運命の出会いのような何か―はじまり
運命の出会いというのは、人それぞれ、他種多様、十人十色。
人間の数だけ、運命の出会いは存在する。
人生を左右するほどの大きな出会い、ターニングポイント。
それは雷に打たれるほど衝撃的であったり、はたまた何気ない日常の中に紛れ込んでいるとりとめのない出来事であったり。
本当に幅広く運命を変えるものというものはそこら中に転がっている。
だが、人間の数だけ存在する運命の出会いも、ある程度のテンプレートはできている。
というより、運命の出会いというものは、こうあってほしいというある程度の共通の認識があるようだ。
何か物を取ろうとして手が触れ合う。
偶然曲がり角でぶつかった人に一目惚れし、別の場所で再開する。
空から女の子が降ってきた。
などなど、偏った知識ではあるが、そのようなものだと思っている。
巷の本ではそういった恋愛ものがあふれかえっているらしい。あまり本を読みはしないが、その程度の話ぐらいは聞いたことがある。そういった話に縁が無いオレでもわかることだ。
結局のところ、どの出会いが運命の出会いかはその後の結果による。何かと出会った結果、その出会いは「運命の出会い」になる。
だからこれが「運命の出会い」なんてものであるかどうかは、今のところ分からない。
だが、そのような表現を用いてもよいのではないかと思えるほど今の状況はかなり衝撃的であった。
尻もちついた女の子の手をとった瞬間、
「勇者様!」
なんて言われる状況は、そのように形容しても問題ないと思う。
「運命の出会い」に憧れてあれこれ画策し、シミュレーションをする人もいるだろう。
しかし、こんな状況、どんなにシミュレーションしてもたどり着かない。たどり着いたとしたら、その人はよほど夢見がちで、思考が1周どころか2周も3周も回った人ぐらいしかいない。
実際、目の前のお方は、そのタイプの人だ。そう決めた。そうとしか見えない
ほら、目から星がきらきら出てきている。いや、実際に出てきてはいないが、そんな風に見える。
夢に夢を見ているような人の目だ。
キラキラと、いやギラギラと目が輝いている。
カッと見開かれた瞳にオレが写っているのが見える。見たくなくても見えてしまう。
目の前で見つめられたらそうだろう。文字通り「目の前で」だ。
これはファーストキスよりも早く、ファーストアイコンタクト(物理)を済ませてしまうのではないか?そんな距離。
是非とも御免被りたいがな。
むっふー!と鼻息が顔にかかる。正直、嫌ではあるが、ここまで女性に接近された試しなどほとんどないため少しドキドキしてしまう。
ふんわりと香る花のような匂いは、おそらく香水か何かであろう。そんなことに気をかけることができるのは、余裕を持った裕福な家庭か貴族様ぐらいだ。身なりからしてその類だ。
淡い水色を基調としたワンピースドレスで、襟や袖の装飾が細かい刺繍が施されている。
胸元には花柄様の刺繍がなされていて腰あたりできゅっとリボンで縊られており、そこから伸びるふんわりとしたスカート丈はちょうど膝を隠す程度の長さだ。
すらっとした足には少しヒールがある靴が履かされている。
どう見てもこんな森を出歩く格好ではないことがわかる。
もう少しこのまま至近距離のドキドキを楽しんでいたいが、そうはいかない。
だって、
ブモオォォォォォオオオオオ!!
ドドドドという轟音ともに迫りくるはオオイノシシ。足元でのんきに気絶しているウリボーの母親だろうな。
さすがにオレも今の状況から逃げられない。普段なら余裕で突進をかわして逃げるのだが、現在その選択肢はとれない。
それを選んだ瞬間に、オレの手をつかんで離さないこの超絶夢見乙女は遥か彼方まで吹き飛ばされるだろう。
大丈夫、遥か遠くの目的地だが、到着までは一瞬だ。そこは天国だからな。
いや、大丈夫じゃない。そんなとこに飛んで行ってしまわれたらオレは今後一生寝覚めが悪くなる。オレは思った以上に焦ってしまっているようだ。
とにかく、この状況をどうにかしなければならない。
未だファーストアイコンタクトができてしまいそうな距離にいる少女を抱き寄せた。
「はわわっ!」
はわわっ!なんて言っちゃってるよこの子。素でやってんのか?
そんなことはどうでもいい、迫りくる猛獣をどうにかしなければ。
素早く最小限の動きで周囲の状況を見る。―よし、とりあえずは切り抜けられるだろう。
「勇者様ぁ...かっこいいぃ...」
ごめん、ちょっと黙ってて。あと、勝手に勇者と呼ばないで。
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