2.賑やかな家族

「おはよう、エアリス。この剣なんだけど、ちょっとわけありで……」

「わけってなんですか!? 辺境伯爵家本邸の警備をくぐり抜けて、カイト様に剣を渡せる。これってとても異常なことですよね!?」

「あー、確かに、そうかもしれない」

「でしたら、早くその怪しい剣をこちらにお渡しください。さあ、早く!」


 エアリスは僕の専属メイド……見習いだ。

 淡い赤毛を短めに切りそろえ、服装はお仕着せのメイド服。

 身長は僕よりも頭ひとつ高い程度。

 こればっかりは、年齢差もあるから仕方がない。

 ただし、彼女自身もまだ七歳ということで、メイドとしてはまだまだ未熟、ということらしい。


 基本的に、僕の身の回りの支度は彼女が行ってくれる。

 今日も、日課通り僕を起こしに来たのだろうけど、普段ならまだ寝ているはずの僕が、見知らぬ剣を持っているのだから、パニックにもなるだろう。

 まして、エアリスの言葉通り、ここは辺境伯爵家本邸。

 その嫡男の部屋まで辿り着くには、多数の警備の目をくぐり抜けなければいけない。

 ともなれば、場合によっては、昨日の夜警備をしていた警備当番の人たちが、処分を受ける可能性もあるわけで……。

 さすがにそれはまずい!


「わかった、この剣は今すぐ消すから……はい、もう大丈夫だ」

「……あれ、カイト様の身長ほどあった剣が、煙のように消え去ってしまいました」


 エアリスはぽかんとした顔をしているけど、すぐに気を取り直したのか、きりっとした表情を整えた。

 エアリスには、もう少し詳しく説明して揚げてもいいかな?


「いまはまだ、時間をかけなくちゃいけないけど、具現化して取り出すことも可能だよ」

「理屈は不明ですが、回収機能付きの剣ですか。私もあまり詳しくはないですけれど、魔剣ですよね、それ」

「ああ、魔剣らしいな。それも、恐ろしくランクの高い」

「そんな魔剣をどうやって手に入れたのですか?」

「うーん、話せば長くなるような、すぐ終わるような……」


 僕とエアリスが魔剣のことで話をしていたが、思ったよりも時間が経っていたらしい。

 僕の部屋のドアがノックされ、エアリスの母親であるラシルさんがやってきた。

 僕を呼びに来たエアリスが、いつまでも戻ってこないので確認に来たのだろう。


 ラシルさんは我が家のメイド長を務めてくれている人だ。

 エアリスと同じ、髪の色をしていて、基本的に穏やかな性格をしている。

 ……やんちゃなことをしたときは、烈火の如く怒られるけど。

 ともかく、父様や母様が全幅の信頼を置いているメイドだ。


「エアリス、なにをしているの? 旦那様方はすでにお待ちですよ」

「あ、母様。カイト様が……」

「カイト様? ……とくになにもないと思いますが……」

「えーと、おはようございます。ラシルさん」

「おはようございます、カイト様。可能でしたら、急いで食堂のほうへお向かいください。旦那様と奥様がお待ちです」


 そうだよね、普段だったらすでに食事をしている時間帯だ。

 壁に掛けられている時計を見て、僕も少し慌てだす。


「はい、わかりました」

「……それと、エアリスをこちらによこして、かなり経っていると思われますが、一体なにがあったのでしょうか?」

「ええと、それについても食堂で食事が終わったあとに、まとめて報告させていただきたいのですが、構わないでしょうか」

「わかりました。旦那様方には私のほうから連絡しておきます」

「お願いしますね。ラシルさん」


 僕たちより一足早く、食堂のほうへと戻っていくラシルさん。

 僕は寝間着のままだったため、エアリスに手伝ってもらいながら、服を着替える。

 着替えが終わったら、エアリスを伴い、食堂へと向かう。

 それなりの時間、待たせてしまっているため、少し小走りで廊下を移動していく事にした。

 そして、食堂前の扉で一呼吸おいて、食堂のドアを開けてもらう。


「遅くなりました、父様、母様」

「うむ。確かに、普段とは比べものにならないほど、身支度に時間がかかったな」


 食堂に着いた僕に対し、声をかけてきたのは父様である、ファスト=イシュバーン。

 僕たちが住んでいる、イシュバーン辺境伯領を治める領主であり、イシュバーンでも屈指の腕前を誇る騎士だ。

 騎士と言っても、魔法が使えないわけではなく、さまざまな魔法を使いながら戦う、それが一般的な騎士である。

 父様に勝てる騎士はイシュバーン領内ではほぼいないらしい。

 何回か勝負を行えば、騎士団長が一度は勝てる、それほどの実力者だ。


「あなた、そんな意地悪なことは言わないの。ラシルから、部屋でなにかがあったと言うことは聞いているでしょう? まずは、何事もなく、食事を一緒にできるとことに感謝いたしましょう」


 父様のことを優しく窘めたのは、マイラ母様。

 父様がイシュバーン最強の騎士であるなら、母様は領内でも五本の指に入る魔術士らしい。

 僕の前で魔法を使ったことは少ないが、いざとなれば数十人規模の敵をひとまとめに倒す魔法を扱える、そうマイラから聞いている。

 魔法のことは、危ないからと言われあまり詳しくはわからないけど、相当強いことはわかっている。


「……うむ。カイトから聞かねばならぬことがある、とも聞いているが、まずは朝食としよう。カイトも席に着きなさい」

「はい、わかりました」


 僕が席に着いたことで、家族三人が全員揃った事になる。

 ……そう、僕たち一家は三人家族なのだ。

 これは、貴族家としては非常に珍しいらしい。

 普通は、長子になにかあったときの保険や、いずれ当主の座を引き渡すときに、腹心として育てるなどのために、子供はそれなりの人数がいることが多いとか。

 だが、僕の父上と母上の間には、まだ子供が僕ひとりしかいない。

 これが、この先どうでるかはわからないが……我が家ならば、何とかなるだろう。


 家族全員が席に着き、食事の前のお祈りを済ませてから、食事を始める。

 今日も料理長が作った料理はとても美味しかった。

 若干冷め気味だったのは……うん、僕のせいかな。


 なお、我が家では基本的に毒味はしない。

 解毒用の魔法薬ポーションは各自が常備しているし、不思議なことに、僕の一族は各種毒に対して高い耐性を誇る。

 一般的な毒物では簡単に殺せない、それがイシュバーンの血統なのだ。


 そうして、朝食を終わらせたあとは、ラシルさん経由で話がいっていたであろう、僕の異変についての話となった。

 まずは、エアリスから、今日の朝になにがあったかを説明したのだが、話を聞いただけでは、大人たち三人は半信半疑……と言うより、エアリスが夢でも見ていたんじゃないかという話になった。


「ふむ、エアリスよ。話はわかった。だが、そのような『消える魔剣』などという危険極まりない武器があるとは考えにくい」

「そうね。そんな武器が本当に実在したのなら、暗殺者が喜んで飛びつきそうなものよ」

「……はい、私も今朝見たものが信じられません。ですが、カイト様がなにか操作をした結果、剣は消えてなくなったのです」


 母様はエアリスの話を聞いて、難しい顔をした。

 たぶん、彼女の話だけでは判断ができないんだと思う。


「……ラシル、この話、どう思いますか?」

「はい。エアリスは親の贔屓目でみてしまいますが、このような場で嘘を申し上げるような性格ではございません。おそらく、娘が見たものは事実なのでしょう」

「ふむ……そうなると、エアリスではなく、カイトに尋ねなければならないのだが。カイトよ、お前はそのような剣を手に入れたのか?」


 父様は、僕に話の真偽を問いかけてきた。

 決して威圧的ではないけど、真剣な表情をしている。

 僕も、きちんと答えないと……。


「はい。僕の望みではありませんが、そのような剣を手に入れ、契約することとなりました」

「入手しただけではなく、契約か……。正直、とても頭のいたい問題だが、まずはその剣を見せてもらうことは可能か?」

「はい、できます。……ただ、僕の魔力操作がまだまだ難しいので、具現化させるまでに十五分分ほど集中しなくてはいけないのですが」


 剣をひとつ取り出すのに十五分。

 このセリフに、父様は頭を抱えるように言った。


「十五分か。思いのほか長いが、何とかならないのか」

「こればかりはどうにも。何回も練習を積み重ねて行けば、もっと素早く具現化もできると思います。ですが、いまの段階では十五分が限界だと思います」

「わかった。では、カイトはその魔剣とやらを具現化させてくれ。ラシルとエアリスは、朝食がまだだろう。我々のことは構わん。先に朝食を済ませてくるといい。食事が終わったら戻ってきてくれ。ほかの者たちも、この場は我々とアドルだけで十分だ。お務めご苦労であった」

「ご配慮いただきありがとうございます」

「ありがとうございます」


 ふたりは一礼して使用人用の食堂へと向かっていった。

 僕の件で食事時間が遅くなってしまっているし、申し訳ないことをしたな。

 さて、僕の方は魔剣を具現化するために集中しないと……


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 剣を作り始めて十五分程度、魔力の渦から剣を作り出すことに成功した。

 ちょうど戻ってきていた、エアリスやラシルさん、それに父様と母様も驚きを隠せない状態のようだ。


「む……それが、エアリスの言っていた剣か」

「はい、間違いありません。カイト様が朝持っていた剣と同じもの……だと思われます」

「あら、エアリスちゃん、歯切れが悪いわね? なにか心配事でも?」

「ええと、私は、あの剣が目の前で消えているところも見ているんです。なので、簡単に同じ剣なのかと問われても……」

「なるほど、道理だな。……それで、カイトよ。それは今朝方エアリスが見た剣と同一の物か?」


 同じ剣かどうか、か……僕の魔力でできているんだから、同じ剣で大丈夫だよね。


「はい。僕の魔力を使い、自身の中に出し入れしているという部分はありますが、間違いなく、この剣はエアリスが朝に見たものと同じ物です」

「……そうか。では次の質問だ。お前はその魔剣をどこで手に入れた?」


 うん、次は入手先が気になるよね。

 ただ、入手先については説明がしづらいんだよね……


「ええと、信じてもらえるかわかりませんが、今朝、目を覚ますと、部屋のテーブルの上に見知らぬ箱が置いてあました。それを手に取ってみると、急に視界が真っ白になり、気がつくと、『ロキ』と自称する者と共にいました」

「……貴族家の子供が、そのような怪しげな箱をうかつに触るのでない。どこかの間者が用意した、罠であったらどうする」

「……はい、確かにうかつな行動でした。ですが、その時はまったく警戒心がわかなかったのです」

「幻惑系の魔法でも使われていたのか?」

「……似たような状況ではあったのかも知れません。なにせ『ロキ』は、最後に戯曲神を名乗って去っていきましたから」

「『戯曲神ロキ』……。聞いたことのない名前だな。誰か、この神の名前に聞き覚えのある者は?」


 父上がこの場にいる全員に問いかけるが、皆首をかしげるだけだ。

 僕だって、名乗られて初めて知った名前だし。


「当主様。少々よろしいですかな?」

「アドルか。どうした」

「当主様のお許しがいただけましたら、図書室にて『ロキ』なる神が存在しているかお調べしてまいります」


 アドルは僕の家をとりまとめている家宰だ。

 父様いわく、非常に優秀でイシュバーンになくてはならない人材だと聞いている。

 僕からすると、生まれたころからいる祖父のような存在で、父様が全幅の信頼を寄せている、そんな人物だ。


 さて、僕の暮らしている国の宗教について説明しよう。

僕の住んでいる国では、個人個人がそれぞれ好きな神様を崇めることを許されている。

 そのため、どのような神様がいるかということになると、非常に数が多く……一言で言ってしまえば、それらをすべて覚えておくなんて、普通の人にはできない。

 なので、ある程度有名な神様であれば、辞典の中に名前や加護などが納められているのだ。

 ちなみに、王宮では、各種神様の情報を記憶し、さまざまな対応をする、そんな人もいるらしいよ。


「ふむ……悪くはない案だな。カイトもそれで構わないか?」

「構いませんが……ひとつ気になることが」

「なんだ、申してみろ」

「『ロキ』が僕に名乗ったとき、それが本当の名前ではない、と言うような発言をしていた気がします。ですので、ひょっとすると、『ロキ』の名前で描かれている神話は見つからないかも知れません」

「ご配慮いただきありがとうございます。元より、ダメでもともと、と言う調査です。見つからなかったとしても、それはそれで収穫にございますよ」

「……とのことだ。アドル、頼めるか」

「承知いたしました。それでは、失礼いたします」


 アドルが資料を調べるために退出し、この食堂内には、僕と父様、母様、エアリスにラシルさんの五名だけが残る形となった。


「さて、マイラ、頼めるか?」

「ええ、わかっているわ」


 母上が無詠唱で組み上げた魔法は、遮音結界と透視遮断結界のふたつだった。

 どちらか片方だけでも、無詠唱で瞬時に組み立てるのは難しいのに、母上はそれを同時にできてしまうほど、制御能力に秀でているんだ。


「……さて、これで他人の目を気にしないで話せるな。しかし、カイトよ。厄介な物を手に入れてくれたな?」


 父様は頭を抱えながら、そんなことを口にする。

 どうやら、僕が思っているよりも厄介な代物らしい。


「やっぱり、これってそんなに厄介な物なの?」

「厄介だよ。まずは、未使用時は使用者の魔力の中にしまっておけるというのが問題だ。それから、その手のタイプの魔剣は契約を行う必要があったと思うが、契約は済ませているのだろうな」

「契約をした覚えはないけど、それに近い状態にはなっていると思う」


 僕自身が望んで契約したわけじゃないけど、たぶん、契約はされているはず。

 そうじゃないと、こんな使い方ができるとも思えないし。


「そうか。そうなると、契約解除ができるかどうかだが……」

「そっちも無理じゃないかな」


 仮にも神を名乗るものによって成された契約だ。

 そう簡単に解除できるとは思えない。


「だろうな。……さて、今回の件、上にはどのように報告するか」

「あら、私たちの子供が神様からステキな魔剣をプレゼントされました、でいいんじゃないの?」

「いや。それだけだと、中央の無能貴族どもが、魔剣を献上しろと喚き立てそうだ」

「そんなの無視に決まっているでしょう。我々、辺境伯家が中央の無能貴族に侮られるようなことがあってはなりません」

「……それもそうか。よし、国王陛下には手紙を書いておくか」


 父様と母様はこのことをどう報告するかで話をしている。

 やっぱり魔剣なんて、物騒なものの取り扱いには慎重になるよね。


「それがよろしいかと。……それで、カイト。ソウルイーターの固有能力は聞いていますか?」

「固有能力……確か、魔剣ごとに異なる特徴的な力のことだよね?」

「はい、その回答で正しいです。それで、固有能力はわかっていますか?」

「済みません。固有能力はわかりません」

「そうですか……。その『ロキ』と言う神様も、もう少しサービスをしてくれてもいいものを。……それから、神様からいただいた物は、魔剣だけですか?」


 ああ、そうだ。

 魔剣の話ですっかり忘れていたけど、チャンバーについても説明しないと。

「魔剣のほかにも、機装格納庫チャンバーと言うものをいただきました。ただ、こちらは、魔剣以上によくわかりません」

「……正体不明の神様からとはいえ、ふたつも授かるとは。これから向かう教会で神へと普段より熱心に祈りを捧げなくてはいけないな」

「そうね。それまでに、アドルが『ロキ』のことを見つけてくれるといいのだけど。それがかなわなくても、ご寄進は多めにいたしましょう。カイトとエアリスの魔力検査もあるわけだし」


 あれ、魔力検査って五歳の誕生日に行うものだと思っていた。

 エアリスは僕より年上だから、すでに終わっていると考えてたんだけど。


「僕はともかく、エアリスもなの? エアリスは僕より二歳年上だから、もう済ませていると思っていたけど……」

「そこは、個人的な事情というやつだ。さて、それでは外行きの服に着替えて教会に行くとするか」

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