9.野外実習
「ははっ、なかなか強くなりましたね、カイト様!」
「ありがとうございます、ケイン先生。でも、まだまだですね」
初めての訓練から半年ほどが過ぎた。
その間、必死に基礎体力を鍛え続け、最近ではケイン先生との打ち合いでも、それなりに動けるようになってきている。
やっぱり、自分の成長を実感できるというのは楽しいね。
「いや、半年でこれだけ動けるようになるのは大したもんですぜ。うちの新兵どもにも見習ってほしいもんだ」
「新兵の皆さんと比べるのはかわいそうですよ。僕の場合、剣術の基礎はすでにできていたんですから」
「それもそうですね。……しかし、午前中は剣術の訓練、午後は魔法の訓練。毎日忙しくないですかい?」
……忙しいか。
あまり考えたことがなかったな。
「思い起こせば、忙しかったかもしれません。ただ、毎日が充実していたので、そこまで気にしたことはないです」
「そいつは本当にすごいですね。その日々の積み重ねが、今の結果につながっているんでしょうな」
そうだとしたら嬉しい。
なにせ、僕もしばらくしたら兄になるのだから。
魔法の訓練を母様から受けるようになって、しばらく経ったころ、母様の体調があまりよくない日々が続いたことがあった。
魔法の訓練自体は、自主練習ということで続けていたが、やっぱり気になってしまう。
そんなある日、家にお医者様が来て、母様を診察した結果、妊娠していることがわかったのだ。
あの日は、父様がはしゃいで大変だったな……。
それからは、魔法の訓練も騎士団から先生が来て教えてもらうこととなった。
……魔法のほうは、剣術ほど順調ではないが。
先生にも言われたが、オールラウンダーという特性上、やはり、魔法を覚えるのは難しいようだ。
なぜオールラウンダーが魔法の習得が難しいかは、長年研究されているそうだが、いまだに結論は出ていないらしい。
反発する属性すべてを扱える結果、魔法を体内で打ち消しているのだ、という人もいれば、そもそも属性の力が打ち消されてしまい、魔法自体が発動しようとしない、という人もいるらしい。
結論だけ言えば、どんな理由にせよ、オールラウンダーが魔法を苦手とするのは事実だ。
この半年間で覚えた魔法は、三種類だけ。
灯りの魔法、ライト。
目眩まし用の魔法、フラッシュ。
身体能力強化魔法、ブースト。
これだけだ。
ちなみに、僕と一緒に訓練を受けているエアリスは、僕の覚えた三種類のほかに、各属性の初級攻撃魔法も覚えている。
エアリスは魔法と相性がいいみたいで、このまま訓練を続ければ、一年ほどで中級魔法も扱えるようになるだろう、というのが魔法の先生の判断だ。
エアリスには完全に引き離されてしまったが、得意不得意は誰にでもあるので、あまり気にしていない。
むしろ、エアリスのほうが、申し訳なさそうな顔をしていることがあるので、なんだかいたたまれないよ。
あと、魔法の訓練では円環の理を使わないようにしている。
円環の理に頼ってばかりだと、いざというときに魔法が使えないこともあり得そうだからだ。
先生いわく、もう少し訓練を続けてみて、それでも新しい魔法を習得できなかったときは、円環の理を使って練習することになっている。
ライトの魔法を覚えたときの話を母様がしていたらしく、円環の理で一度魔法を発動させれば、次からは補助なしでも発動できるかもしれない、ということだ。
どちらにしても、魔法も覚えないといけないので、訓練を欠かすことはできないね。
「……さて、カイト様がここまで腕を上げたんでしたら、そろそろ、実戦での訓練も考えたほうがいいやもしれませんね」
「実戦訓練ですか?」
「ええ。実際に、魔物と戦ってみるんですよ。勿論、弱い魔物と一対一での戦いになるように配慮しますがね」
実戦訓練か。
いままでは先生相手の対人戦しかやってこなかったけど、将来的には魔物相手の戦闘だってあり得るんだ。
それなら、実際に経験してみるのもいいかもしれない。
「わかりました。それで、どの程度の魔物と戦うんですか?」
「そうですねぇ……。まあ、ホーンラビットが無難でしょうな。ゴブリンどもは慣れないときついですし、多少とはいえ知恵もあります。まずはホーンラビットと戦ってみて、それである程度慣れたら、はぐれのゴブリンを相手にする、って感じですかね」
ホーンラビットか。
魔物の中でも、確か最下級に分類されている魔物だった気がする。
あまり好戦的ではないけど、繁殖期とかは結構危ないって話だったような。
あと、繁殖力がそれなりにあって、畑を荒らすこともあるから、積極的に討伐されることもあるとか。
そんな話を先生にしたら、少し驚かれてしまった。
「確かに、ホーンラビットの生態としてはそんな感じですね。どこで習ったんです?」
「夜にはいろいろと勉強をしているんです。その中で、魔物の生態についての勉強もあるので、その時に覚えました」
「はぁ……。辺境伯家のお坊ちゃんっていうのは忙しいですねぇ。午前は剣術、午後は魔法、夜は学問ですかい」
……そういわれると、かなり忙しい毎日なのかもしれない。
ただ、あまり疲れてはいないんだよね。
「もう慣れたから大丈夫です。それに、わからないことを知ることができるのは楽しいですし」
正直に言うと、夜寝る前に、浄化の宝杖を使って体力を回復しているのだ。
最初は浄化の宝杖を使う練習のつもりだったのだが、使ってから寝ると、翌朝非常に楽になるため、いまでは毎晩使ってしまっている。
それがいいことなのかはわからないけど、魔力は余裕があるので、問題ないと思う。
「それで、実戦訓練はいつ行くのですか?」
「ファスト様に確認も取らなくちゃいけませんので、早くても来週かと。こっちでも準備がありやすしね」
「わかりました。楽しみにしていますね」
父様の許可は必要なようだけど、実戦訓練を受けられることが決まったみたい。
実際に戦ってみるの、楽しみだな。
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「……どうして、父様も一緒に来るのです?」
「お前の鍛錬の成果を確認しておきたくてな。まあ、問題はなかろう」
ケイン先生が父様と話し合った結果、なぜか父様も一緒に来ることとなったらしい。
僕はまだ、馬に乗れないため、馬車での移動となるが、父様も一緒に来たことから、護衛の数もかなり多くなっている。
……これ、本当にホーンラビットと戦えるよね?
「それよりもカイトよ。予め、ソウルイーターを準備してあるようだな」
「はい。実戦でしたら、木剣というわけにもいかないでしょうし」
そう、今日はソウルイーターをもっての参加だ。
ソウルイーターを呼び出す時間も、この半年で大分短くなった。
最初は十五分かかっていたが、いまは一分で呼び出すことができる。
理想は、すぐに呼び出すことなんだけど……そう簡単にはいかないよね。
「魔物相手の戦いだ。使い慣れた武器を持ってくるのは正解だな」
「使い慣れた、といいますか、これしか真剣を持っていないのですけどね」
自由に出し入れできる魔剣。
そんな武器があれば、ほかの武器を用意する必要もない。
なので、今日の装備は、軽い革鎧とソウルイーターだけだ。
ソウルイーターは両手持ちの剣なので、盾も持っていない。
「……そろそろ、ホーンラビットの生息地だな」
「そうなのですね。意外と街から離れている気がしますが」
「この人数だからな。ある程度の群生地に来ないと、逃げられてしまう。そして、逃げた先が畑だったときは、目も当てられない」
確かに、そうかも。
ホーンラビットは、基本臆病らしいし、逃げ出さないように注意する必要があるらしい。
ホーンラビットの生態について考えていると、馬車が止まった。
どうやら、目的地に着いたようだ。
「ファスト様、カイト様。目的地まで辿り着きました」
「うむ。ご苦労」
父様の後に続いて、馬車を降りる。
到着した場所は、森の入口、といった場所だ。
これ以上先は道が狭くなっていて、馬車でいくことは出来そうにない。
「ここから先は少し歩きます。木の根に足を取られないよう、十分注意してください」
ケイン先生が先頭を歩き、そのあとを父様と僕が歩く。
僕たちの周りにも、何人か護衛の騎士たちがついてきている。
騎士たちの装備は、皆、革鎧装備だ。
ケイン先生に聞いてみたが、普段のプレートアーマーだと、金属音で逃げられることがあるらしい。
なので、今日は全員革鎧だそうだ。
「……いました。ホーンラビットが三匹ほどいますね」
ケイン先生が目標を見つけたらしい。
先生の視線を追うと、その先には角を生やしたウサギたちがいた。
……あれが、ホーンラビットか。
こうして見ているだけだと、害はなさそうな魔物だけど。
「……しかし、変ですね? ホーンラビットの群生地はもう少し、森の奥のはずですが」
「確かにそうだな。……今日はカイトに実戦経験を積ませるために来たのだが……、少し調べる必要があるかもな」
「わかりました。……数名先行して群生地の様子を見てきてくれ。なにかあったら、魔道具で連絡を」
「はい、隊長」
ケイン先生の指示で、護衛についていた騎士から三人ほど先に行ってしまう。
目の前にいるホーンラビットに気付かれないよう、迂回して森の奥へと進んでいった。
「さて、三匹いますが、どうします?」
「私が魔法で二匹倒そう。その上で、逃げられないように周囲を囲む。カイト、それからホーンラビットを倒すのだ」
「はい、わかりました」
作戦が決まるとすぐに、父様が魔法を発動させる。
すると、ホーンラビットの周囲に土の壁ができた。
ホーンラビットも慌てて逃げようとするが、父様が使った魔法によって、岩の槍に串刺しとなり、二匹は倒されてしまう。
最後の一匹はそれをみて、動きを止めていたが、こちらに気付くと、角をこちらに突き出し、威嚇を始めた。
「さあ、準備はできたぞ。あとはお前の仕事だ、カイト」
「はい、わかりました」
僕はソウルイーターを手に前へと進み出る。
ホーンラビットは相変わらず、こちらを威嚇しているが……どう戦おう?
僕が迷った一瞬の隙を突き、ホーンラビットは僕目掛けて突進してきた。
「うわっと!?」
するどい角での攻撃を、なんとか弾き、体勢を整える。
あちらは、また、角を突き出して威嚇を始めていた。
「カイト、悩んでいる暇はないぞ。一気に仕留めてしまえ!」
父様から檄が飛ぶ。
迷っているよりも、攻撃したほうがいいということだろう。
「てやっ!」
僕は走り込んでソウルイーターを振り下ろすが、ホーンラビットには当たらなかった。
あちらは横に跳んで回避したので、こちらも横振りに切り替えて追撃する。
「キュイ!」
今度は躱しきれなかったらしく、浅くではあるが切りつけることに成功した。
切りつけられたホーンラビットは動きが鈍くなったため、ソウルイーターで突きを繰り出し、仕留めることに成功した。
「うむ、まあまあだな」
「そうですね。五歳で実戦経験がないのでしたら、十分なできでしょう」
父様とケイン先生の話している声が聞こえる。
ただ、僕にはそれ以外の音も聞こえてきていて……。
まるで、ソウルイーターがなにかを吸収しているようだった。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「あれ? ここは?」
気がつくと、真っ白い空間に来ていた。
周囲にいたはずの父様たちもいないし、木々も消えてしまった。
……どうやら、なにかの神様に呼ばれたみたいだ。
「やあ、久しぶり、カイト=イシュバーン」
「……ロキか。久しぶりだね」
目の前に現れたのは、半年ぶりの再会になる神様、ロキだった。
「もう少し早く再会できるかと思っていたんだけど。人間というのは慎重なものだね。ソウルイーターがあれば、あの程度の魔物、簡単に倒せるのに」
「……そこまで簡単でもなかったよ」
実際、先手を取られたし、一度は攻撃を躱された。
結局は勝てたけど、簡単とまでは言えない結果だった。
「それは、まだ君がソウルイーターを使いこなせていないからだね。円環の理もあることだし、魔法も使ってよかったんだ。あとは、実戦経験を積み重ねるしかないかな」
「……それはどうも。それで、どうして僕を呼んだの?」
わざわざこの空間に呼び寄せたんだ。
なにか理由はあるはず。
僕の問いかけに、ロキは楽しそうに微笑みながら話を続けた。
「話が早くて助かるよ。君がソウルイーターを使って魔物を倒したことで、『コスト』がたまったことを教えに来たのさ。さすがに、ホーンラビット一匹じゃ何もできないけど、この調子で『コスト』を貯めれば、機装を増やすことができるよ」
「『コスト』? それに機装を増やすって?」
ガイア様に浄化の宝杖をもらったときも、『コスト』について話を聞いた気がする。
確か、ソウルイーターを使って魔物を倒すと増えるとか。
「『コスト』は魔物の魔力を取り込んだ……一種の数値だね。機装を買うためのお金、そう考えてもらえば大丈夫だよ」
「……つまり、ソウルイーターで魔物を倒せば、機装を増やすことができる?」
「そうなるね。ただし、増やせる機装は限られているし、最大個数も決まっている。いま、君が持っている機装で増やせるのは、円環の理だけだね。浄化の宝杖は増やすことができないよ。勿論、ソウルイーターやセイクリッドティアもね」
どうやら、そこまで万能なものでもないらしい。
でも、円環の理を増やしても、どうすればいいのだろう?
「円環の理を増やしたら、君が信頼できる人に渡せばいいさ。機装とは、君自身の強化のためだけじゃなく、君の仲間を強化するためのものでもあるからね」
僕の疑問を読みとっていたらしいロキが、得意そうな顔で答えを告げてきた。
「それから、機装では君を傷つけることはできないよ。そういうもの、だからね」
よくはわからないけど、そういうことらしい。
神様の道具に、人間の理屈は通じないのかな。
「ともかく、まずは、円環の理を複製できるように魔物をもう少し倒してみよう。それが一番の近道だからね」
「……わかったよ。でも、父様たちの許可が出ないと無理だからね」
「それならすぐにでも出るさ。それじゃ、またね」
言いたいことは言い終わったらしいロキが、指を鳴らす。
すると、あたりが白い光に包まれてなにも見えなくなる。
そして、気がつくと、元の森の中に戻されていたのだった。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「ファスト様、ケイン隊長。いま戻りました」
気がつくと、先行していた騎士たちが戻ってきていた。
父様たちになにか話をしているけど、なにがあったのだろう?
「……そうか、それは早めに手を打っておくべきだな」
「はい。街に被害がおよぶ前に手を打つべきかと」
少し緊張した表情で話す父様たち。
やがて、話を終えた父様がこちらに来て、状況を説明してくれた。
「ホーンラビットの群生地にゴブリンどもが住み着いたらしい。カイト、予定は変更となるが、このゴブリンたちを片付けにいくぞ」
どうやら、僕の初めての戦いはまだ続くらしい。
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