第5話 手紙とお願い


宿を引き払うために一度部屋に戻ったノードさんと一旦別れ、先に支払いが終わった僕はきのみ亭の前で冬樹と雑談をしている。



「てかよ、異世界って聞いたから米とか食べらんなくね?って思ったけど案外出回ってるんだよな。」


「それね。師匠の家で夜ご飯に白米が出てきた時は結構びっくりしたよ。この世界の雰囲気って、白米とか合わないからね。」



これまでにこの世界に来た日本人達の活躍か、白米が一般的に流通するくらいに作物として広まっていて師匠が産まれた時は既に平民の食卓に並ぶレベルだったそうだ。


しかも、粒の大きさとかまでこだわってる辺り日本人のお米に対する執着を感じる。



「雰囲気ってあれだな。俗に言う中世ヨーロッパ風だかなんだかみたいな感じだろ?」


「中世ヨーロッパ自体見たことは無いけど、言葉にしたらそれかな。」



この世界は科学の代わりに魔術で補っているため、どうしても魔術だけではカバーできない大量生産などの側面の発展が遅れてしまう。


多分、その遅れている部分を何となくで僕らは中世ヨーロッパ風とか実際に見た事もないのに例えているんだろう。


そんな会話をしていると、支払いを終えたらしいノードさんがきのみ亭から出てきた。



「お待たせしました。少し予定外の事がありまして....。先に馬車に移動してからご説明しますので、参りましょう。」



話し方と雰囲気に少し嫌な予感を覚えたけど、今聞いても仕方がないので馬車が停めてある場所まで移動するため歩き出した。




馬車はバレックス家お抱えの馭者さんが操縦しているらしく、シンプルなデザインの馬車に繋がれた馬に餌をやっていたおじさんがこちらに気付くと片手を上げた。



「フユキ坊ちゃんに、ノードも戻ったか。お、もしかしてその綺麗な子がフユキ坊ちゃんの友達か?ったく、彼女がいるなら言えっての!」



馭者さんは、バシバシと気まずそうな冬樹の肩を叩きながらガハハ!っと大笑いしている。



「ドリンさん。この方、シラキ様は男性ですよ。」


「だんせい...?はぁ!?この整った顔に、綺麗な立ち振る舞いで男だ!?」


「あの、はい。男です....。シラキと言います....。」



リアクションが大きめな人みたいで、見事に驚いた人を体現するポーズになった馭者さん.....ドリンさんは、驚愕の表情を僕に向けて硬直した。


そして、その挙動1つ1つが僕の心を確実に抉り、未だ童顔の自分の顔を呪いたくなってくる。



「ドリンじいさんよ、あんた見事にこいつの傷を抉ってる事に気付こうな?」


「そりゃあすまんかった。しかし、たまげたなぁ....。」



ドリンさんは謝りながらも、僕の顔を見ながら顎に手を当てている。


この世界の人は比較的顔の彫りが深く、僕ら日本人の顔の平坦さから生じる幼さを感じる筈だし、日本人の中でも童顔な僕なんて更に拍車がかかる気もする。


因みに、冬樹は滲み出るアホの子感を除けば学校で女子人気があるくらいの顔立ちではあるので、変に目立つくらいには気にはならないみたいだった。



「自分が童顔だって事は良く理解してますから大丈夫ですよ....それで、さっき言ってた予定外の出来事って何ですか?」


「はい。実は、私が部屋に戻るとバレックス家から連絡用魔導具に手紙が届いてまして....」



早く忘れる為に話を振ると、ノードさんは洋服のポケットから手紙を取り出すと、その内容を話し始めた。


冬樹とノードさんがこの村に向けて出発した1日後の事、セルシオ様宛に他国のバレックス家とは遠い親戚関係に当たる伯爵家の令嬢の名前で1つの問い合わせがあったらしい。


最初は他愛もない貴族の手紙のやり取りから始まったが、本題に入った途端セルシオ様ですら驚く内容が書かれていた。


その伯爵令嬢は、僕と冬樹がそれぞれ別の場所で保護されている事を3ヶ月間の大雑把な行動を知っていると言った挙句、是非僕らに会いたいと言っているらしい。



「情報が漏れたんでしょうか?いや、それじゃあその伯爵令嬢が知っているのがおかしい....」


「えぇ。仮に漏れたとしても、小国の伯爵令嬢が知り得るような規模の情報では有りません。ならば、この令嬢自身が手に入れた情報と言う事になりますが....」


「てかさ、俺バレックス家の親戚とかめっちゃ暗記させられたけど、そんな伯爵家あったか?」



どうやら、冬樹は貴族教育としてミルーシアにおける大貴族の名前と家族構成などを暗記させる事をしていたようで、ミルーシアの主要な貴族なら顔を見れば名前が分かるそうだ。



「いえ。今回問い合わせをして来た伯爵家はバレックス家からしたら眼中にすら無い様な貴族です。自国では外交を行う事も多々ある様ですが、特に評価らしい評価も聞きませんから至って普通の伯爵家でしょう。」


「はー。じゃあ、無名貴族からいきなり俺達のことを手紙で言われた訳か。でも、会いたいって何でだ?」


「考えられるのは、自国に引き込むとか自分の手中に収めるとかです。しかし、それをするなら貴方達を直接襲撃して誘拐などをした方が早いのです。」



確かに、わざわざ脅迫紛いな事をしてバレックス家を刺激するより、それこそ今日辺りに襲撃して誘拐する方が安全であり確実だと思う。


だとすると、その伯爵令嬢は僕らに会う事自体が目的になる。



「そしてここからが本題ですが、セルシオ様は貴方達2人にその伯爵家がある国へ向かって貰い、令嬢に直接理由と経緯を聞き出して欲しいとの事です。」


「おいおい、ちょっと待て待て。セルシオ様は、子供2人だけで他国に派遣するつもりなのか?はっきり言って、危険以外の何でもないだろ!」


「確かに危険では有りますが、ご令嬢がもし口を滑らせるなんてしたら彼らは一気に囲い込まれ、バレックス家とネリア様の立場も悪くなるでしょう。ですから、ここは大人しく従うのが最適なのです。それに、最低限の護衛は許可されています。」



ドリンさんの言う通り、僕らはこの世界でもまだ成人もしてない子供だし、何より3ヶ月しかまたこちらにいない以上この世界の同年代とじゃ比較にならないほど無知だ。


けど、いつまでも師匠や優しい人達に助けて貰っているだけじゃダメだとも思う。



「僕は行くけど、冬樹はどうする?」


「お、お前も行くのか。当たり前だけど、俺も行くぞ?」


「本当に宜しいのですか?仮に拒否したとしても、この依頼が貴方達へのお願いの領分を出ない限り、今後何があろうとも待遇が変わる事はありませんよ。」


「いえ、待遇がどうだとかじゃないんです。師匠やセルシオ様は、僕らが1人でも行きていける様に様々な事を仕込んでくれた筈です。だから、今回の一件は必要な事なんです。」



結局、僕らの最終目標がどんな所にあっても『この世界で生きる力』を最低限身につけなきゃいけない。


それに、保護者がどっちも名の知れた有名人である以上この手のトラブルはこれからも必ず起こるはずだ。


だからこそ、自分達で問題を解決できるようにならないといけない。



「分かりました。では、こちらも最大限協力させて頂きます。ドリンさんも宜しいですね?」


「そりゃ仕事はきっちりとこなすが、異世界人ってのはそんなに順応が早いのか?もっとこう、悲観的になるかと思ってたんだが。」


「悲観的になる以前に、僕らは順応せざるを得ないと言うか....。」


「それな。まぁ、色々思う事はあるけど今はそれどころじゃないだろ?って感じだな。」



当たる前の様に僕らがいい切ると、2人は少し驚いた表情はしたけどすぐに笑みを浮かべた。



「分かりました。では、早速これからの手筈を整えましょう。」



ノードさんの一言で、僕らは馬車の中に入っていった。


---


セレスティアは、ミルーシア王国や帝国といった大国と呼ばれる国々と同じ大陸に存在する小国であり、はっきり言ってしまえば大陸の情勢に殆ど関与できないような国だ。


しかも、小国であるが故、主要都市ならまだしも町から離れた村になると大国では当たり前に普及している魔導具が無いなんて事も珍しくはない。


歴史だけは長いこの国が何故未だ小国なのには一応理由はあるけど、それを言い訳にしている王家にも問題があった。



「.....はぁ。一応、これで胃が痛くなるような作業は終わりかしらね。」



侍女を下がらせ、一人で手紙の返事を読み終えた私は伸びをしながらリラックスした私は、柄にもなく独り言を吐いた。


ただ、それも仕方がないと思える事であって、ミルーシア王国なんて言う大国の公爵家、しかもあの『バレックス家』に肩や田舎の伯爵令嬢が非公式の手紙...いや、脅迫文を一方的に送りつけたのだから。


幸運だったのは『彼ら』が良い性格だったみたいですんなり引き受けてくれ、明日にはセレスティア領内に入り昼過ぎには我が『ソイント家』の屋敷に到着するとの事。


脅迫文と一緒に、屋敷に入るまでの手順を書いたメモも送ったから流れは問題は無い筈だ。



「お嬢様、失礼します。指示された通りかのご令嬢の屋敷を監視した報告書を...おや、そのご様子ですと首尾はよろしかった様で。」


「えぇ、何とかね。報告書は適当に置いといてくれて大丈夫よ。読むまでもなく、大体の予想はついてるから。」



安堵の余韻に浸っていると、扉をノックして私に直接使えている執事のレンドが報告書片手に入ってきた。


彼は私が幼い頃から世話をしてくれていて、唯一私の秘密を共有し、私の目的を果たす為に協力してくれている。



「だいぶお疲れでしょう。後で侍女に甘味を持って来させます。」


「助かるわ。貴方もここ数日は激務だっただろうから、今日は早めに休んで明日に備えなさい。私も夕食を軽くとったらすぐ休むから。」


「はい、本日ばかりはお言葉に甘えさせて頂きます。ですが...その、本当に大丈夫なのでしょうか?」


「ふふ、心配しなくても大丈夫よ。私が限り、彼らを巻き込めば学園内みたいな強制力が強い場所も影響を受けざるを得ないから。」



彼は私の言葉にホッとしたのか、少し緊張感のあった空気が緩んでくれた。


ただ、彼が心配するのも無理は無く、今まで学園外のシナリオこそ崩壊させて来たものの、学園での強制イベントに関しては全く変化せず、毎度何があるたびに苦渋を飲んできた。


しかし、つい3ヶ月前に私は最後の手段にして最良の一手を発見した。


異界の放浪者...偶然の事故なのか、神の気まぐれなのか稀に異世界人が迷い込んでくるこの世界に、再び異世界人が現れたのだ。


そして、私はその異世界人2人に対して申し訳なさもあるが、彼らを無理やり介入させて強引にシナリオ崩壊をさせて手段に出て今に至る。



「私と彼らが挑む事になるのは、乙女の娯楽にして妄想の終着点『乙女ゲーム』の主人公こと理不尽の権化『ヒロイン』。彼女はきっと、悪役令嬢なんて設定付けされた私を滅ぼす為全力を尽くすのでしょう。しかし、私はそれに抗う為にここにいる。」



この15年間、私は私の破滅の被害を最小限にする為に手を尽くし、予想外の力も手に入れつつ計画を立てて来た。


ヒロインよ、現実的な『乙女ゲーム』とやらを見せてやる。

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