第3話 手紙と貴族


「おい、弟子!ちょっと来てくれ!」



セラさんと今日の夜ご飯の準備をしていたところ、自身に篭りっぱなしだった師匠がリビングまでやって来た僕を呼んでいた。


残りの野菜を素早き切り終えると、セラさんには悪いけど残りの作業を任せて僕は台所を出た。



「どうしました?あ、魔術理論の書類でしたら引き出しの下から3番目に....」


「ん?あー、あそこだったか...じゃなくて、以前から私が異世界人に関する情報を集めるためにとある組織に依頼してるって話しただろ?」



そういえば、師匠が異世界人に関して知っているのは本当に極一部の事だから、情報を管理している場所に問い合わせるとか言っていた気がする。


ただ、そこから知れた情報は過去に居た異世界人は黒い髪に黒い瞳が目印の『日本人』だけで無く、この世界とも僕らの世界とも異なる第3、第4の異世界に住んでいた異世界人も存在したと言ったくらいだけだった。



「あれですよね。連絡したけど、あまり情報が無かった所ですよね。」


「仕方がないさ。聞いてみれば、この50年間どの地域にも異世界人は現れなかったそうだから、情報が埋もれってしまったんだろう。でだ、そことやり取りをしている間に面白い事が分かった。」


「面白い事、ですか?」


「ああ。どうやら、私が始めて異世界人についての情報を問い合わせた日の10日前にも同じ問い合わせが来たそうだ。」



実は、師匠が遠い場所とでも手紙のやり取りができる魔導具が故障した時にそのまま放置していたらしく、問い合わせが出来たのは飛ばされた日から10日後だった。


つまり、師匠と同じく問い合わせをした人物は僕が飛ばされた日の内に問い合わせをした事になる....



「つまり、僕以外にも同じ日に異世界人が飛ばされてきたと言う訳ですね?」


「と言う事だ。そして、問い合わせた人物の名前は、セルシオ・バレックス。かつてミルーシア王国の騎士団を束ねたバレックス公爵家の元当主だ。」



触り程度の知識しか知らないけど、ミルーシア王国における騎士団とは僕の世界における警察組織や検察組織、或いは諜報組織を兼ねる組織だ。


なので、バレックス家は他にある3つの公爵家よりも頭一つ抜けて権力があると僕は認識している。



「随分と凄い大物が来ましたね...。」


「まぁ、今は現役を引退して領地に籠ってるんだ。で、私はセルシオ様には昔世話になった事があるから、その繋がりで連絡を取ってみると、見事『異世界人を保護してる』との返事が来た。」


「異世界人を保護している?つまり、その方も師匠と同じで国に報告してないんですか?」


「だそうだ。しかも、後見人になるだけで無く養子入りさせて、完全に情報の漏洩を遮断したそうだ。」


「そこまでしたんですか!?それで、肝心の異世界人の様子と特徴は?」


「既にこの世界には順応し、今となってはたくましいと言えるほどだそうだ。そして、見た目の特徴は、ほぼお前と一致する。」



それはつまり、僕と同じ世界から飛ばされた可能性がかなり高く、もしかするとあの日教室にいた誰かかもしれない。


あの日以来ずっと疑問に思っていた『何故、近くにいたクラスメイトが飛ばされてない?』と言う疑問の答えが出る可能性もあった。



「それでここからが本題だが、私もお前に関する一部の情報を開示した所お前に会いたいとの連絡が来た。ほら、これがお前宛の招待状だ。」



師匠に手渡された手紙の封を切って確認すると、確かに僕宛の手紙に家に招待する旨の内容が簡潔に書かれていた。



「あら、これって指定された村に行けば迎えに来てくれるんですね。その異世界人がもし友人だとしても、養子に入ったから貴族だと思うんですけど。」


「まぁ、この家はミルーシア領内でもかなり辺境の地だから、それなりの向こうの気遣いじゃないか?ここからバレックスの領内まで歩くと....1ヶ月は想定の範囲内だな。」


「うわ、結構遠いんですね。でもせっかくなので、向かおうかなと思います。友人なら話も色々聞けますし。」


「そうか。なら、そのように返答しよう。そうだな....準備時間を含めて3日後に出発すると伝えておく。」



迎えに来てくれるとしても、この世界の長距離移動手段が馬車しか無い辺り結構ハードな旅にはなると思う。


けど、そのクラスメイトかもしれない異世界人から新たな情報を得れれば『自分の世界に帰る』手段も分かるかもしれない。


師匠は返事を送るため、再び自室に戻っていった。


自分の同郷に会えることに僕も期待しつつ、僕はセラさんに任せた作業を思い出して台所へ向かった。




---



「寒っ!」



体を守るお肉があまり無い僕は、季節?の変わり目なのか、朝早めの時間だからなのか、この世界に飛ばされた日より冷たくなった風に体を震わせながら村の入り口に向かっていた。


僕が目指している村は、師匠の家と森がある山を降りた麓にあり、今日の昼過ぎにその村の宿に来るよう指定された。


一応この世界にも異世界人が製作した時計の魔導具があるので、大体の時間は分かるようにはなっている。


だから、昼過ぎ....つまり12時くらいに着けば間に合うけど、初めての旅+人里だったので朝早めに家を出ていた。


村の入り口(と言っても門があるだけで、柵や壁に囲われてるわけじゃない)を発見し、足早にそっちに向かった。



「あの、『きのみ亭』って宿屋はどこにありますか?」


「ん?あー、旅人さんか。きのみ亭はこの道をまっすぐ行ってから右に曲がると看板があるから行けば分かるはずだ。」


「結構近かったのか。ありがとうございます。」



違和感なく会話を終えると、僕は教えて貰った道を歩く。


わざわざ村人さんに道を尋ねたのは、髪と瞳の色が変わっていても見た目に違和感が出てないかを確認する目的があった。


最近は、異世界人達の子孫が黒い髪を持ち始めているので特別違和感がある訳でもないらしい。


ただ、異世界人はこぞって王都だとかの都会に住んでいたらしく、田舎町だと異世界人とバレなくても注目を浴びてしまうらしく、師匠特性の薬で色を変えている。


角を曲がると、お店が並んでる道なのか朝なのに今通って来た道より人気が多かった。



「おや、こんな時間から旅人なんて珍しいねぇ。」


「おはようございます。実はここから少し離れた実家に帰って来てたんですが、帰りがけにちょっと寄り道をしようかと。」


「はぇ〜、と言う事はどっかの貴族様に使えてるんかい?若いのに立派な事だ。まぁ、この村は森の木を使った家具くらいしか誇れるものが無いけどゆっくりしていきな。」


「はい、そうさせて頂きます。」



やっぱり、変装をしてると言ってもこの時間帯に旅人が一人でいるのは違和感があるようで、声をかけられたけど想定はしていたので難なくクリア出来た。


さっきのおばさんはこの村の特産品を家具と言っていたけど、確かに店先の商品棚とか、食堂らしきお店の店内のテーブルや椅子の見た目は結構しっかりしていた。


そんなこんなで、街並みを眺めながらも宿屋『きのみ亭』にたどり着いた。



「いらっしゃいませ!ご宿泊ですか?」



きのみ亭に入ると、この宿屋のオーナーの子供なのか僕より年下の小学生くらいの子が受け付けから声をかけて来た。


宿屋には、数人のお客さんが泊まっていたみたいで奥の食堂らしき場所から人の話し声が聞こえて来た。



「いえ、ここで待ち合わせしてるんですけど食堂って利用出来ますか?」


「すみません。祝いの日や特別な日以外は、食堂の利用はお部屋を借りた方のみにさせて頂いてるんです。でも、お部屋を数時間単位で借りる事は出来るようにさせて頂いてます!」


「あ、ならそれでお願いします。」


「かしこまりました!少々お待ちくださいね。」



この宿屋で待ち合わせだから、時間通りに来たらわざわざ部屋を借りる必要もなかったかもしれないけど、せっかくだし少し“お金を使う”と言う行為をこの世界でも体験しておきたかった。



「お待たせしました!空き部屋の確認が出来ましたので、こちらの紙にお名前と利用時間をお願いします!女性向けの、家具にこだわったお部屋ですよ。」


「女性向け....?....すみません。僕、男なんです....。」


「男性の方...?えっ...?えっ〜〜!?」



普段は大人しい子なのだろうけど、女の子は僕を指差して宿中に響くくらいの声量で叫んだ。


もちろん、僕は何度も体験してる出来事だから耐性はある。


けど、年下の女の子にすら間違えられると心に来るものがある訳で....



「どっ、どうした!」


「お、お、お父さん!さっき言った綺麗な女の人、男の人だって!?でもでも!」


「女の人と男の人を見間違えるなんて馬鹿な...って、うぉ!?」



2階から駆け下りて来た女の子の父親が、興奮状態の娘を落ち着かせようとしていたけどその子の言葉を聞いた父親も、僕を見て驚いてしまった。


結果、宿屋の宿泊客達にもこの騒動は広まり、僕は何度も心をえぐられ、公開処刑に近い心境になるまで騒動は収まらなかった。

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