6.魔法と魔術

 僕たち一行が屋敷に戻ってくると、早速、使用人たちが出迎えてくれた。

 魔法神様の神殿のことについて、詳しく聞きたかったけど、まずは外出用の服を着替えるところからという事になった。

 僕も自分の部屋に戻って服を着替えて、魔法神様からいただいた機装『円環の理』を調べてみる。

 とは言っても、使い方がわからないから、外見を見てみることしかできないんだけど。

 『円環の理』は、八つの宝石が埋め込まれたブレスレットだ。

 魔法神様のものだから、魔法を使う時に使うものなのだと思うけど……魔法の使い方がわからない僕では使い方もわからない。

 

「コール、浄化の宝杖」


 使い方がわからないもの同士、浄化の宝杖も取り出してみた。

 浄化の宝杖はその名前の通り、綺麗な装飾が施された杖だった。

 これに魔力を流せば、癒やしの力や大地の力が扱えるらしいけど……勝手に試してみちゃだめだよね 

 癒やしの力は怪我をしていないと効果がわからないし、大地の力を扱うのは魔法と同じ感じだろうから、勝手に試したら危険だと思う。

 なので、こちらも取り出してよく見てみることしかできないのだけど……。


 神様からいただいた機装を調べていると、ドアが控えめにノックされた。

 この感じはエアリスかな。


「カイト様。旦那様と奥様がお呼びです」

「わかったよ。すぐに行く」


 浄化の宝杖を持ち歩くのは邪魔になるから浄化の宝杖だけ戻し、ドアを開けてエアリスと一緒に父様と母様のところへと向かう。

 エアリスに案内されたのは、家族で使う談話室。

 入室の許可を取って部屋に入ると、父様や母様、そのほかに、エアリスの両親なども一緒に待っていた。


「父様、母様、お呼びでしょうか」

「ええ。本来なら明日から教え始める予定でしたが、予定を繰り上げて本日から魔法についての授業を始めます。エアリス、あなたにも一緒に教えます」

「よろしいのですか、奥様」

「ええ。あなたにも魔法の素養があれば教える予定でしたので問題ありません。今後も、カイトの侍女を務めるのでしたら、魔法の技術はあっても損はありませんからね」

「わかりました。よろしくお願いします、奥様」

「よろしい。では、カイトの隣にお座りなさい」

「はい。失礼いたします、カイト様」

「うん、エアリスも一緒に聞こう」


 僕の隣にエアリスが座ると、母様は魔法の説明を始めてくれた。


「まずは、魔法と魔術の違いについてです。魔法とは、個人で扱える規模のものを指します。そして、魔術とは複数の人間などによって使用される大規模なものを指すものです。たとえば、私ひとりで扱えるものは魔法、複数の魔法士たちによって使用される大規模な魔法は魔術に分類されます」

「わかりました。ですが、個人でも大規模な魔法は扱えるのではないでしょうか?」

「確かに、個人でも大規模魔法を扱える人間はいます。そういった個人は『魔術師』あるいは『魔導師』などと呼ばれます。『魔術師』は一般的な魔術を扱える個人、『魔導師』は高位魔術を扱える個人のことを指します。……もっとも、自分を大きく見せるために、『魔術師』あるいは『魔導師』を名乗る者はいますが」

「ちなみに、母様は魔術を扱えるのですか?」

「ええ、使うこともできますよ。そういう意味では、私も魔術師のひとりですね」


 やっぱり、母様も魔術を使うことができるんだ。

 さすがは母様というべきなんだと思う。


「魔法と魔術の違いはわかりましたね。では、次です。魔法を使う方法についての説明です。魔法を使うには、自分の体内、または、空気中にある魔力を集める必要があります。魔力の扱い方は……明日また教えましょう。室内で教えるには不向きですので」

「母様、どうして室内で教えるのは不向きなのですか?」

「簡単に言ってしまえば、環境魔力が薄いことです。一般的に、人が暮らす屋内では空気中の魔力『環境魔力』が薄いことが多いのです。これには諸説ありますが、理屈についてはいまから考える必要はないでしょう。ともかく環境魔力の薄い……つまり、集めにくい場所がある事だけを覚えておきなさい」

「はい。かしこまりました、奥様」

「ちなみにですが、外界には環境魔力が濃い場所というのも存在します。それは深い森の中だったり、洞窟の中だったりします。環境魔力の濃い場所では、魔法の効果が想定以上に高くなったり、高い環境魔力で魔力酔いを起こしたりすることがあります。どちらも、体内の魔力と環境魔力を適切に管理出来ていないことが原因です。それについても、いずれ実地で教えましょう」


 母様の話を聞くと、環境魔力の濃い場所にも連れて行ってもらえるようだ。

 環境魔力が濃い場所がどのようなところなのか、いまから楽しみである。

 滅多なことじゃ、森の中とかに出かけることはないしね。

 森の中や洞窟などは、魔物が住み着く危険地帯だから。


「あの、奥様。連れて行っていただけるのは嬉しいのですが、いま上げられた場所には魔物が多く生息しているような……」

「そうですね。魔物というのは、比較的環境魔力が濃い場所を好みます。なので、深い森や洞窟内などは魔物の住処になりやすいわけです。森の浅い場所や街道に現れる魔物は、縄張り争いに負けた魔物や、比較的環境魔力が薄い場所を好む魔物ですね。魔物の種類などについては、明日以降、いろいろと教えますね」

「はい。わかりました、母様」


 明日からは魔物についてのお勉強も行われるらしい。

 もしかしたら、近い将来、魔物と戦う機会が、そうでなくとも魔物を見る機会があるかも知れない。

 もし、魔物を自分で倒すことができたら、コストというものが手に入るし、いろいろ試せると思うんだけど。


「ふむ、カイトよ。なにか言いたげであるな」

「はい、父様。できれば、魔物を倒す機会を与えてもらいたいのです」

「……五歳児が魔物を倒すのは並大抵の人間には無理だが……なにか理由があるのか?」

「はい。神様からいただいた『円環の理』ですが、魔物をソウルイーターで倒したときに手に入るらしい『コスト』と呼ばれるものを集めれば、量産できるらしいのです。ほかにも、コストがあれば別の機装を授けてもらえるとか」

「……ふむ。その『円環の理』というものも謎だが、『コスト』か。我々には、おおよそ考えつかない理屈で成り立っているようだな」

「そのようですね。でもね、カイト。魔物を見る機会は近日中に与えますが、魔物と戦うのはまだまだ早いですよ。父と母の訓練をしっかりこなせば一年から二年ほどで、魔物と実戦訓練を行う機会もあるでしょう。それまでは、魔物と戦ってはダメですからね?」


 母様からダメ出しをされてしまった。

 父様も母様も、昔は多数の魔物を倒してきた一流の騎士と魔術師だったらしい。

 そんなふたりが止めるのだから、僕程度じゃまだまだ早いんだろうな。


「ええと、どこまで話したかしら?」


 話が途中でそれてしまったため、どこまで話をしたかわからなくなった母様。

 そこに、エアリスからサポートが入る。


「環境魔力と体内の魔力のことについてです、奥様」

「ああ、そうでした。魔力にはこの二種類がありますので、しっかり覚えておいてください。明日からの授業では、実際にそれらを集める訓練もすることになりますからね」

「はい。よろしくお願いします、母様」


 体内魔力と環境魔力か。

 しっかり覚えて、役立てなくちゃ。


「元気でよろしい。それでは、次に魔法の適正についてです。これも非常に大切なことなので、しっかり覚えてね」

「わかりました。適正というのは、魔法神様の神殿で調べていただいたものですね?」

「ええ、その通りです。適正とは、各個人がどの属性の魔法を扱いやすいのかということを示すもののことですよ。カイトとエアリスは自分の適性を覚えているかしら?」

「はい。僕はオールラウンダーと言われました」

「私は、風と水、それと氷だと教わりました」

「よろしい。ちゃんと覚えていたようですね。子供たちは神殿での出来事に興奮して、説明された内容を忘れている、なんていうことがよくありますから」

「そうね。マイラが実際に忘れていたものね」


 母様でも、そんなミスをする事があったんだ。

 なんだか少しおかしな気分になってきた。


「……ラシル、昔のことはいいのよ。それよりも属性の説明ね。この世には、魔法の属性は全部で八つあります。さすがに教えてないので、いま聞いてもわからないでしょうね」

「……はい。すみません、母様」

「申し訳ありません。奥様」

「気にしなくても大丈夫ですよ。むしろ、教えていないのに属性を知っているほうがおかしいのですから。それで、属性ですが、『火』『風』『土』『水』『氷』『雷』の六種類が基本属性、その上に『光』と『闇』の二種類が上位属性として存在しています。これらの八属性が、一般的な魔法の属性になりますね」

「あの、母様。一般的、ということは、これ以外にも属性はあるのですか?」

「ええ、存在していますよ。……というよりも、これらに分類できない魔法が数種類存在しているというところですが」

「分類できない魔法……」


 この世界には八つの属性があるのに、そこに当てはまらない魔法。

 一体、どんな魔法なんだろうか?

 説明を待つ僕たちに、母様はゆっくりと話し始めてくれた。


「分類できない魔法の中でもっとも特徴的なものは、『回復魔法』です。回復魔法が扱えるかどうかは、個人の資質によるところが多く、まだまだ研究不足といったところですね。扱える人間の数はけして少ない訳ではないのですが……」

「なにか問題でもあるのですか?」

「回復魔法を扱えることがわかった人間は、どこかの教会に引きとられることが多いのですよ。『回復魔法は神の奇跡であり、その使い手は神の子供』だという理由でね。とくに、近年ではデミノザ教が回復術士の徴発を各地で行っていると聞きますが……」


 デミノザ教といえば、朝あった連中のことかな?

 それにしても、人を無理矢理連れ出すなんて。

 僕は、少し語気を鋭くして問いただす。


「母様、それは問題ではありませんか?」

「ええ、問題よ。なので、私たちの領地ではそのような活動は一切認めていないわ。それでなくとも、ここ数年のデミノザ教はいろいろと怪しいのに……」

「まあ、デミノザ教の動きがおかしくなったのは、ここ数年だ。我が領土では行動も制限しているし、巡回の警邏隊や衛兵に監視させてもいるからな。無理矢理、回復魔法を使えるものを引き込むような真似は許してないよ」


 それはよかった。

 回復魔法が使えるというだけで、神殿に帰属しなければならないとなると、非常に問題だと思う。

 少なくとも僕の領地では、そんなことは行われていないようなので安心した。


「話を戻します。回復魔法以外で八属性に含まれないものといえば、代表的なものは『強化魔法』ですね。強化魔法とは、魔力を自分の体に纏わせることで、瞬発力や筋力などを高めることができる技術ですよ。ほかにも、極めたものになれば、鋼鉄製の剣であっても体を傷つけることができないとか」

「どうもそうらしいな。カイトたちにそこまでは求めん。ただ、なにかがあったときのために、基本的な強化魔法も覚えてもらう予定だ」

「わかりました、お館様。……ですが、本当に私も一緒に魔法を教えてもらっても大丈夫なのでしょうか?」

「大丈夫よ。これはあなたの両親とも話し合って決めたことですかれね。明日以降は、午後から魔法の修練の時間となりますよ」

「はい、お願いいたします。奥様」


 エアリスは恐縮した様子だったけど、しっかりと許可が出て、嬉しそうだ。

 これはエアリスに負けないよう、精進しないとな。


「ふむ、そうなると、カイトの剣術修行は午前中か」

「剣術修行、楽しみですね。父様」

「そうか。剣術は魔法みたいに派手さがないから、あまり好まない子供も多いと聞くがカイトは大丈夫なようだな」

「そのようですね。では、説明を魔法の属性にも戻して、各個人には『適正』と呼ばれる得意属性があります。神殿で調べてもらったのはこの得意属性ですね。神殿での結果が正しいのであれば、エアリスは『風』と『水』、それから『氷』の魔法を扱いやすいはずです」

「そうなのですね。でも、カイト様のほうが多く扱えるような……」

「それなのですが、カイトのようなすべての属性に適正がある者……オールラウンダーと呼ばれているのですが、オールラウンダーはどの属性を扱うにも適正属性の加護を受けられないのですよ」


 ……なるほど、神殿で慌てていたのはこのためだったんだ。

 確かに、貴族の長子が魔法を扱えないのでは困るだろう。


「でも、歴史を紐解くと、すべての属性を上手く使いこなせたオールラウンダーもいることだし、きっとカイトも大丈夫ですよ。魔法が使えるようになるまで、根気よく教えてあげるから」

「よろしくお願いします、母様」

「それでは明日からの予定ね。カイトは午前中、父様と剣術の稽古。午後になったらエアリスと合流して、私から魔法の授業ね」

「魔法の授業ではどのようなことをするのですか?」

「最初は一番基本となる灯りを生み出す魔法ね。それが安定してできるようになったら、次のステップとして属性魔法の練習を始めるわ」


 まずは灯りの魔法からなんだ。

 いきなり、属性魔法を子供に教えるのは危ないってことなのかな?


 魔法についての説明はこれで終わり。

 あとは、今日あった出来事について、いろいろ話をしているうちに夕飯の時間となった。

 夕飯を食べて、寝る支度を調えれば、明日からはいよいよ剣と魔法の練習だ!

 僕は期待でドキドキしながらもベッドで眠りについていった。

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