4.浄化の宝杖

「よくぞきました、カイト=イシュバーン。そして、我が神殿を選んでくれたことに、大いなる感謝を」


 真っ白に染まった視界がはっきりすると、そこは先程までいた神殿ではなかった。

 純白の石材によって作り出されているこの場所は、先程までいた神殿と似ている場所も多いが、細部がかなり異なっている。

 どちらがより美しいかといえば……いまいる場所のほうが美しい。

 ひとまず、目の前にいる方に挨拶をしないと。


「初めまして。カイト=イシュバーンと申します。あなたの名を伺ってもよろしいでしょうか」

「申し遅れました。私は……そうですね、地上での呼び方に合わせてガイアと名乗りましょう。地母神ガイアです」


 やっぱり、神様、それも先程までいた神殿で崇められている神様だった。

 この空間の雰囲気が、戯曲神ロキ様に会った場所と似ているので、なんとなくそんな気はしていたんだ。

 ……そうなると、僕がこの空間に呼ばれた理由を伺わないとね。


「ガイア様、何故僕はこの空間に呼ばれたのでしょうか」

「そうですね。まずは、あのロキが神討ちの候補として選んだ少年を確認してみたかったというのがひとつ。もうひとつは、私からも機装をひとつ授けようと思いまして」

「神討ち? それに、機装……ですか?」

「……神討ちや機装について、ロキから説明を受けていないのですか?」

「はい。一度に教わっても覚えきれないと思いましたので、また今度教えてもらうことになっています」

「……そういうことならば、仕方がない……のでしょうか? なにはともあれ、機装の概念を知ってもらわなければ、私が渡す機装も扱えないでしょう。機装について説明させていただきますが、大丈夫ですか?」

「……わかりました。よろしくお願いいたします」


 朝、一度に教わると覚えきることができなさそうだったのだけど、それが裏目に出ちゃったかな。

 ガイア様に手間をかけさせてしまうけど、説明を受けなくちゃいけないみたいだから、しっかりと説明を聞いて覚えなくちゃ。


「機装ですが、魔力を使って作り出した道具だと思ってください。基本的に、機装を動かすためには使用者の魔力が必要となります。また、新たな機装を具現化させる際には、あなたの魔力とコストが必要となります」

「魔力とコストですか?」

「魔力については説明しなくとも大丈夫だと思います。これは、普段魔法を使う時に使用するものと一緒ですからね。問題は、コストのほうになります。コストですが、こちらは魔剣ソウルイーターを使い、魔物などを倒した際に得られるものです」

「魔物を倒した際に、ですか?」

「はい。正確には、もう少し難しい話になるのですが……。基本的に魔物を倒した際に手に入るもの、そう覚えておいてください」


 魔物とは、魔石と魔核と呼ばれる結晶体を体内に持った生物の総称だ。

 僕もあまり詳しくは知らないけど、魔物のほとんどは凶暴で、人間を見つけると襲ってくる、そう聞いている。

 もちろん、友好的な……と言うとおかしいんだけど、人間と積極的に敵対しない魔物も少数だが存在している……らしい。

 どちらにしても、まだ五歳の僕には遠い世界の話だ。


「質問ですが、ソウルイーターを使って倒さなければいけないということは、僕が直接倒さなくてはいけないのですか?」

「そうなります。ソウルイーターで魔物を倒せば、ソウルイーターの力により、魔物が持っている魔石と魔核が吸収されます。それによってコストが増加するのです」

「ということは、僕は魔物を倒せるようにならないとダメなんですね」

「はい。いずれはそうなっていただかなければなりません。ただ、今すぐにという必要もありません。可能な限り早いほうが助かるのですが……」


 うーん、こればっかりはすぐにというわけにも行かないと思う。

 父様たちに事情を説明したとしても、僕は剣術も魔法も習っていないんだから、自分で倒すなんて無理だと思うし、戦わせてもらえないだろう。

 せいぜい、父様の騎士団に一緒にきてもらって、その人たちが魔物を倒すところを見学する、これが限界だと思う。


「……まずコストのことについては、後回しにしましょう。人間にとって、一朝一夕に解決できる問題でもなさそうですし」

「ありがとうございます。コストの話は、父様たちに知らせても大丈夫でしょうか?」

「構いません。ですが、いきなりそのような話をしても、信じてもらえないと思いますよ?」


 言われてみれば、確かにそうかもしれない。

 朝の魔剣騒動のときもそうだったけど、口で説明しただけでは信じてもらえなかった。

 実際にやってみせないとダメだと思う。


「さて、機装についての説明はこれくらいで大丈夫でしょう。詳しいことは、また別の機会に尋ねなさい。それでは私から機装をひとつ授けましょう」


 ガイア様がそう宣言すると、ガイア様の手が光り出し、やがて綺麗な装飾が施された一本の杖となった。


「これが私からあなたに授ける機装、『浄化の宝杖』です。まずは受け取りなさい」

「はい。ありがとうございます」


 受け取った杖は、見た目よりも遥かに軽かった。

 いろいろと宝石や金属みたいなもので美しい装飾が施されているのに、ただの木の棒よりも軽いような気がする。


「さて、その浄化の宝杖ですが、能力は大きく分けてふたつです。ひとつ目は癒やしの力。浄化の宝杖に魔力を流すことによって、癒やしの力を発動することができます。これは、人間達が使う回復魔法でいうと、上位回復魔法と同等の力を出す事ができます。もちろん、力の制御になれてくれば、さらに強い力を発揮することもできましょう」

「そのような凄い杖をいただいてもよろしいのですか?」

「ええ、構いませんよ。本来であれば、相応のコストが必要だったのですが、神殿に来てもらえたことにより、私のほうから直接渡す事ができましたので問題はありません」

「わかりました。ありがとうございます」

「そして、ふたつ目の力ですが、大地の力を扱う術を使うこともできます。十分な魔力があれば、大きな地割れを作る、巨大な地震、大岩の槍なども可能でしょう。ですが、こちらの力を使うには、癒やしの力を使うよりも遥かに多い魔力が必要になります。なので、こういった使い方もできる、程度に覚えておくとよいでしょう」

「わかりました。癒やしの力と大地の力ですね」

「ええ、そうなります。それから、機装としての注意点ですが、浄化の宝杖はひとつしか作れません。つまり、数を増やすことはできないということです。いまはまだ気にしなくとも大丈夫でしょうが、将来的には重要なことになりかねません。十分に注意を払うようにしてください」

「わかりました。気をつけるようにします」

「結構。それでは、そろそろ地上へとあなたの存在を戻しましょう。この先、どのような試練があなたを待っているかは私にはわかりません。ですが、それらに打ち克ってくれることを期待していますよ」


 ガイア様の言葉が終わると同時に、また視界が真っ白に染まっていく。

 そして、僕は微かな浮遊感を覚えた。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 視界が再び戻ってくると、そこは地母神ガイア様の神殿だった。

 先程の光景ややりとりが夢のことのように思えるが、夢ではないことは確かだった。

 なぜなら、僕の両手には『浄化の宝杖』が握られていたのだから。


「カイトよ。その杖はどこから取り出したのだ?」


父様が僕に問いかけてくる。

司祭様から祝福を受けたと思ったら、見知らぬ杖を取り出したのだから、その反応も当然だよね。


「はい。地母神ガイア様からいただきました。浄化の宝杖という杖だそうです」

「……ロキと名乗る神に続いて、地母神様からも授かり物があったのか」

「はい。そのようです」

「これはこれは。地母神様からそのような授かり物をいただくとは。長年、神殿に勤めてまいりましたが、このような事例は初めてですな」

「……司祭殿、この件については……」

「もちろん、口外いたしませんとも。祝福を受けた者の話を他者にするのは、御法度ですからな」

「ありがたい。……それで、カイトよ。その杖ではなにができるのだ?」

「はい。この杖は癒やしの力を扱えるそうです。上級回復魔法と同等の力を扱えると説明を受けました」

「まあ、上級回復魔法と同じだなんてすごいわ」

「そうなんですか? 僕は回復魔法に詳しくないので、どの程度の力があるのかわからないのですが」

「そうね。カイトはまだ魔法のお勉強をしていないものね。上級回復魔法というのは、切断された手足を結合させたり、非常に重い傷を負った者を癒やしたりすることができるのよ。完全に失われた手足を再生したり、失明などを治療したりするのは最上級回復魔法の範疇だけどね」


 僕が考えていたよりも、遥かに強力な癒やしの力が扱えるらしい。

 そのような機装を授けてくださった地母神様には、改めて感謝をしないと。


「うむ……。想像以上にものすごい杖のようだな」

「あら、あなた。ものすごい、などというレベルではないですよ? この杖ひとつで、戦場に行けば戦略が変わることさえあると思うわ」

「ふむ……。カイトよ、その杖はお前にしか使えないのか?」

「ええと……、わかりません。そこまで説明を受けていませんので……」

「そうか、いや、気にするな。そういった部分は、おいおいわかることだろう。……さて、カイトの祝福のおかげでいろいろと予定外の事態になったが、次はエアリスの祝福の番だな」

「ええ、そうですわね。……司祭様、こちらの子にも祝福をお願いいたします」

「承知いたしました。それではこちらへどうぞ」

「はい。よろしくお願いいたします」


 エアリスは、僕と入れ替わるように祭壇の前に立つ。

 そして、司祭様から祝福を受けると、エアリスの体が僅かに輝く。

 だけど、その光はすぐに収まり、元通りの状態になってしまった。


「……今回は何事も起こらずに祝福が終わりましたな」

「司祭殿、さすがにそう何度もイレギュラーが起きては問題ではないのですかな?」

「いやはや、確かに。数年ぶりの祝福だとはりきってしまいましたが、まさか地母神ガイア様からの授かり物があるとは思いませんでしたからな」

「そのような結果を予測できる方が難しいですよ」

「確かに。いや、ですが、素晴らしいものを見せていただきました。神々もまだ我々のことを見てくださっている証拠ですからね」

「確かにそうですわね。それでは、司祭様。これは僅かばかりですが、寄進となります。どうぞお納めください」

「おお、これは助かります。この寄進、必ず役に立ててみせましょうぞ」

「……さて、予想外のこともあったが、これで祝福は終了だ。なにか変わったところはないか、お前たち」

「変わったところですか? 僕の方はなにも」

「私はなんだか少しふわふわする気がします」

「……ふむ、カイトのほうは適正が高いか、あるいは制御力が生まれつき高いか、か。ともかく、次の目的地に行かねば」

「父様、このあともどこかに行くのですか?」

「うむ、このあと、魔法神様の神殿へと向かう。そこで、魔法適正と魔法力を調べてもらわねばいけないからな」




////

いつもお読みいただきありがとうございます。

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