第8話 不服故にウザたらしく


「えぇ〜! な、なんでですか!?」


 テレサの渋い顔からなんとなく言われることに察しがついていたユウとは違い、心底落胆し、驚いた声を出すシュシュ。


「う〜ん……まず、一緒に能力表を見てみましょうか。こっちがシュシュちゃんのでこっちがユウちゃんのね」


 先程、回収された不思議な紙を持ち主の前に置き、テレサは小さく咳払いをした。


「まずはシュシュちゃんね。えっと見てわかる通りなんだけど、力、魔力、敏捷、精神の内、3つが平均値より僅かに下回っているわ。なんでかわからないけど精神値だけ平均値の倍ぐらいの数値を出しているわね。あなた滝かなんかで修行でもしてきたのかしら?」


「へ? わたしの能力は平均以下ですか? 無能ピンクですか?」


 淡々と流れるように告げられた言葉にシュシュは目を点にして質問を試みるが、テレサはまるで聞こえていなかったかのように次なる獲物、ユウへと標的を変える。


「次はユウちゃんね〜……う〜ん。まず力は女性の平均値よりはちょっとだけ上ね。で、敏捷はド平均値、速くもなく遅くもない。魔力はからっきしでシュシュちゃんと同じで精神値だけ飛び抜けて高い値を出してるわ。……なに? 2人は仙人か何かなの?」


「いや、ちょお待ってくれ」


 いくらギルド入団に興味のなかったユウとて聞き捨てならない。シュシュと違ってユウはギルドに夢を抱いていたわけではないし、セルシオを筆頭にその話を聞いた今でも入りたいとも思っていない。

 他人にどんな評価をされようが、自分には鮫島組という帰る場所がある。いるだ、いらないだのまったく意に介すことはないが、ユウにとっても譲れないものがあった。


「ワシの力がぁ……平均値じゃと?」


「えぇ、正確には平均値よりちょっと上なわけだけど」


「そらぁ、どこに書いとるんじゃ?」


「え? ここだけど……あなた字が読めないの?」


 問われたものが書き示されている場所を指差してテレサは怪訝そうにユウの顔を見つめる。


「ちぃとばかし記憶喪失でのぅ。文字からこの街、この世界のことをまるっと忘れてしまったわ」


 口から出まかせを吐き出しながら、ユウは険しい顔つきで書面を睨みつける。そうしたところで文字が突然読めるようになるわけでもないのだが、いかんせんこいつが憎くてしょうがない。このゲンコツのユウちゃんと呼ばれた自分がそんな貧弱な筋力しか持っていないはずがないのだ、と。


「こいつぁ、なんて書いとる」


「力、36ね。女性の平均値が27。男性平均が40よ。まぁ、女性としては力持ちって部類かしらね」


 行き場のない怒りをどこかに発憤するわけでもなく、テレサの軽い口調で話される真実を重く受け止めてユウは深い皺を眉間に作った。

 確かに、改めて考えてみれば自分は鮫島勇三郎の身体ではない。豪腕とは縁遠い華奢で真っ白な手を見遣り、ユウは苦々しげに小さく唸る。仕方がないと言えばそうだが。本当の鮫島勇三郎の力を表した数値ではないことは明らかだが、納得がいかない。


「納得いかないです!」


 同じくして納得いかないと言うならばシュシュだって黙ってはいられない。

 なにせ彼女は今しがた、やんわりとだが無能宣告を受けたのだ。精神的に強いがそれ以外はすべて平均以下、それはすなわちメンタルの強い落ちこぼれ、または精神ノーダメ無能女。

 いくら精神値が高いとはいえ、それを受け止め笑っていられるほどではない。


「わたし無能なんですか? 傷つかないバカですか? そんなの酷いです」


「お、落ち着いて。私は別にバカとは言ってないわ」


「それって無能は認めてるじゃないですか!」


「えっと、そもそもこの平均値っていうのも上級ギルドが桁違いな数値を叩き出してるわけでーー」


「この力を見てもわたしが無能だって言うんですか!」


 あまりの剣幕にたじろぐテレサの言葉を断ち切って、シュシュは勢いよく立ち上がる。その衝撃でシュシュの座っていた木椅子が後方へ吹き飛んだ。


「ふふん、実はわたしちょっとした能力があるんです。これで無能とは言えません。能力を持つもの、即ち『有能』ってことです」


 憎たらしい笑みを浮かべながらシュシュはこれ見よがしに腕まくりをするそぶりを見せつける。

 その姿や顔つきはあれほどシュシュの親切心に感心の意を示したユウでさえ『ウザい』と思わせるほど。


「いいですか、よく見ていてください」


 指を振り、リズミカルな舌打ちをしてシュシュは手のひらを上に目を瞑る。瞬間、ぼんやりとした灯りがその手に集まるように収束し、形を成していく。

 数秒の時を経て、徐々にその全容が明らかになっていく。


 鉄球。手のひらサイズ程の小さな鉄球だ。砲丸投げに使用するものに近い。


 空気中から姿を現した小さな鉄球はシュシュの手のひらに収まるように具現化しーー


「どうです、これがわたしの能力でーーひぎぃ!!」


 それを支える腕力を持たなかったシュシュは鉄球を乗せたまま激しく机に手を叩きつけた。

 みしゃっと肉が潰れる音。ビキっと木製机が割れる音が辺りに響き渡る。


「す、すごい『授能』ね。シュシュちゃんは鍛冶屋で働いたりしたら喜ばれると思うわ。だって鉄の材料費がタダになるもの」


 突如、襲った激痛に言葉をなくし悶絶するシュシュをテレサはしばらく呆然と眺め、精一杯の作り笑いを浮かべた。

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