第7話「天を覆うは魔の炎、それを防ぐは河童の清き水」

 見ると黒鬼が金棒を杖代わりにして立っていた。


「く、しぶとい奴だな!」

 タケルが黒鬼を睨みながら言う。

 すると


「……喰らえ、全てを焼きつくす炎を!」


 黒鬼が叫んだ時、その体全体から霧が吹き出し、それが空へ向かって伸びていき


「な、なんだあれは!?」


 空全体が黒い雲に覆われていった。



「ぐ、世界中を覆うつもりだったが、この国一帯が限界か。だが」


「げ!?」


 黒雲からこれまた黒い炎が吹き出し、地上に落ちてきた。


「危ない! 姉ちゃん!」

「ああ!」

 すかさず僕と姉ちゃんで神力のバリアーを張り、全員を覆い


「ふう。なんとかなったな」

「でも姉ちゃん、あれをなんとかしないと」


「フハハ……あれは地獄の業火なのだ。全てを焼きつくすまでは、決して消えぬぞ」

 黒鬼が僕達を睨みつけながら言う。


「な、なんだと!?」


「いや、お前達なら耐えられるかもしれんが、この国は確実に全焼する。そして、人々を救えなかった事に絶望するがいいわ!……グフッ!」


 黒鬼は大量に吐血した後、消えた。



「や、やばい! このままじゃルーファス国民全員が燃えてしまう!」

「かと言って避難させようにも、この国全域を回っている時間はない!」

 タケルとトウマが叫んだ時


「ねえ、この国ってどの位の広さなの?」

 たけぞうさんが空を見上げながら言った。


「え? えーと、縦横は日本の長さと同じ位だと思います。あ、これで分かりますか?」

「大丈夫だよ。しかしそれなら、うーんと無理しないといけないな」

 たけぞうさんは懐から河童の翡翠の人形を取り出し、それを高々と掲げて

 

「雨風と戯れ、土木と語らい、天地水流の力を従えし力よ。今再びこの身に宿れ!」


 そう叫ぶと、その体が翡翠色に光輝いた。



「ああっ!?」

 光が収まるとそこには緑色の体、背には甲羅、金髪の頭には皿がある、一人の河童がいた。


 これがたけぞうさんの元の姿である。

 

「たけぞうさん、もしかして」

「うん。おれがあの炎を消すよ。清き水の力でね」

 どんと胸を叩いて言う。 


「いや、いくらたけぞうさんでも無茶ですよ!」


「ボヤボヤしてると皆燃えちゃうよ。はああっ!」

 

 たけぞうさんの体から大水流が起こり、それが勢い良く天へ伸び、炎を防ぐように空一面に広がっていった。



「お、炎の勢いが弱まった!」


 だが


「ぐ、そう簡単には消えてくれないな」

 さっきよりは減ったものの、未だ炎が地上に降り続く。


 やはり直系約三千kmの広範囲だなんて、魔法でも神力でも無理かも。



「そうだわお姉様、ミルちゃん」

「ええ。わかってるわ」

「うん。がんばろ~!」


 三人が輪になって手を繋ぐと、その体が光り輝きだし、その影が一つに合わさって行く。


 光が止むと、そこにいたのは水色の長い髪でローブを纏った、一人の少女だった。




「も、もしかして三人が合体したのか!?」

 ガイストが驚き叫ぶ。


「ええ。あれは究極秘術『三身融合』です」

 トウマが説明する。


「キリカ様も言ってたが、改めて見ると本当にユイ様そっくりだな」

 姉ちゃんが彼女を見つめながら言う。



「あの、何をする気なの?」

 僕が彼女に尋ねると


「たけぞうさんにわたし達三人の破邪の力を送れば、清き水の力が大幅に増すはず」

 そして杖をかかげ


「極大破邪聖光!」

 破邪の光をたけぞうさんに向けて放った。



「お? 何か力が湧いてきた。これなら……そりゃあああ!」

 清き水が勢いを増し、そして蒼く輝き出した。



「うえ!?」


 清き水が空全体を覆う。

 それはまるで海が大空に浮かんでいるかのようだった。


 そして、大きな爆発音と共に空が光った。


「うわあっ!?」



 その後、空が澄み渡り、やや弱い勢いの雨が降ってきた。



「どうやら黒い雲と炎は完全に消えたようです。地上に落ちた火も、この雨で消えていくでしょう」

 トウマが神の目で確認してくれた。

「じゃあ、皆は無事なんだね」

「ええ」


「ほっ、よかった・・・・・・」

 タケルが胸を撫で下ろした。


「ふう」

 たけぞうさんは人間の姿に戻り、その場に座り込んだ。

「大丈夫ですか?」

 僕が尋ねると


「うん。ミカさん達のおかげで体の負担は少なかったけど、それでもやっぱ疲れたよ」

 たけぞうさんは自分の肩を叩きながらそう言った。


「たけぞうさん。それとミカ、ユカ、ミルちゃんのおかげで皆が丸焼けにならずにすんだよ。ありがとう」

 タケルがそれぞれに向かって頭を下げ、お礼を言った。


「いいっていいって。おれ達、仲間だよね」


「ええ。仲間ですよ」


「じゃあ、その仲間もまた仲間。だよね」



「お鈴さんはまだ石像のままですね。やっぱ総大将を倒さないとダメか・・・・・・」

 僕がそう言った時

「彼女とはここへ来る前に会ってたけど、まさかおれの子を産んでいたなんて。びっくりしたよ」


「あ、お二人は再会出来てたんですね」

 トウマが話に入ってきた。

「そうだよ。あ、君がトウマだね。彼女とまた会えたのは君のおかげだよ。ありがとうね」


「いえいえ。お子さんだってお父さんに会いたいだろう、と思ってお節介を」

「うん。おれ達は一緒には暮らせないけど、できるだけ会いに行くよ」

「え、そうか。あの手紙を読んでくれたんですね」

 トウマがそんな事を言った。


「あの、手紙って?」

「お鈴さん、いえ小次郎さんが俺と一緒に異世界で大魔王と戦った事は知ってますよね」

「うん。どこまで一緒か知らないけど、物語は書いた」


「だいたい同じですよ。っと、それで大魔王を倒した後、小次郎さんにたけぞうさん宛の手紙を預けたんですよ。彼女には『中は決して読まないように』と念を押して」


「そこにはこれからの俺の人生が、大まかにだけど書かれていたんだ。おれは本来なら彼女や子供とは生涯会えなかったんだよね」

 

「ええ。ですがそれはいくらなんでもと思って」


「でもおれ達が一緒に暮らして何処かに落ち着いたら、この先の歴史が大幅に狂っちゃうんだよね・・・・・・重ねてありがとうね。教えてくれて」


「いえいえ。でも手紙を書いといてなんですが、それでよかったのですか?」


「いいよ。さてと、お鈴さんを何処か雨露しのげる場所へ移動させたいんだけど」


「じゃあ、俺が丁度いい場所へ案内するよ」



 僕達はタケルに案内され、闘技場のとある一室に移動した。

 そこは何故か日本の剣道場のような場所だった。


「この国の国王である俺の又従兄がさ、ミカとユカが向こうから持って帰ってきた本を読んで『これ、すっげーいい!』とか言ってここに道場を作らせたんだって。隣には柔道場もあるよ」


「へえ。あ、もしかして?」


「うん。お鈴さんは既にこの世界を知ってるようだけど、見慣れた場所に似てる方が元に戻った時の精神的負担が少ないかなと思ってね」


「ありがと、気遣ってくれて」

 たけぞうさんがお礼を言うと、タケルは照れくさそうに手を振った。


 しばらくして

「ねえ、ちょっとだけ二人だけにさせて」

 たけぞうさんにそう言われ、僕たちは道場を出て行った。

 

――――――


「お鈴さん。必ず元に戻してあげるからね」

 たけぞうはお鈴に向かって話しかけた。


 そして、しばらく彼女を見つめた後


「それと前にも言ったけどさ、おれ達は普通の夫婦や家族にはなれないけど、お鈴さんと息子を生涯大事にするからね」


 そう言ってその場を去った。


 そこに残されたお鈴は、何処か微笑んでいるように見えた。

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