第2話 ファンタジーとリアリティー
「おはようございます。」
「あら、おはようございます。すみません、まだネリア様が起床する時間ではないので、朝食まだ少し時間が空いてしまいます。ただ、お腹も空いていますでしょうしスープだけ先にお食べになりますか?」
「はい、お願いします。あの、ちょっとお話しってできますか...?」
朝、案外早く目が覚めた僕は昨夜充てがわれた部屋からリビングに向かうと、家事をこなしているセラさんがいた。
セラさんは、昨日僕を助けてくれた人....ネリアさんに仕えている世話係?の人らしい。
昨日はもう時間が遅く、僕もかなり疲れていた事もあってすぐ眠ってしまい、まともに話を聞くことが出来てなかったので早く聞いておきたかった。
「そうですよね....分かりました。では、スープをお持ちしますからそれを食べながらにしましょう。」
「ありがとうございます。」
彼女は台所からスープの入ったお皿とティーカップを運んで来て、僕らは向かい合って椅子に座った。
「食べながら聞いててもらって大丈夫なので、まず貴方が知りたいであろう事から話しますね。えっと...シラキ様、でしたよね?」
「あ、改めてまして。
この家に案内された際に軽く自己紹介はしたけど、僕が疲労困憊だったのもあって雑になってしまっていたからかうろ覚えだったようだ。
セラさんは僕の名前を確認すると、ティーカップを持ち上げて紅茶を飲んで一息置いて話し始めた。
この世界....つまり、最初に居た森や今僕が居るネリアさんの家は僕が住んでいた世界とは異なる次元にある『異世界』らしい。
そして、稀に異世界間で起こる何らかの“不具合”が発生すると、僕の様にこっちの世界に飛ばされることがあるようで、数十年前にも異世界人がこの世界で生活していたらしい。
因みに、異世界人は民間人とほぼ等しい扱いらしく、世界ごと固有の知識を使って成り上がった人物みたいな成功者などは1代限りで貴族の爵位を持つ事があるらしい。
「何というか、僕からは想像もつかない話ばかりでついて行くのがやっとです。」
「ふふ、それでも冷静でいられる貴方はしっかりしているのですね。さて、次はこの世界についてですが...」
「セラ、後は私が代わろう。」
彼女が話を進めようとすると、起きてきたネリアさんがそれを遮りながら部屋に入ってきた。
「おはようございます。今日は随分とお早いお目覚めですね。」
「まぁな。得意な魔術は違うとて、私も異世界人には多少興味があってね。お前たちの話し声で目が覚めた。」
「左様ですか。では、私は朝食の準備に入りますから後はよろしくお願いします。」
そう言って立ち上がると、ネリアさんと入れ替わる様にセラさんは立ち上がって台所があるらしき方へいなくなった。
「おはようございます。改めて、昨日はありがとうございました。」
「いやいや、君の運が良かったんだ。私が君が最初に出現したであろう地点で木に傷が付いてるのに気づかなければまず分からなかったよ。」
そう言いながら、僕の正面の椅子に座り、テーブルに置いてあった紙にインクで何かを書き始めた。
「ああ、これが気になるよな。簡単に言えば、私がこれから説明する事を分かりやすくする為の下準備と言うべきかな。」
「下準備、ですか。」
「そうだ。一つ質問だが、君のいた世界に“魔術”或いは“魔法”と呼ばれるものはあったかな?」
「創作物なら有りましたけど、僕の知ってる限りだと現実にはないです。」
確かに、黒魔術だとか呪いだとかをネリアさんの言う“魔術”にカウントするならあるかもしれない。
けど、それとはまた別な気がするのでとりあえず無いと考えた方が良いと僕は判断した。
「ふむ。なら、始めに簡潔に魔術について説明しよう。魔術とは、自然現象や神秘的な現象を言葉や文字、或いは記号や動作で擬似的に人間が再現した際に現れる結果みたいなものだ。」
「自然現象を言葉で再現?つまり、言葉を紡いで雨を降らすと言う事ですか?」
「降らすと言うより、雨が降っているとこの世界に誤認させると言うのが正しいか。」
世界を誤認させるなんて、まるで世界に意思があるような言い方なのが少し引っかかったけど、それ以前にまだ魔術を認めきれない自分がいた。
「まだ魔術を信じてない顔だな。なら、これを読んでみろ。」
「さっき書いていた紙ですね....『どうして、君は私と同じ言語で会話ができるんだ?どうして、この紙に書いている文字が読めるんだ?』って、そうか!?」
指摘されて初めて気がついたけど、この世界が異世界だと言うのは昨日の時点で体験した事を加味すれば揺るがない事実だった。
なら、セラさんやネリアさんと会話できている事自体が不自然だし、偶然言語が日本語と同じだったなんて有り得なかった。
「ふふ、これは世界自体に満ちている『自動翻訳』なんて呼ばれている一種の魔術だ。起動したのは、世界で最初の異世界人らしいがあらゆる言語に関係無く脳内で勝手に自身が使っていた言語で聞こえたり、文字がそれになるらしい。ああ、その世界の固有名詞は無理だがな。」
「こうやって体感すると、なんか変な気分になります...。」
「残念だが、この世界は基本的に魔術を元に発展してる節が強いから、慣れるしかないな。」
「頑張ります。あ、異世界人って魔術を扱えるんですか?」
「個人によるが、魔力炉と呼ばれる見えない臓器がこっちに飛ばされた時点で移植されるはずだから、それの規模によって変わるな。」
また新しいワードが増えて混乱しかけたけど、場合によっては魔術を扱えたほうが今後の利になるかもしれない。
それに、これからどうするにせよ信じられないと言う理由だけで現実から目を背けていれば、必ず痛い目を見る気もした。
「分かりました。それで、僕は今後どうなるんですか?異世界人に関する前例があるなら、国の法律や世界的な規約で、対応策は決まってるんですよね?」
「一応決まってるな。発見した土地の所有国....一応この家はミルーシアと呼ばれる国の領土内だから、そこに連絡をしてその国が保護をして異世界人の自立を促すする事になっている。が、私はそれをする気は無い。」
理にかなったルールだし、異世界人にとって救済になる対応だとは思う。
けど、ネリアさんはそれをする気が無いと言い切って、驚いている僕を見てニヤリと笑っている。
「君、同様こそしていたが決して自暴自棄ななったりせず考え、現実を正しく認識しようとしていただろ?私が聞いていた異世界人達とは結構印象が違っていたから、君に興味が湧いてね。君が良ければだが、私に弟子入りしないか?」
「弟子入り、ですか。」
「まあ、弟子と言っても正確には私が国の代わりに君の後見人になるだけだが。権力者の問題なら心配は不要だ。私は以前宮廷魔術師なんてやっていたから、多少の根回しは効くぞ。」
どうするにせよ、異世界人は誰かしらに後見人になって貰わないと飛ばされた直後は赤子に等しい知識量だったり、そもそも仕事をしようにも信頼を得れず苦しい思いをするはずだ。
だから、僕の返答は決まっていた。
「いえ、こちらからお願いします。どうか、僕にこの世界を生きれる力を身につけるための師事をして下さい!」
「いいだろう。これから宜しくな、
「はい、お願いします。
こうして、僕は世間一般に魔女と呼ばれる人物に弟子入りし、生きる術を学ぶ事になった。
ーーー
「ただ今戻りましたー。セラさん、洗濯物ってこっちに干しとけば大丈夫ですか?」
「そこで大丈夫です。すみませんね、家事を手伝わせる形になってしまって。」
「いえ、僕って一応弟子ですけど居候ですし。と言うか、セラさんにも多方面でお世話になってますから、って師匠!こっちにまで魔導具の部品が転がってますよ!」
「ん?あー、悪い悪い。後で拾うからそのままでいい。」
あれから3ヵ月、僕は師匠からこの世界の常識から魔術の理論まで、様々なことを学んだ。
最初は余裕が無かったけど、今となっては魔術のある生活も受け入れ、セラさんのお手伝いをしている余裕は出来るくらいになっている。
「ふふ、2人はすっかり師弟ですね。」
「師弟に偽りは無いが、私はこいつに魔術を教えてないからなぁ。魔女の弟子なのに魔術を扱えないなんて、お笑い以外のなんでも無いな。」
「悪かったですね!別に、僕だってわざと使えない様に自己暗示をかけてる訳じゃ無いんですからね!」
「それくらい分かってるさ。それに、お前は魔術師の才能は無いが別の方面の才能はあるんだ。それを伸ばせれば十分武器になるさ。」
師匠はそう言って、再び止めていた作業の手を動かし始めた。
この3ヵ月間で色々と判明した事実は多々あるけど、その中で一番障害になり兼ねなかったのが僕が無意識に行なっていた自己暗示だった。
『僕は魔術を扱えない』と言う暗示を自身にかけてしまっている様で、詠唱をしてもそれが発動する事が無い。
だから、師匠から教わったのは異世界人が過去に残した技術と魔術理論だけで、魔術自体の練習はとっくに諦めていた。
それでも、何かしらの自衛手段は必要だろうと言う事でセラさんからとある技術を会得していた。
「刃物と毒物の扱いは才能故か、実戦を抜きにすれば完璧と言っても過言ではないですからね。それに、貴族に対するマナーや礼儀作法のおぼえも覚えも大分早かったですね。」
「全く、おかげでこの家に完璧従者が2人もいるから息苦しいたらありゃしない。」
「僕は完璧じゃないですし、師匠の生活が歪んでいるだけです。あ、セラさん。後でお茶の入れ方見てもらっても良いですか?」
僕の問いかけに、セラさんは「分かりました。」と返して自分の作業に戻っていった。
僕はセラさんが『趣味』で会得していた技術や、従者としての仕事をこなせる様、師匠とは別で体を動かす方様なものを教わっている。
案外性に合ったみたいで、魔術を理解するより早く覚えた事もあったりしながら、僕がこの世界を生きるための最低限の下地が着々と完成していった。
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