3.神殿の祝福

「さて、全員準備はいいな。……馬車を出してくれ」

「はい、辺境伯」


 辺境伯家の紋章が入った立派な馬車に乗り、街にある神殿街と呼ばれる地域を目指す。

 馬車は二台あり、一台目に僕や父様、母様、アドルが、二台目にエアリスの家族が乗り込んでいる。

 馬車の周りは護衛の騎士の皆さんが警備してくれているので、ちょっと物々しい感じだ。


 さて、僕たちが暮らしている領都イシュバーンについて少し説明しておこう。

 イシュバーンは、その名前の通り、イシュバーン辺境伯が治める領都だ。

 この領都イシュバーンの人口は、八万人ほどだと聞いたことがある、


 イシュバーン辺境伯領は、その一部をほかの貴族にも貸し与えているため、全体ではかなりの広さを有する。

 そして、各地の運営を任された貴族たちが、圧政を強いていないか、税をきちんと収めているかなどを監視する部署も存在している。

 その部署は、徹底的に不正がないか調べ上げるため、貴族たちの間では恐怖の対象になっているのだとか。


 閑話休題それはともかく

 目的地の神殿街は、その名の通り多くの神殿や教会が集中している地域だ。

 街の一角に、各宗教の神殿や教会を集めた地域がある。

 もちろんそこ以外にも、古い神殿や教会がある場所もあるけど、だいたいの神殿や教会は神殿街の中に存在している。

 ちなみに、僕らが所属しているフレアガルド連合王国およびゼファー王国は、どの神様を崇めるかということについては、各個人の自由となっている。

 だが、好きな神様を崇められるということの隙を突き、デミノザ信教国を母体とする新興宗教が入り込んできており、その信徒も年々増加しているらしい。

 ここからは廊下で立ち聞きしたりして聞いた話だけど、新興宗教の信徒が大勢でほかの宗派の信徒を取り囲み、改宗を迫ったりということがここ数年増えているんだとか。

 なので、警備隊も騎士団も、この宗教とその信徒は要注意対象として警戒しているらしい。


 馬車に揺られることしばらく、神殿街へと辿り着くことができた。

 神殿街は昼前だというのに、多くの人で賑わっていた。

 これから、なにかイベントでもあるのだろうか?


「ねえ、お父様。神殿街に人が集まっていますが、今日は何かあるんでしょうか?」

「ふむ、とくに何かあるという話は聞いていないが……」

「あえて言いますなら、カイト様の祝福が行われることを知った市民たちが、この神殿街に集まってきているのでしょう」

「僕の祝福のために?」

「ええ。カイト様は、この街を治めるイシュバーン辺境伯家の嫡男です。そのカイト様が、どの宗派に祝福を受けるのかというのは一大イベントですからね」

「そんな、祝福くらいで大げさな……」


 僕が辺境伯家の嫡男だからって、これほどの人間が集まる理由には弱いと思う。

 ほかにもなにか理由がある、と思いたいな。


「いや、大げさな話ではないぞ。なにせ、最初の祝福をどの神にするかによって、その人生が大きく変わるという話もよく聞く。いまでは、一種の儀式と化してしまっているが、昔はかなりの意味を持っていた、というのが事実だからな」

「そうなのですか……。ちなみに、僕はどこの神に祝福を授かるのでしょう?」

「それについては、神殿街に着いてからお前が決めなさい」


 父様からかけられた言葉は意外だった。

 きっと戦神様のような、強い神様の祝福を受けるように言われると思っていたのに。


「……よろしいのですか、父様」

「ああ。今後の行く末を占う、大事なイベントだからな。自分で納得のいく答えを見つけるといい」


 自分で祝福を受ける神様を選んでいいと言われても、かなり困る。

 いちおう、さまざまな神様についての知識はある。

 でも、今朝の戯曲神『ロキ』みたいな、自分の知識に存在しない神様もたくさんいるのだろう。

 その中から、自分に合う神様を見つけるだなんて、かなり大変なことだと思う。

 目的地の神殿街中心部に馬車を止めて、僕たちは神殿街へと降り立つ。

 後ろから着いてきていた馬車には、エアリスの姿もあった。

 話を聞いてみると、エアリスも自分で祝福を受ける神様を決めるように言われたらしい。

 ここは神殿街の中心部付近であるため、たくさんの教会や神殿が見受けられる。

 ただ立っていてもなにも意味がないので、移動を始めようとすると、神官服に身を包み太った男性とその付き人たちが駆け寄ってきた。


「これはこれは、イシュバーン辺境伯家の皆様。ようこそ『我らが』神殿街にお越しくださいました」

「……ブエノスか。ここ神殿街はお前たちのものではないと散々警告しているはずだが?」

「おや、そうでしたかな? 我々としては、私どもが神殿街の代表となることで、ほかの地域との円満な関係樹立を下支えしたいと思っているのですが」

「その考えが傲慢というものだ、ブエノス。何度も言っているが、お前たちは神殿街の代表たり得ない。今後、自分たちが代表であるかのような真似をすることは許さん」

「おお、恐ろしい。フレアガルド連合王国およびゼファー王国では、どのような宗教を広めるかは自由ではなかったのですかな?」


 この太った神官……ブエノスって言ったっけ?

 こいつは父様の言葉に対し、大げさな動きで嘆いて見せた。

 きっと、本心ではなんとも思っていないけど、こちらに対して心理的な優位を取ろうという考えなのだろう。


自由だ。だが、貴殿らの行いは国益に反する行為が多々報告されている。あまりにも目に余るようであるならば、宗教活動の禁止も視野に入れて行動せねばならなくなる。それを忘れるな」

「おやおや、私どものような善良な宗教家を弾圧ですか。実に恐ろしいですな」

「……まあ、今日はいいだろう。用がないのであれば、早々に立ち去れ」


 今日はこれ以上話すことはない。

 父様はそう言って、追い返そうとした。

 でも、ブエノスはまだ食らいついてくる。


「ご用件はございますとも。ファスト様のご子息であらせられる、カイト様の祝福。私どもの神殿にて執り行っていただけるように、準備を進めておきましたのでお迎えに上がった次第」

「……何を言っている? お前たちのところで、カイトの祝福を行うなど、一言も決めていないぞ」

「おや、異な事を。最近では、大店の子供や良家の子女たちが我々の神殿で祝福を受けることが、一種のステータスシンボルとなっているのですよ。今後の人脈形成のためにも、我らのもとで祝福を受けるほうがよろしいかと」

「アドル、この男の言っていることは事実か?」

「はい、私が調べていることと合致いたします。この街における上流階級層では、デミノザ教に祝福を任せるところが多いとのことです」

「……嘆かわしいな」

「まったくです」

「それで、ご子息の祝福はどうなさいますかな? 少々のご寄進があれば喜んで引き受けますぞ」

「……カイト、お前はどうしたい?」


 僕の意思か。

 僕個人としては、この人に着いていきたいとは到底思えない。

 むしろ、僕の直感がこの人に着いていってはダメだと警鐘を鳴らしている。


「父様、僕はこの方々と一緒に行きたくはありません」

「む、そうか! それならば話は早いな。そういうわけなので、ブエノス、我々はお前たちの祝福は受けん。早々に立ち去るがいい」

「……ふむ、まあよろしいでしょう。ですが、気が変わりましたら、私どもの神殿にお越しくださいませ。それでは」


 僕が明確に拒否したことで、ブエノスという男は引き下がっていった。

 取り巻きを引き連れて帰っていくが、まだなにか悪巧みをしていそうな気がする。


「さて、着いて早々、面倒な男に捕まってしまったが、改めて祝福を授かる神殿を探すとしよう」

「はい、わかりました。……ところで、どのような基準で神殿を選べばよろしいのですか?」

「そうだな。……ずばり、勘だ」

「勘……ですか」

「ああ。人生最初の祝福というのは大事であるが、まだ難しいことはわからないだろう。だからこそ、自分の勘に従ってどの神様から祝福を授かるかを決めていいのだよ」


 父様がいい笑顔で教えてくれるけど、よくわかったような、わからないような……。

 とりあえず、どの神様から祝福を受けるかは、僕が決めて構わないらしい。


「……なるほど。でも、どのような神様がいるのか、それすらよくわからないのですが、大丈夫なのでしょうか?」

「なに、そんなに難しく考える必要はない。ひとまず神殿街を歩いて気になる場所が見つからないか、それを探してみることにするぞ」

「わかりました。ちなみに、母様も最初の祝福は勘で?」

「いいえ。私の場合は、最初から魔法神様から祝福を授かる予定だったの。なので、当日は、私の故郷にある魔法神様の神殿に直接向かって祝福を授かったわ」


 母様は初めから決めていた、と。

 それならば、どちらの決め方が一般的なんだろう。


「父様と母様、どちらが普通なのでしょうか?」

「あの人の決め方のほうが、貴族としては珍しいわね。平民であれば、その時の気分や近所づきあいなどで、神殿を決めることも多いと聞くけど」

「なるほど。ところで、エアリスの希望はないの?」


 エアリスも、今日、僕と一緒に祝福を受けることになっている。

 なので、エアリスにも希望を聞いてみたのだけど、エアリスは困った顔でこう続けた。


「ええと、私も神様のこととか詳しくないので……。とりあえず、カイト様の選んだ場所で構わないと考えております」

「エアリスちゃん、自分の祝福なのだから、好きな神様を選んでいいのよ?」

「ありがとうございます、奥様。ですが、私もどのような神様にお願いしたほうがいいのかということがわかりませんので……」

「うーん、そういうことなら、仕方がないのかしら。気になる神殿があったら、遠慮せずに教えてね?」

「はい、ありがとうございます」


 エアリスの話も一段落したみたいなので、僕たちは神殿街を歩く。

 神殿街の名前通り、右を見ても左を見ても、神殿や教会ばかりだ。

 なんでも、このメインストリート沿いには、さまざまな神様を崇める神殿や教会が勢揃いしているのだとか。

 途中、父様が祝福を受けたという武神様の神殿や、母様が祝福を受けたという魔法神様の教会があったりしたが、僕にはいまいちピンと来なかった。

 父様じゃないけど、ここじゃない、と僕の勘が告げていたのだ。

 大通りに面した神殿や教会を一通り見て回ったあと、どこかの神殿で祝福を受けるつもりはなかったかと聞かれたが、僕は首を横に振った。


「ふむ。坊ちゃまのお眼鏡にかなう神殿は見つからなかったようですな」

「そのようだな。……そういえばアドル、『ロキ』と名乗った神について、なにかわかったか?」

「申し訳ありませんが、さすがにすぐ調べられる範囲では情報がありませんでした。今後数日をかけて調べさせていただきたく思います」

「そうだな。祝福も大事だが、カイトに謎の魔剣を渡したという神も問題だ。アドルには手間をかけさせるが、そちらもよろしく頼む」

「はい、かしこまりました」

「さて、そうなると、今度は祝福を授かる場所の話に戻るわけだが……」

「どうしましょう。メジャーな神殿は一通り見て回ったのですが」

「すみません、僕の我が儘で」

「なに、気にすることはない。……ただ、メジャーなところがダメということになれば、メインストリートから外れたところにある神殿や教会か」

「そうなりますわね。……さすがに、そちらにはどのような神殿があるのか把握できていませんが」

「私もだ。もっとも、神殿街ができる前から存在する古い神殿も多数あるという話だが……」


 父様も母様も、メインストリートにある神殿以外には詳しくないらしい。

 大雑把な情報しか持ち合わせていないようだ。


「古い神殿ですか?」

「ああ。神殿街の成立よりも昔から存在していた神殿、というのもあるのだよ。むしろ、そういった神殿があったからこそ、その周りに神殿や教会が集まったとみるべきか」

「そうなのですね。父様、母様。そちらの方に行ってみたいのですが、大丈夫ですか?」

「ああ、問題ないぞ。今日一日、自由に歩けるように護衛を伴ってきているのだからな」

「ええ、気にしなくても大丈夫ですよ」


 父様と母様から許可がもらえたので、メインストリートから離れた場所にある神殿なども行ってみることになった。

 それらの神殿は、メインストリートにある神殿よりも、さらに年期を重ねているような重厚さがあった。

 そして、そんな歴史ある神殿を巡っているときに、ある神殿の前で足を止めることとなった。


「父様、ここって……?」

「ふむ、ここは……どのような神を崇めている神殿だろうな?」


 目の前にある神殿は、非常に歴史を感じさせる建物だった。

 それこそ、いままで見て歩いた神殿の中でも一二を争いそうなくらい古い。

 さて、ここはどのような神殿なんだろう。


「お前が気になるのなら入ってみるか?」

「よろしいのですか?」

「なにか問題があれば出てくればいいだけの話。大した問題ではないよ」

「そうですね。気になるというのであれば、入って話を聞いてみましょう」


 父様と母様から許可がでたので、早速神殿の中に入ってみる。

 神殿の中は、採光用の窓から入ってくる光によってのみ照らされ薄暗かったが、不思議と不気味な印象は受けず、むしろ神秘的と感じるような場所だった。


「おや、我らの神殿にお客様とは珍しい。ようこそ地母神ガイアの神殿へ」

「ほう、ここは地母神ガイアを崇めているのか」

「ええ、そうでございますよ。イシュバーン辺境伯」

「……さすがに、私のことは知っているか」

「もちろんですとも。それで、本日はどういったご用件でしょう」


 司祭様は柔和な笑みを浮かべて、用件を尋ねてくる。


「私の息子、カイトの祝福を授けてくれる神殿を探していてな。カイトがこの神殿に興味を持ったため入らせてもらった」

「そうでございましたか。地母神ガイア様は非常に古い神、もしよろしければ、この神殿で祝福をお受けくださいませ」

「……そうらしいが、どうする?」

「そうですね。この神殿は悪い気配を感じません。むしろ、静謐で穏やかな空気が流れています。もしよろしければ、祝福を授けていただけますか?」

「かしこまりました。それでは、祝福の準備をしてまいりますので、しばしお待ちを」


 神殿の奥へ戻っていった司祭様を見送り、僕たちは神殿内を見回してみる。

 最初は薄暗くて気がつかなかったが、周囲にはさまざまな彫刻が施されていた。

 そのような神秘的な空間を楽しんでいると、司祭様が戻ってきた。


「お待たせいたしました。何分、子供の祝福を執り行いますのは久しぶりでしてな」

「何年くらい行っていないのだ?」

「さて……、少なくとも五年は行っておりません。やはり、こういった行事はメインストリートにある、大きな教会のほうが目立ちますからな」

「違いない。……それでは始めてもらって構わないか?」

「わかりました。カイト様、こちらへどうぞ」


 司祭様の案内に従い、祭壇の前へと移動する。


「大いなる我らが地母神ガイアよ。いまここに、あなたの祝福を授かりたいという、新たな灯火がおります。名はカイト=イシュバーン。この声が届きましたら、彼の者に地母神ガイア様の祝福をお授けください」


 司祭様の祝詞のりとが終わると、僕の体がうっすらと光り始める。

 その輝きは段々と強くなり、やがて、僕の視界を真っ白に染め上げた。




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