10.ゴブリン討伐戦
当初予定にはなかったゴブリン討伐。
話によると、ホーンラビットの群生地付近に小規模なゴブリンの集落が形成されているらしい。
それで、ホーンラビットたちは逃げだし、分散してしまっているようだ。
「父様、それでは、ゴブリンたちを倒しても、ホーンラビットが散ってしまったことの解決にはならないのではないですか?」
「そう思うだろうが、ホーンラビットたちは違う。自分たちの群生地を決めると、よほどのことがない限り、そこを離れないのだよ。実際、ゴブリンたちを見張っているホーンラビットの姿も確認できたようだ」
「……そうなんですね。ホーンラビットは臆病な性格だと、本に載っていましたので」
「一般的な魔物図鑑ではそうなっているだろうな。ただ、魔物たちの生態もそんなに単純ではないのだよ」
やっぱり、実際に現地に出てみるのは、いろいろな発見があって勉強になる。
本では学べないことがたくさんあるなぁ。
「それでだ、いま馬や馬車の護衛に残っていた騎士を数名呼び寄せている。そのものたちが合流したら、ゴブリンの集落を強襲、殲滅戦を行う」
「わかりました。僕はどうすればいいのでしょう?」
「……そうだな。ケイン、お前はどう思う?」
「はっ。サポートがあればゴブリンを相手取るのもできるでしょう。ふたりほど護衛につければよろしいかと」
「そうか、わかった。ジル、マスト。お前たちがカイトのサポートにつけ」
「はっ、かしこまりました」
「了解いたしました」
ジルさんは、今日来ている騎士の中では唯一の女性騎士。
森の中でも戦いやすいようにショートソードを身に帯びている。
一方、マストさんの方はまだ若めの男性騎士。
こちらは、一般的な長さの片手剣だ。
ふたりとも、革の盾を装備しており、いままでの立ち回り方も機敏だ。
ケイン先生は勿論強いだろうけど、このふたりも強そう。
「そういうわけで、よろしくお願いいたします、カイト様。ジルと申します」
「俺はマストです。精一杯サポートいたしますが、前線に飛び込んだりはしないでくださいよ?」
「はい、おふたりともよろしくお願いいたします」
僕なんかより、遥かに強そうなふたりと共に父様たちのあとを歩く。
途中、ゴブリンの死骸がところどころに転がっているが、気付かれないのだろうか?
「ああ、ゴブリンの死骸ですね。あれは、魔法で処理していますので、しばらくは臭いを発しません。……正確には、臭いを魔法で別の方向に散らしているのですが」
「カイト様も連れて行くことになったのは、この魔法の効果が切れる前に、ゴブリンたちを討伐したかったからなんですよね。やはり、警戒されてしまうと、戦いにくいですから」
道すがら、ジルさんとマイトさんが説明してくれる。
血の臭いをごまかす魔法なんて、便利なものもあるんだね。
そう言ったら、割と広く知られている魔法らしい。
「冒険者なんかは、仕留めた獲物をその場で解体する必要がありますからね。この魔法は必須になるんですよ」
「冒険者、ですか?」
「おや? カイト様は、冒険者のことを知らないのですか?」
「申し訳ありません。聞いたことがないですね」
ジルさんが説明してくれるけど、僕は冒険者についてはまったく知らない。
冒険者か。
話の流れ的に、魔物退治をする人のようだけど……。
「そうですね、もう少し時間がありますし、冒険者について説明いたしましょう」
「よろしくお願いします」
「冒険者というのは……一言で言えば『なんでも屋』ですね。街にあるギルドや酒場などで依頼を請け負い、それを遂行する。そんな者たちのことです」
「駆け出しの冒険者は、村から出てきた子供や、定職に就けなかった子供なんかが多いですね。そういった子供たちに対しては、見習いということで、街の中での簡単な依頼を任せることが多いです」
「そうなのですね。まったく知りませんでした」
僕がまったく知らなかったことを伝えると、ふたりはそういうこともあるだろうと言ってくれた。
「まあ、辺境伯家の後継である、カイト様がまだ知らなくても仕方がありませんね。……ああ、ある程度成長すれば、街中での依頼だけでなく街の外での依頼を受けることになります。そんな中で多いのは、調薬士が使う薬草集めや魔物の駆除なんかですね」
「……魔物の駆除を受ける段階になると、冒険者の死傷率がグンと跳ね上がります。まだまだ未熟な段階で、無茶な依頼を受けるものが多いので……」
「冒険者は、武器も基本的に自前で用意ですからねぇ。俺たちみたいな街の雇われ兵士や騎士とは違って、そっちにも金がかかるんで、かなり大変なんですよ」
「……そうなのですか。ですが、支援するようなことはできないのでしょうか?」
「こう言っちゃなんですが、冒険者って仕事自体が、口減らしや使い捨ての代名詞だった時代がありましたからね。いまでは、大きなギルドが初心者に向けた戦闘講習や武器の貸し出し、文字の読み書きなんかの支援を行っていますが……そっちのサポートを受けたがらないものも多いので」
「子供たちにとって冒険者ってのは、一攫千金の憧れですからね。地道な積み重ねというのを、わかっていないものも多いのですよ。とても残念ですが」
そうなのか。
でも、そういった人たちも上手くやっていけるようにできないのだろうか?
そのことを尋ねてみると、ふたりとも渋い顔になった。
「……根本的に、身の程を弁えていないものが多いですからね。支援するにも限界があるのですよ」
「勿論、全員が全員、そんな無茶をするわけじゃないんですがね。さっきも言いましたが、一攫千金の成り上がりができるのも冒険者ですから」
「それがわかっている者は、地道にお金を貯め、武器や防具を揃え、戦闘講習を重ねてから、魔物退治に向かいます。それができる者たちは生存率も高いですし、ある程度の成功は収められるんですよ」
なるほど、だいたいの事情はわかった。
そう考えると、初めての魔物との戦いにこれだけサポートをしてもらえる、僕はとても恵まれているのだろう。
「……そろそろ、おしゃべりも終わりですね。ゴブリンたちの集落はもうすぐです」
「いいですか、カイト様。カイト様の獲物は、両手剣です。森の中で振るうには、少々大きすぎます。上手く開けた場所を選んで戦うようにしてください。決して無理はなさらぬよう」
「わかりました。それでは、よろしくお願いします」
僕たちは風下側からゴブリンの集落へと近づいていく。
途中、父様の指示で、何人かずつの塊となり、集落を包囲していく。
……さすがに、父様でも先程のような土の壁で集落を包むことはできないらしい。
母様ならできるという話だが、母様は絶対安静だから無理な話だ。
「……それでは、始めるぞ、皆の者。魔法、投射!」
ゴブリンの集落を包囲するように散った騎士たちが、同時に魔法を集落へと叩きつける。
見た限り多かったのはファイアボールの魔法だろう。
先生に習っただけの知識だが、比較的使用することが簡単で、着弾すると燃え広がる性質があるので、広範囲攻撃には向いているらしい。
他方、燃え広がってしまうため、森の中などでは扱いにくい、という話だったが、そこは上手く調整しているようだ。
実際、周りの木々に燃え広がるような事態にはなっていない。
「グギャギャギャ!」
一斉攻撃を受けたゴブリンたちだが、大半はまだ戦闘ができる状態だった。
そういったゴブリンたちを逃さないために、騎士たちが一気に駆け寄り、一匹ずつ確実に葬っていく。
あの動きは、ブーストの魔法で身体強化をしているのだろう。
ゴブリンたちよりも格段に素早く、正確に、力強く戦っている。
「カイト様、そろそろ我々もいきますよ」
「カイト様はブーストの魔法は大丈夫ですか?」
「はい、覚えています。【魔の力よ、我が身を覆い、力と成せ、《ブースト》】」
呪文の詠唱が終わると同時に、僕の体が淡い光に包まれる。
ブーストの魔法が正常に発動した証だ。
「思っていたよりも、滑らかな詠唱ですね。効果もしっかりと発動しています」
「あとは、発動時の光をある程度抑えることができるようになれば完璧ですね。夜などは、それで気付かれてしまうこともありますから」
ジルさんとマイトさんからも、合格点がもらえたようだ。
僕にできる魔法は三種類だけ。
なので、いまはその三種類を重点的に鍛えている。
「では、いきましょう。……あそこにいるゴブリンを倒しましょうか」
ジルさんの視線を追えば、ゴブリンが一匹だけ孤立していた。
こちらに気がついた様子もないので、一気に倒すことができるだろう。
「それでは、カイト様どうぞ。もし討ち漏らした場合は、我々で処理いたしますので」
「サポートは任せて存分にやってください」
ふたりからの言葉を受け、狙いを定める。
そして、間に障害物もないことを確認すると、一気に駆け出し、勢いのままゴブリンの胸を貫いた。
ホーンラビットを倒したときと同じように、なにかが体内に流れ込んでくる感覚を覚えたが、まだ、油断はできない。
ソウルイーターに刺さっていたゴブリンを振りほどくと、次のターゲットを探す。
……ちょうど、いまの物音でこちらに向かってくるゴブリンがいるので、それを目標に定めた。
ゴブリンは一直線に向かってきており、その手に持った粗末な棍棒を振り下ろしてきた。
僕はそれを回避して、ソウルイーターを一気に振り下ろす。
振り下ろされたソウルイーターは、その切れ味を遺憾なく発揮し、ゴブリンが盾代わりに構えた棍棒ごと、ゴブリンの体を切り裂いた。
ゴブリンを倒したことで、また体になにかが流れ込んできたが、まだまだ、戦闘は続いている。
その後も、ジルさんとマイトさんの助けを借りながら、一匹ずつ確実にゴブリンたちを倒していった。
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「……これで、ゴブリンの集落は片付いたな。逃げ出したゴブリンはいるか?」
「周囲で監視していましたが、逃げ出したゴブリンはいませんでした。すべて討伐完了です」
「ご苦労。それでは、ゴブリンの死骸を処理して帰投する」
おそらく十分ほどだろう、戦いはすぐに終わり、騎士の報告通り、すべてのゴブリンを倒すことができたようだ。
僕の警護に当たってくれているふたり以外の騎士は、ゴブリンの死骸を魔法で焼却処理し、地面に埋めている。
焼却しないと、今度はゾンビ系の魔物になって復活することが稀にあるらしい、というのはジルさんの言葉。
万が一に備えた対応なのだろう。
……あと、ホーンラビットがゴブリンの死骸を食べないようにするためもあるとか。
ホーンラビットは雑食性なので、肉も平気で食べるらしい。
「カイト、初めての実戦はどうだった?」
騎士に指示を出し終えた父様がやってきて、今日の感想を聞いてくる。
「はい。ホーンラビットには手こずりましたが、ゴブリンは難なく倒すことができました。ジルさんとマイトさんの助力があってこそですが……」
「そうでもないですよ。カイト様は、きちんと倒す順番も考えて行動していましたし、ブーストの効果も、我々騎士のものに負けないほど効果が高かったです」
「そうですね。俺からみると、剣の切れ味に頼った戦い方に見えましたが、問題ないでしょう。なにより、初めての実戦でここまで落ち着けるというのは、なかなかできないことです」
……確かに、戦っている間は、頭の中がスッキリしていた感じがする。
ホーンラビット相手にはかなりあせっていたのに、なんだか不思議だ。
「ふむ。ホーンラビットに手こずったわりに、ゴブリンは問題なかったか。ブーストの有無や、ゴブリンの相手は対人戦に近いこともあるだろうが、それを差し引いても上出来だろう。……ところで、いまも体調に問題はないか?」
父様が僕の体調を聞いてきたので、問題ないと返す。
すると、父様は不思議そうな顔をした。
「……たいていの者は、初めてゴブリンを倒したときに、体調不良を訴えるのだがな。それもないということは、肝が据わっているのか、それとも鈍感なだけか……」
父様になんとなく失礼なことを考えられているようだが、実際、体調は問題ないので聞き流すことにした。
やがて、ゴブリンの後始末も終わり、全員で帰還する。
小規模とはいえ、ゴブリンの集落を襲ったのに、怪我人が皆無というのも騎士たちの強さの表れなのだろう。
ただ、父様は、騎士たちにこの周辺の調査を命じていた。
この周囲に、もっと大規模なゴブリンの集落があることを危惧しているそうだ。
さすがに、その討伐には連れて行ってもらえないが、今日の結果は上出来だっただろう。
そして、屋敷まで帰ったところ、ゴブリンの返り血を浴びていたことでエアリスに捕まり、お風呂に放りこまれたのはご愛敬かな。
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