。

 せめて、アーマードギアのおかげで、視界がはっきりしていることだけが救いかな。

 さて、ここでのんびりしていても、許してもらえないだろうし、次の獲物目指して奥へと進もうか。

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