8.基礎訓練(魔術)
昼食を食べたら、今度は魔法の授業だ。
魔法の授業はエアリスも一緒に受けることになっているので、共に中庭に来ている。
「魔法の授業ですか。……私にも扱えるのでしょうか?」
エアリスは、僕が思っているよりも不安そうな顔をしている。
エアリスが不安なら、僕はもっと不安になるんだけど。
「きっと大丈夫だよ、エアリス。母様も、難しいことをいきなりやれとは言わないだろうし」
「……そうですね。ありがとうございます、カイト様」
エアリスの表情が少しやわらいだ。
緊張もとれたかな?
エアリスと話をしていると、母様がやってきた。
「待たせましたね、カイル、エアリス。それでは魔法の授業を始めましょう」
「わかりました。母様」
「よろしくお願いします。奥様」
「それではまず、魔力の扱い方を教えます。……とは言っても、まずこれを覚えるのが難しいのですが」
「そうなのですか? そんなに難しいことには思えないのですが」
エアリスにはいきなり難しいことをやらないだろう、と言ってしまった手前、詳しく聞いておきたい。
僕の質問に、母様は人差し指を立てて、その先に光を灯した。
「……いま使っているのが、ライトという魔法です。本来なら、これにも詠唱があるのですが、それは破棄しました」
「詠唱破棄というのは難しいのですか?」
「そうですね、非常に難しい技術ともいえます。魔法の本質を理解すると、普通に使える技術なのですが。……話がそれましたね。いま、私は常に魔力を使っています。カイル、エアリス。私が使っている魔力がわかりますか?」
母様が僕たちに質問をしてくる。
でも、魔力なんてわからない。
「いえ、私にはわかりません」
「僕もわからないです」
僕たちの返答に納得したように、母様は灯していた光を消す。
「いまのが、魔力を覚えるのが難しい理由です。魔力というのは目に見えないものです。それの流れを見極め、自分の力に変えて魔法と成すのです。最初に魔力を感じるのは、かなり大変な作業なのですよ」
母様の説明で、僕もエアリスも納得できた。
確かに、目に見えないものを動かすのは難しそう。
「そうですね……。最初はこの周囲の魔力を私が勢いよく動かします。それを感じることができれば、第一段階はクリアでしょう」
「わかりました。母様、お願いします」
「奥様、お願いします」
「よろしい。では、始めますよ」
母様が目を閉じて集中を始めた。
……それ以外は、変わったところは感じられないけど……。
そのまま、一分ほど経ったとき、周囲に不思議な力があることに気がついた。
……これが、魔力なのかな?
僕はその力の流れに手を伸ばして捕まえてみる。
でも、勿論、その力の流れを捕まえることができるはずはない。
だったら、ソウルイーターを出すときと同じように、意識を集中させてやってみよう。
両手に意識を集中させて、再度力の流れに手を伸ばす。
今回は、力の流れを捕まえることができた!
だけど、勢いが強すぎて、捕まえた瞬間に引き摺られてしまい、転んでしまった。
「……驚きましたね。この短い時間で魔力の流れを感じ取り、それを捕まえるなんて」
「……いまのが魔力でよかったのですか?」
「ええ、あなたがつかんだものが魔力です。今回は私が制御していたものを、無理矢理つかんだため、引き摺られたようですね。……普通は魔力をつかむ、なんてできないのですが」
母様に少し呆れられてしまった。
でも、できてしまったのだから仕方がないと思う。
「カイル様、すごいですね。私はまだ、なにも感じることができていません」
「気にすることはありませんよ、エアリス。この訓練は、普通一週間以上続けて初めて成果が出るものなのです。……カイル、いま、なぜ魔力の流れがわかったのですか?」
母様の質問にどう答えるべきかな?
やっぱり正直に答えた方がいいよね。
「ソウルイーターを出すときの感覚と同じだったので、なんとなくわかりました。魔力の流れをつかめたのも、同じ理由です」
「……なるほど、それではエアリスに指導することはできませんね」
「私には魔剣を扱うことはできないですからね」
あ、エアリスが少し落ち込んでしまった。
どうやれば、エアリスにもわかるようにできるかな?
「……母様。魔力の流れを、体に直接流すことはできないのですか?」
思いつきだけど、ひとつ提案をしてみる。
魔力を直接体に流すことができれば、エアリスにもわかるかもしれない。
「そうですね……。感じ取ることができるかは、個人の資質によりますが不可能ではありません。カイルが魔力を動かせるのであれば、エアリスに試してみるのもいいでしょう」
「いいのですか、奥様」
「構いませんよ。それでは、私の手を握ってください」
「はい。失礼いたします」
エアリスは母様の手をしっかりと握りしめる。
そして、母様が集中し始めた。
なんとなくだけど、母様からエアリスに魔力を流し込まれているのがわかる。
魔力の流れがわかるようになるのって、こういう感じなのかな?
そのまま、数分が経ち、エアリスが母様の手を離した。
「なんとなくですが、温かいものが奥様の手から流れ込んでくるのがわかりました。これが魔力でしょうか?」
「そうです、おそらくそうでしょう。エアリスもなかなか優秀な生徒のようですね」
「ありがとうございます、奥様」
エアリスも無事、魔力の流れを理解できたみたい。
これが第一段階だと言っていたけど、次は何をするんだろう。
「正直、今日中にこの段階が終わるとは思っていませんでした。それでは次のステップに進みましょう」
「はい、お願いします」
次のステップか。
今度はなにをすればいいのかな?
「次ですが、魔法を使ってみましょう。魔力の流れを理解できれば、簡単な魔法は使えるはずです」
なんだか、いきなり難しくなった気がする。
隣を見ると、エアリスも困惑気味だ。
「奥様、いきなり魔法を使うことなんてできるのですか?」
「簡単な魔法でしたら大丈夫ですよ。そうですね、先程使った、ライトの魔法を教えましょう」
さっき使っていた、灯りの魔法か。
それなら大丈夫そう。
「まずはライトの詠唱ですね。よく聞いて復唱してください。【内なる力よ、光を灯せ、《ライト》】」
「ええと、【内なる力よ、光を灯せ、《ライト》】」
母様の教えてくれた詠唱を復唱してみるけど、なにも起こらない。
「【内なる力よ、光を灯せ、《ライト》】」
今度はエアリスが復唱するけど……。
エアリスの指先にうっすらとだけど、光が灯った。
「すごいですね、エアリス。一度で成功させるなんて」
「ありがとうございます、奥様。……あっ」
エアリスが、母様に返事をした瞬間、灯りが消えてしまった。
「気にすることはありませんよ、エアリス。最初の間は、魔力が安定しないので、なにかのはずみに消えてしまうことはよくあります。まずは、何回も試してみて、少しずつ明るさを明るく、持続時間を長くしてみましょう」
「わかりました。頑張ります」
エアリスは、再び詠唱を行い、光を灯す。
僕も早くできるようにならないと。
「【内なる力よ、光を灯せ、《ライト》】」
再び詠唱を試してみるけど、やっぱり光は点かない。
そのあと、何回も試してみるけど、やっぱり成功しなかった。
「うーん、やっぱりカイトは苦労するようね」
「母様、理由がわかるのですか?」
「ええ。あなたは、すべての属性を扱えるオールラウンダー。オールラウンダー最大の問題は、魔法を使うのが難しいことなのですよ」
母様から教えられたことは、なかなか厳しい現実だった。
昨日、父様たちが言っていたことはこういうことだったとは……。
「あの、カイト様、大丈夫ですか?」
エアリスも心配そうに、こちらを見ている
「……うん、大丈夫だよ。僕は平気だから、エアリスは自分の練習をしていて」
「わかりました。頑張ってください、カイト様」
エアリスを自分の練習に戻させて、僕も自分の練習を再開する。
でも、何回唱えても、光が灯らない。
「……魔力の流れはできているのですが、上手くいかないものですね。カイト、疲れたら休むのですよ?」
「わかりました、母様。もう少し続けてみます」
やっぱり、魔力はきちんと動いているみたい。
どうして、僕の場合、上手くいかないのだろう。
「【内なる力よ、光を灯せ、《ライト》】」
これで何回目かわからない詠唱をしてみたとき、僕の左腕にはめられているブレスレットの存在を思い出した。
魔法神テミス様にいただいた、円環の理。
もしかしたら、これを使えば、魔法が使えるかもしれない。
僕は意識して魔力を動かし、自分の腕に直接流すのではなく、左腕にはめられた円環の理を通すようにする。
「【内なる力よ、光を灯せ、《ライト》】」
円環の理を使って、詠唱を試みる。
すると、円環の理がまばゆい光を放った。
驚いて、魔力を流すのを止めてしまったため、光はすぐに消えてしまったけど。
「カイト、いま、なにをしたのですか?」
母様が驚いた様子で問いかけてくる。
「ええと、魔法神様からいただいた円環の理を通して魔法を使ってみたんです。そうしたら、すごい光が放たれて……」
確か、円環の理は魔法を使いやすくする効果があると聞いていた。
こんなに強い力があったなんて驚きだ。
「……なるほど。魔法神様から授かった腕輪の力ですか。ですが、それがないと魔法を使えないのでは、意味がありませんよ?」
母様の言う通りだ。
これがないと魔法が使えないのでは、いざというときに困るかもしれない。
「わかっています。次は、円環の理を使わずに試してみます」
「そうですね。一回成功したのです。今度は、腕輪なしでもできるかもしれません」
僕は、円環の理に魔力を流さないようにして、詠唱をしてみる。
すると、今度は手のひらの上に光の球ができた。
「……母様、できたみたいです!」
「そのようですね。……指先に光を灯すわけではないのが、気になりますが」
「ええと、なにかまずかったのですか」
「……そうですね。また次のステップになるのですが、教えておきましょう。エアリスも聞きなさい」
「はい。奥様」
自主練習をしていたエアリスもそばに来て、母様の話を聞くことに。
「魔法を使う次のステップですが、自分でどのような
母様は説明しながら、僕が使ったときみたいに、光の球を手の上に浮かべてみせた。
……どうやら、僕は、ステップをひとつ飛ばして魔法を使っていたみたいだ。
「ええと、こうでしょうか。【内なる力よ、光を灯せ、《ライト》】」
エアリスも早速、母様と同じように手の上に光の球を浮かべてみせる。
やっぱり、エアリスは魔法の才能がある気がする。
「エアリスは飲み込みが早いですね。……カイトは、なぜ光の球を作れたのですか?」
「ええと……、わかりません。円環の理を通さずに魔法を使ってみたら、あの形になったんです」
説明を求められても困ってしまう。
とくに、意識せずに使ったらああなったのだから。
「うーん、ひょっとすると、その神器の力かもしれませんね。神様からの授かり物は人間には理解できない力が宿っていることが多いですし」
母様は、なんとなく納得したようだ。
僕も、よくわからないし、いまは難しいことは考えないでおく。
「とりあえず、今日はこのままライトの魔法を練習しましょう。今後もしばらくはライトの魔法を練習いたしますよ」
「はい、母様」
「わかりました」
このあと、エアリスとふたり、ライトの魔法を練習し続けた。
しばらく練習していると、エアリスは体が怠くなったと言い出した。
母様いわく、これの現象が魔力切れらしい。
魔力の消費が少ないライトでも、何十回と使っていると魔力切れを起こすらしい。
僕は、魔力切れを起こさないまま、夕方まで練習を続けることができた。
エアリスと比べると、倍以上の魔力量を僕が持っているためらしいが、母様に言わせると、初めての魔法で魔力切れを起こさないのは、それはそれで問題らしい。
どれくらい魔法を使えば魔力切れを起こすかわからないのが理由らしい。
僕の魔力量を量るのは、また今度ということになり、この日の訓練は終わったのだった。
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