第6話 初めての他国と伯爵令嬢
バレックス家に手紙を寄越した伯爵家...ソイント家が属するセレスティアは、ミルーシア王国領から馬車を飛ばし続けて約2日もかかる距離で、度々受ける馬車が揺れた衝撃でお尻を痛めながらも、初めての長旅でワクワクしながら時間を過ごした。
道中は商隊の人達から消耗品を買ったり、地図にも乗らないような小さい村を通るくらいの出来事くらいでトラブルには一切合わず、スムーズに道を進むことができた。
「よーし、お前さんがたもうすぐ国境だぞー!」
「....ん?ふあぁ〜〜。もう着いたのか?」
ドリンさんがそう叫ぶと、周りの木々は若干伐採されていて風景が少し遠くが見えるようになって来て、道も舗装され始めた。
そんな中、冬樹は(最新のものらしいが)馬車の中で爆睡しており、振動や揺れで気持ち悪くなる事もなく大欠伸をしながら起きた。
「ドリンさん、そのまま町に入るのではなく、ソイント伯爵領に向かって進んでしまって下さい。」
「そのまま行っちまっていいのか?他国だし、手続きを踏んで入国しないとマズイんじゃねーのか?」
「いえ、あくまでも『個人的な』訪問ですからわざわざ入国手続きをする必要はありませんよ。」
全く先が読めないことに不安を感じながら、僕らを乗せた馬車は国の中枢部が密集するセレスティアの都市部に続く舗装された道をそれ、最低限馬車が通れる程には舗装されている道を進む。
この国は、大陸を超えて勃発した戦争の際にかなりの打撃を受け、未だその余波で他国と比べると平民の生活の質から魔導具の技術などで遅れを取っている。
「セレスティア領もさほど広くはないので、そろそろ服装の確認等をお願いします。」
「あ、僕の立場ってやっぱり冬樹の護衛とか付き人扱いになるんでしょうか?」
「そうですね....もし、他の貴族と話す場面があればそれに近しい扱いになるとは思いますが、今回に関しては客人扱いなのでそこまで気にしなくとも良いかと。」
当たり前だけど、他国と言えど相手は貴族なのだから民間人扱いの異世界人がすんなり会うなんて普通は有り得ない。
冬樹の場合、バレックス家に養子入りしたおかげで擬似的な爵位は得ているからさほど気にする必要もなさそうだけど、僕は師匠が有名人と言っても民間人に変わりなかった。
「やっぱある意味で俺は運が良かったんだなぁ〜。てかさ、白儀の師匠さんって有名人なのに名誉貴族じゃないんだな。」
「一応話はあったらしいよ。けど、本人が拒否したからそのまま話が流れて無くなったんだって。」
師匠は数年前に起こった『厄災』と呼ばれる疫病に対する治療薬を開発した功績があり、その時の事から救国の魔女なんて通り名が生まれたらしい。
ただ、本人はそれを心底嫌がっていてよっぽどその名前が利益を生む時以外は使わないと言っていたのも聞いた。
「ま、人それぞれってやつか。それで、お前何着るんだ?俺は持たされた正装?一式あるけど。」
「セラさんから貰った服があるんだけど、これ執事服みたいなスーツなんだよね。しかも、見た目に反して色々物騒な機能が....」
僕はリュクタイプの鞄を開け、中で綺麗に折りたたまれているスーツに目を当てる。
セラさんが役に立つからと何処からか仕立ててきたそのスーツは師匠の悪ノリと、セラさんの多方面に気を使った改造が施されて魔導具と化している。
刃物を扱うのに阻害が無いくらい動きやすく調整され、質量は一般的なものより軽くて強度は薄い鉄板レベルで頑丈で撥水。
ベルトには数本のナイフを固定でき、回数制限はあるけど対魔術の結界を張る魔導具も内蔵している。
「うわぁ〜、大人が工作楽しくなって悪ノリするやつじゃん。それ。」
「正直、これから先で一番役に立ちそうなのが撥水機能だけなんだよね。この服装でナイフ抜く場面とか想像できないよ...。」
これからは冬樹の付き添いで着る場面は増えるだろうけど、ドラマとか小説みたく貴族との公的な場で戦うなんて起こり得るはずが無い。
「ふふ、恐らくお二人方もそのような事は考えて無いと思いますよ。どちらかと言えば、弟子の安全を心配した先に行き着いた過保護みたいなものかと。」
「ははっ!あの魔女の過保護なんぞ、世界一安全じゃねーか!シラキ、お前もいい人に拾われたな。」
他の人から言葉にされるとむず痒いけど、確かに過保護と考えれば納得出来てしまった。
心の中で、改めて師匠とセラさんに礼を述べながら僕はスーツみたいな礼服に袖を通した。
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「お待ちしておりました。当家執事のレンドと申します。到着次第すぐに中にお通しせよと仰せ付かって居りますので、このままお嬢様の私室にご案内させて頂きます。」
ソイント伯爵領の屋敷の門に着いてすぐ、こちらの到着を待っていたらしき執事さんに案内されてエントランス?みたいな場所に通された。
ドリンさんは馬車を停める為、すぐに屋敷の裏に案内されていって今は別行動をしている。
「そちらから呼び付けておきながら、出迎えもしないのですね。こちらのご令嬢様は。」
「....申し訳ございません。本来なら、お嬢様自らが出迎えをするべきとは存じておりますが、今回ばかりはこちらにも事情がございますのでご容赦下さいませ。」
「そうですか。では、その辺りの事情とやらもご令嬢様本人から聞きましょう。」
ノードさんは、今まで僕が見た中で一番と言っていいほどの威圧を込めて執事さんに圧をかけると、執事さんは多少予想していたのか額に少し汗を流しながらも腰を曲げて非礼を詫びてきた。
屋敷を案内される道すがら、ソイント伯爵当人は首都に滞在しており伯爵夫人とご子息もそれに付き添っているため、この屋敷にいるのは令嬢だけだと言う事を聞いた。
そして、屋敷の中は貴族にしては質素な内装らしく(僕はわからないので冬樹の感想だ)民間人の家に比べれば豪華だが、どこかシンプルなデザインの家具が目を引いた。
エントランスから階段を上がった場所に部屋があるらしく、数分もしない内に目的の部屋らしき扉の前で執事さんが立ち止まった。
「こちらがお嬢様のお部屋になります。お入りになる前に、護衛の騎士様と付き人の方は別室でお待ち頂きたいのですが....」
「レンド。そちらのいかにも付き人感が強い方も、私が招いた客人の1人よ?」
レンドさんが、僕とノードさんに別室で待機して貰えないかと頼んだ時、部屋の扉が開かれ声と共に少女が現れた。
貴族の令嬢が室内で着るドレスにしては少し質素な色かつ装飾も控えめな格好だけど、それがどこか自然体でこの人には一番似合うとすら思えた。
「当家のものが無礼を働きました事に謝罪を。ただ、貴方の立ち振る舞いや動作が余りにも執事そのものだったので、長年勤めているレンドですら間違えてしまったようです。」
「いえ、こちらもわざと演じていた節もありますし、何より私自身は平民でしかありません。ですから、謝罪などは結構です。」
「そう言って頂けて幸いです。.....積もる話と言いますか、そちらも聞きたい事がございますでしょうし私からもお話しがございます。護衛の騎士様、出来れば3人で内密に話したい事もございますゆえ別室でお待ちして頂けないでしょうか?もし憂いがあるのでしたら、先に室内を調べて頂いて幸いです。」
僕が平然と会話している事に驚いてる冬樹を置いてけぼりにして、流れるように謝罪は終わり向こうも早く本題に入りたいようだった。
「...そうですね。そこまで仰るなら大丈夫です。安心して待たせて頂きましょう。」
「ありがとうございます。レンド、騎士様を丁重にご案内しなさい。では、お二人はこちらへどうぞ。」
ノードさんと別れ、令嬢に部屋に通された僕らは言われるがまま室内の応接間みたいな場所に腰を下ろした。
「さて、貴方達が最初に気になるであろう私の正体から明かしましょうか。初めまして、異世界からの迷い人達。私はソイント伯爵家の令嬢にして『転生者』、ユーリ・ソイントよ。多分同郷だからよろしくね。」
「「転生者....?」」
僕は想定の斜め上をいく口調もガラリと変わったユーリさんの発言に思わず声を漏らし、冬樹も同じく驚いたのか同時に声を出した。
ユーリさんについては馬車の中で色々と推測を出していて、一番可能性が考えられたのが冬樹と同じく貴族に保護された異世界人説だった。
もし、同じ世界から転移して来ていてかつ日本人だとかクラスメイトだとかなら、僕らをわざわざ呼び寄せたのもなぜ知っていたのかを抜きにすれば理由は察せた。
けど、今まさに彼女はそれを否定して、更には僕の全く知らない新しい言葉を出してきた。
「おい、まさか転生ってあの異世界転生か?」
「そうね。私の場合ちょっと複雑だけど、簡潔に表現したらそれよ。てか、私は名乗ったんだから貴方達も名前教えてよ。」
「あー、悪い悪い。俺は篠崎 冬樹。この世界だとバレックス公爵家の養子だからフユキ・バレックスって事になるな。貴族の挨拶とかマナーとか苦手だから呼び捨てで大丈夫だ。宜しく。」
「次は僕ですね。僕は蒼島 白儀と言います。保護者が民間人なのでこの世界だと下の名前のシラキだけになります。それで、初めに聞きたいんですけど、異世界転生って何ですか?」
自己紹介に添える様に言うと、ユーリさんは冬樹に『嘘でしょ!?』と言わんばかりの表情を向け、冬樹は『忘れてた〜』と言いながら頭をかいていた。
「異世界転生ってのは、ファンタジー小説なんかによくある現世で死んじゃった人間が異世界の人間に生まれ変わるやつだ。」
「輪廻転生の考え方を曲解した感じ....?」
「まぁ間違ってないけど、白儀君って今時の男子高校生なのにファンタジー小説で飽和する程ある異世界転生のジャンルを知らないのね...。」
「いや、こいつがレアケースなだけだ。それより、転生なんて本当にある方がビックリなんだが。」
「あら、そこは信じるのね。正直言って、貴方達が信じるかはどっこいどっこいで狂人扱いも視野に入れてたんだけど。」
「そりゃ、あんたと話せば一発だろ。横文字使ってるし。」
英語は分からないけど、日本語由来の横文字は自動翻訳の対象になるので日本人同士で会話するか同じ発音で会話しないと訳された母国語で聞こえる。
つまり、彼女が横文字を話している事自体が転生者である証明になっている。
「そうですね。そこ自体は僕も疑ってないです。ただ、ユーリさんが転生者だとしたら生じる疑問もありますし、何よりそれは僕らのことを知っていた理由にならない筈です。」
「それもそうね。あっ、私が貴方達を呼んだのは転生者だからって理由だけじゃないから、それも含めて私の経緯から順序だてて説明した方が良さそうね。」
ユーリさんはそう言って紅茶を一口飲んで息をつくと、これまでの彼女の数奇な人生を語り始めた。
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