第7話 転生者と乙女ゲーム
「さっきも言った通り、私は一度貴方達がいた世界で死んでこの世界に転生した....と思うの。」
「ん、思うって?」
「私の転生は、ファンタジー小説みたいに生まれてすぐ記憶がはっきりとしていた訳じなくて、最初は普通の赤ちゃんと何ら大差は無かったのよ。」
どうやら、年齢を重ねる度に前世の記憶を思い出すらしく、内容も前世の個人的な記憶(つまり名前とか家族の顔とか)はほとんどおぼろげで、一般的な知識と多少前世に関連した記憶しか思い出せないらしい。
ただ、普通に考えれば赤ちゃんの頃から前世の記憶を丸々覚えてたりしたら、心を病んだり頭がパンクしてしまうかもしれないから、それが逆に幸いしたのかもしれない。
「....なるほど。つまり、精神年齢も今の年齢とさほど変わらず、あくまで主人格はユーリ・ソイントと言う事ですね?」
「そうね。だから、テンプレ展開みたいに精神年齢がおばさん!みたいな事はないし、中身はちゃんとJKだから安心して。」
「あー、はい。分かりました。それで、まだ僕らの事を知っていた理由は何ですか?」
「白儀くん、若干引いてるわよね....?まぁ、いいか。種明かしは後2つあるんだけど、その内の一つが2人の事を知る事になった要因である私の左目。『未来視の魔眼』ね。」
ケロっと彼女は言ったけど、『未来視の魔眼』と言う言葉に僕も冬樹も思わず息を飲んで黙ってしまう。
魔眼とは、稀に人間の身体に現れる神秘の一つで、眼球に宿り様々な能力があると言われているが詳しく事は未だ謎が深い
神秘の深さ....つまり、希少度によって種別されていて、その中でも『未来視』は『千里眼』に並ぶレベルでの希少度で、神話とかお伽話に出て来るような魔眼だった。
そして未来視とは、文字通り未来に起こることを視覚情報として認識出来る能力だと言われている。
「よし!やっと異世界ファンタジーらしい展開が見れて満足したわ。けど残念、2人が考えてるみたいな能力じゃないわよ。私の左目は。」
「え?未来が見えるんじゃないのか?」
「私が視るのは、神話の未来視みたく『これから訪れる運命』じゃなくて『このままだと起こりうる現象』なの。だから、気付いたら未来視とは違う未来になってる事もあるし、場合によっては意図的に未来を変えられるわよ。」
「未来予測?みたいな感じなんですね。なら、それで僕らを視たから全部知っていた訳ですね。」
「そうね。まぁ、意識して2人がこの世界に来る状況を視た訳でもないんだけど。偶然視えちゃったから、私の事情に巻き込もうかと思ってね。」
てへっ、と言わんばかりの言い方に腹が立たなくもないけど、彼女の立場からしたら僕らとの接触は自分に対する理解者を増やす意味でも、純粋に同郷と関係を持つ意味でも理解は出来る行動だった。
それに、僕らからしても保護者を抜けば他国かつ伯爵令嬢の知り合いが出来たと考えたら妥協は出来る。
「ま、イラっとはしたけど怒るほどじゃないな。結果オーライだし。」
「だね。それで、立て続けに質問で悪いんですけど、その事情ってなんですか?」
「あー、やっぱ気になるよねー....。私が今から言う事は、私が転生者だって言うよりぶっ飛んでる事なんだけど....。」
歯切れが悪くなりながら、彼女は立ち上がってデスク?に向かうと引き出しから数枚重なった紙を取り出して僕らに手渡してきた。
一番上の紙には、『ドキドキ♡ヒロイン!』と日本語でタイトルらしきものが書かれている。
「げっ、『ドキドキ♡ヒロイン!』ってあのドキヒロか?」
「冬樹くんはCM経由で知ってるみたいね。えぇ、あのドキヒロよ。」
会話が2人で完結しているから、僕には何を言いたいのかイマイチ分からないけど、冬樹はパラパラの怪訝な顔で中身を確認している。
「白儀くんは....分からないわよね。『ドキドキ♡ヒロイン!』ことドキヒロは10〜20代の女子に人気が出た乙女ゲームよ。」
「乙女ゲーム....?」
「あれだ、主人公が女の恋愛ゲームみたいなやつだ。」
「そうね、簡単に言えば恋愛シミュレーションゲームね。で、ドキヒロはちょっとインパクトがあるCMでも一時的話題になったんだけど、それは後で。それでね、この冊子は私が書き出したドキヒロの攻略本みたいなものね。」
僕も冬樹に習ってパラパラめくってみると、確かに中には時間とか条件だとかがびっしりと書き込まれて内容が分かりやすく整理されていた。
けど、その恋愛ゲームと彼女の事情に何の関係があるんだろう?
「恋愛ゲームが関係あるの?って顔してるわね。ま、当たり前の反応なんだけど冬樹くんなら察したんじゃないの?」
「何となくだけどさ、あんた、乙女ゲームの世界に転生しちゃった!とか、言いたいんだろ!」
「ビンゴ!やっぱ、異世界転生系の話が分かる人がいるとテンション上がるわぁ〜。」
嬉しそうに笑っているユーリさんに対して、どこか憂鬱そうな顔の冬樹。
2人の会話内容を率直に捉えるなら、ユーリは乙女ゲームの世界に転生した?と言う突拍子も無い事を言っていることになる。
創作物の世界じゃあるまいし....っと一瞥したくなるけども、現に異世界転移してる僕が言うのも変な話だった。
「あ、言っておくけど全部が全部同じってわけじゃ無いから。乙女ゲームの世界の適応範囲?は、レティシアの学園と王都周りくらいで他は範囲外。」
「よかった....てか、俺シナリオはそんな詳しくないんだけどあんたってヒロインか?」
「ふふ、そんな見てくれかしら?どちらかと言えば....『悪役令嬢』じゃないかしら?」
僕にはヒロインも悪役令嬢もよく分からないけど、彼女の言動的に僕らと同年代だと考えるなら、口調を除いた纏う雰囲気は大人びた印象を受けた。
「そっちかぁ....ん、白儀には後で説明するからニュアンスだけ掴んどいてくれ。それで、ドキヒロの悪役令嬢様が俺たちを呼んだ理由は?」
「単純な話よ。10以上に渡るマルチエンディングの中で、唯一悪役令嬢が処刑されるエンディング...それを回避するのを手伝って欲しいの。」
「え、婚約破棄とかの撤回とか追放エンドの回避じゃないのか?」
「別に、私は転生者だからってシナリオから脱却する気はサラサラないのよ。やった事は、本来なら私と家族の仲が悪いのを回避したくらいかしら。」
「そうなのか。で、処刑エンディングってどんなやつなんだ?」
冬樹の問いに、ユーリは多分僕にも分かるよう丁寧に説明をしてくれた。
ユーリの元婚約者であるレティシア第1皇子とヒロインが結ばれるルートの中に処刑エンディングは存在し、ゲームの中で唯一死人が出て『無価値』なエンディングだと言う。
ノーマルエンディングだと、ユーリはヒロインを虐めていた事や様々な出来事が重なり罪に問われるが、証拠が弱かった事もあり修道院に生涯閉じ込められるだけで終わるのだと言う。
ただし、第1皇子ルートの合間のイベントで隠しアイテムや情報を解放する事でユーリの処遇を処刑に変更できる。
ただ、変更したところでユーリが処刑される以外のイベントは起こらず、『ユーリを処刑する為だけに』証拠集めをする事になる。
「....随分と物騒なゲームですね。もっとこう、明るいゲームだと思ってましたし、ユーリさんの婚約者って第1皇子なんですね。」
「初見で聞けばそうなるわよねー。あのバカは置いといて。ドキヒロってね、量産型の乙女ゲームじゃなくて乙女ゲームのクセに乙女ゲームを皮肉ったイベントが登場したりするの。」
「あれだろ、CMでやってた....」
「強引に迫って、攻略対象と既成事実を作るルートね。正直、ドキヒロってわりかし何でもアリなのよ。そこで本題なんだけど、現実の私ことユーリは、ヒロインに一切手出しをしていないのにも関わらず何故かヒロインは着々と証拠集めを順中に進めているらしいのよ。」
「え、手出しをしていないのにですか?それって、矛盾してると言うか....」
「そう。多分なんだけど、もしシナリオ通りに進行してるならゲーム内でもユーリは何もしていない、もしくは証拠を残したのはユーリ以外の誰かなのよ。」
「おいおい、なら処刑エンディングって冤罪って事か?」
「多分ね。ま、全ては製作者のみ知る何だけどこの世界でヒロインに嫌がらせをしたのは私以外の誰かで、彼女が握っている証拠も他の誰かものか偽物ね。」
シナリオが随分とお粗末だし、仮に現実で起こるのならその証拠である信憑性を疑うレベルですらある気がする。
僕がシナリオと現実の関係に対する疑問について考えていると、冬樹とユーリさんの話はどんどん進んでいた。
「ん?そういえば、あんたの婚約者って第1皇子様なんだよな。でも、ソイント家って伯爵なんだろ?」
「あぁ。簡単な話で、公爵家に皇子と年齢が合う方がいらっしゃらなかったのよ。それに、お父様は伯爵家の中では仕事が評価されて若干の知名度があったから、私と殿下の婚約が打診されたの。」
「大体事情は分かったな。それで、具体的に何を手伝って欲しいんだ?」
「簡単よ。今日から、約1ヶ月後に行われる私の断罪イベントまでの間、私の護衛と執事として学園内で警戒して欲しいの。」
それを問題無くこなせるかはともかく、確かに彼女を手助けするにはそれくらいしないと身分が現状だと低い(冬樹は明かせば違うけど)僕らは、何かしらの立場が必要になる。
「あの、僕らが断ったらどうする気ですか?」
「どうにもしないわよ。あのね、誰もバレックスの養子と魔女の弟子に喧嘩を売るバカな真似普通はしないから。」
「それもそうですね....。」
どうやら、僕らの保護者は他国の貴族令嬢を怯えさせるほど有名らしい。
話を戻して、一応バレックス家からの依頼を達成した以上僕らは彼女に協力する義務自体は発生しない。
もちろん彼女は同郷だし、このままだと処刑されてしまうからと善意だけで協力する事も出来る。
けど、まだ異世界に来て半年足らずかつ保護者にも迷惑がかかる可能性があるなら、リスクを犯せる余裕は無い。
だから、協力するにはそれなりの理由....協力した際に貰う報酬の有無や内容が必要になってくる。
冬樹もそれを理解しているのか、視線を落として少し考え込んでいる。
「やっぱ、善意だけじゃ無理よねー。よし、ならこの件が無事片付いてスムーズに私が追放されたら、お父様に頼んで貴方達2人に融通を利かせる様に頼んでおくわ。」
「それって、いわゆるコネか?」
「そう、コネよ。ま、伯爵家のコネとか微妙にも程があるけど、他国とのコネが個人的に手に入るなら2人の利にはなるでしょ?」
「個人的なコネ、ですか。」
『バレックス家の養子』と言う肩書きを持つ冬樹と、『魔女の弟子』と言う肩書きを持つ僕はそれを表で使えない現状、伯爵と言えど他国の貴族との繋がりは有用と言える。
少し頭を悩ませたけど、考えを固めた僕は口を開いた。
「分かりました。なら、僕はその条件でユーリさんを手伝います。」
「俺もやるぜ。ま、どうせこのままトンボ帰りしてもやる事無いしな。」
「よしっ!なら決まりね!これからよろしくね、2人共!」
よほど嬉しかったのか、テンションが上がったユーリさんは今にも飛び上がりそうな様子で喜んでいた。
ファンタジーみたいなリアル異世界 kentoさん @kentokun
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